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騎士になりました  作者: 比呂
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命の使い方2


 ユーゴは頭の中で、砕ける音を聞いた。

 それが何であるか気づく前に、意識を取り戻した。


「…………」


 彼はベッドの上に寝かされていた。

 天井を見て分かったことであるが、ここは幽霊屋敷の自室だった。


 ユーゴが頭だけを動かして横を向くと、シアンと目が合う。


「……?」


 彼女が同じベッドの中にいた。ただし服を着ておらず、真面目な顔でじっとこちらを見つめ続けている。


「えっと、何があったんだ?」

「ユーゴが屋敷の中に入ってきたと思ったら、いきなり倒れたのです」

「それで、シアンは何を――――」


 しているんだ、とユーゴが言い終わる前に、彼女が言う。


「何をしているんですか、あなたは」


 表情も変えないで、言い放たれた。

 彼女の真面目な顔は、張りつめた気持ちを感情のままに吐き出してしまわないようにするためのものであった。


「大丈夫だよ――――」


 ユーゴはシアンを慰めるために左手を伸ばそうとして、失敗した。

 それは彼女が嫌がって逃げたからではない。


 ユーゴの左肩から先が、折れてベッドの上に転がっていたのだ。

 断面から血が流れることはなかった。

 傷口はすべて、《魔玉》と同じもので出来ていた。


「どこが、大丈夫だと言うのです」


 シアンが氷青の瞳を震わせながら、睨んでくる。

 怒りとも心配とも取れる複雑さがあった。

 ただ、ユーゴには幼子が拗ねているようにしか見えなかった。


「シアンは可愛いなぁ」

「……そんな言葉で騙される私ではありません。それよりも、《魔晶化》がどれくらい進んでしまったのか教えてください」


 不機嫌な表情で、シアンが間合いを詰めてくる。

 吐息が当たる距離になってから、ユーゴが微笑む。


「自分では詳しく分からないけど、胸までは到達してないな。肩の関節周辺は駄目だ」

「そう、ですか」


 ここでようやく、シアンが目を閉じた。


「『永劫回帰ウロボロス』を使ってしまうから、こんなことになるのです」

「それはまあ、そうだな」


 《魔晶化》の進行を抑えるために、自身の再生能力すら封じ込めていた理由がこれだった。

 本来であるならば、ユーゴの体中の傷は跡形もなく治るものだ。


 しかし、先々代の魔王――――ゼルヴァ―レンから受け継いだ《魔玉》を変異させてしまったことで、副作用が現れた。


 それが《魔晶化》だった。

 彼が『永劫回帰』を使う度に《魔玉》からの浸食が進むので、義手義足に頼るしかなかったのだ。


「だけどな、それでも俺はフィーナに与えてやりたかったんだ」

「実の父親の命を削るようなものを貰って、誰が喜ぶと言うのです!」

「……それくらいしか、俺には無いんだよ」


 ユーゴは乾いた笑いを浮かべた。

 理由があるとはいえ、フィーナと一緒に過ごせたはずの時間は戻らない。

 ならば、出来る限りのことをしてやりたいのが彼の気持ちだった。


「それくらい、ですか」


 そう呟いたシアンが、意を決して立ち上がった。

 全裸なので何もかも丸見えだが、泣き笑いの表情で仁王立ちとなる。


「わかりました。それなら私も我慢しません。ユーゴを奪います」

「何を言ってるんだ?」

「具体的には、ユーゴの四肢をもぎ取って、私無しには生きられないようにした後で国外逃亡します。ええ、決して私の愛が変わることはありませんから心配しないでください」

「俺が心配なのはシアンの精神状態だ!」

「もう吹っ切れましたから大丈夫です。ユーゴが、そう簡単に命を投げ捨てるのなら、私のために使ってもらいます」


 シアンの《魔玉》が輝き、完全変貌を始める。

 褐色の鱗が浮き上がって強靭な鎧となり、筋骨が膨張して戦闘特化された体格になった。

 氷青の双眸が、冷たく光る。


黒杖グリーダル、来なさい」


 彼女が告げると、地面から黒い染みが這い上がってきて、杖の形となる。

 そこから質量差など無視して巨大な湾曲片刃剣を形造った。


 これは以前、ユーゴの武装だったが、今では現魔王であるシアンの所有物だ。

 魔王の証として譲渡したもので、変幻自在にして頑強無比の優れものだった。

 肉厚な身幅と、光を吸いつけるような黒色刀身が、何の躊躇も無く振り下される。


「うおっ」


 ベッドどころか石畳の床まで真っ二つにされた。

