命の使い方3
薄暗い魔王城の地下室に、ユーゴは半裸の状態で寝かされていた。
手術台の上に、革紐で固定されていて身動きが取れなかった。
揺れる蝋燭の灯りが、人影を浮かび上がらせる。
「で、この有様かね」
片目を瞑り、顎に手を当ててアンリが言った。
呆れているように見せているが、その表情に笑みがこぼれている。
「何と改造の甲斐がある身体に――――もとい、治療しやすい身体になったものだ」
「ああ、別に改造で構わないぞ。下手に言い繕われて、俺の知らない機能を勝手に追加されても困る」
ユーゴはそう言って、自分の両足を眺めた。
彼女も彼の義足に視線を移す。
「ふん、『多螺離亜』のことか。根に持つな」
「誰だって、知らないうちに足から圧縮空気を噴出するように改造されてたら驚くだろ」
「そのお陰で空が飛べるのだろう?」
便利だから良いじゃないか、と言わんばかりに首を傾げるアンリであった。
彼女の感性に対して、素直に頷けるものが何一つとして無いことは、ユーゴ自身も理解していた。
しかし、苦言だけは止めようがなかった。
「飛ぶというよりは、吹っ飛んでるんだけどな。着地方法が墜落しかないって、どういう欠陥だよ」
「だから背中に落下傘を背負えと言ったのに」
「あんなのもの、普段からずっと背負っておけるか」
「ほう。なら背中に内蔵してやろう」
「断る。そんな改造をしようものなら、資金援助もしないからな」
彼の言葉に、アンリが目を細めた。
舌で唇を湿らせた後、何かを飲み込むようにして言った。
「……何が望みだ。私の身体かね」
「勝手に改造するな、と言ってんだ」
「それが無理だから、代わりに私の肉体を差し出そうという女心を察して欲しいものだよ」
「無理なのかよ!」
「正直に言うと、普段から私はお前のことを性欲以上の感情で見つめている」
「そんな告白、聞きたくなかった………」
そこで、アンリが珍しく頬を緩めた。
「そう言ってくれるな。これでも私は本気なんだ。では、改造するぞ。……ああ、いかんな。下腹部が変だ。じんじんする」
「……俺は今、戦ったことのない恐怖に直面してるぞ」
「心配するな。私が今までに失敗したことがあったかね」
「失敗の心配はしてないんだけどな」
「ふん。まあ、今回の改造は、比較的とは言え、気に入ると思うがね」
アンリが嗜虐的な表情を浮かべながら、長細い木箱を足元から取り出した。
その中には、金属で出来た左腕の義手が収められていた。
「元々、お前からの要請で作成したものだ。《剣兵》の左腕を素材にしているところは変わらんが、心材に仕掛けがある。例の『あれ』を封印梱包したのだよ」
「……おい待て。いきなり爆発とかしないだろうな」
彼女が『あれ』と示すものに、ユーゴは一つだけ心当たりがあった。
危険すぎて、《剣兵》の装甲を何重にも重ねて厳重に保管していたものだ。
知識のあるアンリに管理を任せていたが、まさか自分の腕に組みこまれるとは思っていなかった。
ただし、彼女が自信を持って改造したことに失敗が無いことも事実だった。
「大丈夫だ。お前が身体を《剣兵》仕様に改造したからこそ可能になったようなものだ。むしろ、『あれ』を安定化させるには、今ではお前の体内が一番良い」
「今までで最高に背筋が寒くなる改造だよ……」
「そう褒めてくれるな。では、削るぞ」
木箱を足元に戻した彼女が、ハンマーとノミを持ち出した。
えいや、とユーゴの左肩に当てたノミの上にハンマーを振り下す。
欠けた《魔玉》が、剥がれ落ちた。
そこから、金属製の骨格が浮き出てくる。
「うんうん、内骨格までは《魔晶化》が起きていないようだな。これなら思ったより早く済みそうだ」
「……そりゃ良かった」
ユーゴが渇いた笑いを浮かべていると、彼女が目を細める。
「痛みはあるか?」
「いや、まったく感じない」
「あまり良くない兆候だな」
そう言いつつもアンリは手を休めず、内骨格を掘り出していった。
関節部が完全に露出したところで、左腕義手を木箱から取り出して仮組みする。
調整を繰り返し、時には関節部分を現場合わせしながら削り込む。
ようやく完成した頃には、流石のアンリでも疲労の色を隠せていなかった。
「……ふう、これで一先ずは良いだろう。日常生活レベルで問題は無いはずだ。戦闘に関しては、試運転した方がいいだろうな」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
ユーゴは左腕の動きを確かめながら言った。
流石に《剣兵》素材で出来ているため、軽くて馴染みやすいものだった。
意志の通りも良く、生身であった頃よりも筋力が上がっている。
それでもユーゴには、心配なことがあった。
「なあ、この手に皮膚って付けれないか?」
「付けることは可能だが、悪趣味だな。一体、誰の皮を剥いでトロフィーにするつもりかね」
「いや、作りもので頼む。……フィーナが気付くかもしれないと思うとな。心配させたくない」
「そういうことか」
呆れたように息を吐くアンリだった。
腕組みをしながら、酷薄そうに言う。
「騙すのだな、実の娘を」
「辛い思いをさせたくないだけだ」
「かといって、嘘も吐きたくないか。ふん、笑わせてくれる。それでは子煩悩と言うより、腫れもの扱いだな。大事にすることと、優しくすることは違うぞ」
「わかっては、いるんだ。ただ――――まだ、父親だと名乗ることは出来ない」
「ああ、騎士をやっているんだったか。アルベル兵団の尻尾を掴む前に、関係の破綻は避けたいと?」
「それもある。後は、母親の問題だ」
「全てを詳らかとするにあたって、まだそのときではない、と言う訳か。ふん、実に身勝手な言い分だが、請け負ってやろう。元のように再現することは可能だ」
「助かる――――」
「ただし、条件がある」
アンリが、あまり表情の見えない顔になった。
人差し指をユーゴに突き付けて、言った。
「二人きりでデートをしろ。そして、お前の身体を舐めさせろ」
「…………はい?」
とんでもない額の研究費を請求されるか、変な機能を追加させられると思っていたユーゴは、間の抜けた顔をした。
いやむしろ、とんでもない要求なのは確かである。
二人きりということは、護衛無しで城外に出るということだ。
基本的に、ヴァレリア王国内の要人には、護衛と連絡役を兼ねた人員が常時張り付いている。
国家の要人にプライバシーなどあまり考慮されないというのは国と時代を問わないが、暗殺や有事の対応を考えれば止む無しであろう。
彼女の要求は、護衛を外せ、と言う意味だ。
つまり、嫁の二人には内緒、と言うことになる。
「うぅむ、それは、難しいと思うんだけどなぁ」
俺の夫婦生活的に、と心の中で付け足すユーゴであった。
しかし、アンリが片眉を上げて見せた。
「そうか、だったら好きにしろ。皮膚も作ってやれん。はぁ、一緒に遺跡へ行きたかったのだがね。残念だ」
「遺跡?」
あまり聞き逃せない言葉に、ユーゴは反応した。
いわゆる古代遺跡で、専門の冒険者ギルドも存在する。
遺跡には希少金属や宝石類が出土することもあり、大規模な調査隊が編成されることもある。
加えて更に重要なのが、《魔導遺物》という古代技術が出土することだ。
エトアリア王国で有名なのが、ウィドン洞窟だった。
未だに洞窟の全容が解明されておらず、地図測量も終えていない広大な地下迷宮だが、そこで出土された技術が王立魔術研究所で使用されていたことは間違いない。
《魔玉》を原料にした呪札や魔玉誘導式バリスタなど、地続き的な技術を飛び越して技術革新を起こさせる存在が現れるのだ。
国家規模で古代遺跡探索が行われることは、もはや戦争と同義であり、遺跡のために戦争が起きることも珍しくない。
ユーゴの持つ武装や《剣兵》でさえも、古代遺跡と連なるものだった。
よって、技術者としてだけは超一級のアンリが二人きりで遺跡に行きたいということは、何らかの意味があると思って間違いなかった。
無視できないことだけに、ユーゴは曖昧に頷いた。
「わかった。ついていく」
「それでいい。忘れるなよ、二人きりでデートだ。あと舐める」
「……舐めるのは勘弁してもらえないか?」
「却下だな。私は私のやりたいことをする。そのための対価は支払うつもりだがね」
アンリが勢い良く、ユーゴの横たわる手術台に腰かけた。
彼女の細長い指が、そっと彼の唇に触れる。
「これでも我慢している方でね。それくらいは許してもらおう」
ユーゴの唇に触れた指が、アンリの唇に添えられた。
少女のように微笑む彼女に、ユーゴはただ、目を閉じるだけだった。