 ユーゴがそのまま寝転んでいれば、両足が宙を舞っていただろう。


 どうにか飛び逃げたユーゴだったが、片腕を失ってバランスが上手く取れなかった結果、一瞬の隙が生まれる。

 彼に向けて、豪風が一閃した。


「くっ」


 完全な右腕狙いだったために、これを回避した――――途端、ユーゴは吹き飛ばされて壁を突き破った。

 痺れる全身に活を入れ、右の義手で地面を掴んでようやくその勢いを殺す。


 破れた壁から悠然と現れるシアンが、自らの尾で地面を叩きつける。

 先ほどの攻撃は、蜥蜴種の鱗に覆われた尻尾の殴打だった。


「ユーゴ、私は前に言いましたね。真剣にユーゴを独り占めしたいのであれば、魔族の流儀に従い、ただ一人が生き残るまで殺し合います、と」

「それは確かに聞いた。だけどな、ティルアと殺し合いなんぞ、させてやるわけにはいかない。どっちも可愛い――――俺の嫁だ。納得いかなければ、誇りをかけて戦うだけだ。そこにおいて俺は引かんぞ」


 口から血交じりの唾液を吐き捨て、構えを取るユーゴだった。

 対するシアンも、湾曲刀を振りかぶって止めた。


「ええ。それでこそ、です。……愛しています、ユーゴ」

「ったく、何でこんなことになるんだよ」


 ふふ、と彼女が微笑んだ。

 そして、二人は同時に仕掛けた。


 シアンが選んだのは、飛び込んでの正面斬りだった。

 単純明快ゆえに、虚飾も偽装も無い力勝負だ。

 魔族の膂力と修練に裏打ちされた斬撃は、まさに基本にして奥義となる。

 黒い刃の直線上は、既に死地だった。


「――――っ」


 ユーゴはこれを、右腕の義手で受けるより他なかった。

 避けようのない斬り筋に対し、下手に動けば正中線から叩き割られるだろう。


 ならば、黙って右腕を切り飛ばされるしかない。

 右腕を無くしたユーゴなど、完全変貌したシアンの敵ではないのだ。


 逃げても時間をかけられて両足を切り落とされ、追いかけてきたティルアと決戦となる。


「そんなことのために、俺は命を懸けたわけじゃないぞ!」


 彼は、シアンの思惑通りに右腕を差し出した。

 シアンが己の言葉に嘘偽りを混ぜていないことは明白であった。


 それはつまり、確実に右腕だけを切り落とすということだ。

 狙いは明白なのだ。


 力と技は、同じレベルなら拮抗し得る。

 ユーゴは彼女の斬撃と同じ技量を差し出すより他ない。

 

 ――――黒刃が、彼の腕に食い込んだ。


 斬り飛ばされる義手が、回転して地面に落ちる。

 ただし、シアンも無事ではなく、形状変化した黒杖に地面へ縫い付けられていた。


「っ、くはっ」


 忘れていた呼吸を思い出したユーゴは、新鮮な空気を肺に入れた。

 自分の右腕から生えている黒杖が、シアンを傷つけることなく拘束していることに安堵もしていた。


 彼は黒杖に斬り込まれた瞬間、シアンから支配権を奪い取ったのだった。

 元魔王として、黒杖に触れてきた期間は彼女よりも長い。


「……参りました」


 全力の一撃を破られ、両腕の無いユーゴに身動きもとれないほど拘束され、あまつさえも傷一つ付けられていないという状況にされ、負けを認めたシアンだった。

 抵抗を止めて、彼女が完全変貌を解く。


 それを見て、ユーゴも黒杖を元に戻した。

 そのまま倒れるように地面へ胡坐をかき、口を尖らせながらシアンに問う。


「で、俺の何が悪かったか教えてくれるか」

「? 悪いも何も、私は負けを認めましたが……」

「それはそれ、これはこれ。さっきまでは魔族としての時間。ここからは家族の時間だ。俺は別に、シアンを好きで悲しませたいわけじゃないんだ。そこまで思いつめたのは、俺の所為なんだろ?」

「……そうとも言い切れません」


 下を向いて正座をしたシアンが、言葉を濁した。

 しかし、決心した面持ちで口を開く。


「ユーゴは、一度ならずとも、私とティルアを生き返らせましたね?」

「――――ああ」


 彼の《魔玉》は変貌能力を持たず、再生能力に特化していると思われていた。

 しかし本来の能力とは、魔玉干渉にあった。


 《魔玉》とは魔族の魂である。

 元々ユーゴの《魔玉》の持ち主だった魔王ゼルヴァ―レンは、魂を扱う種族と言われていた。

 その理由は、《魔玉》操作を行って再生能力に干渉していたからだ。


 シアンの《魔玉》が壊されたとき、他の魔族の《魔玉》を作り替えて生き返らせた。


 二度目は、《剣兵》との戦いでシアンとティルアがユーゴを庇って瀕死に陥ったとき、自分の《魔玉》を変異させて二人に移植した。


 アンリの協力もあり、それは不完全ながら成功した。

 だが、バランスを保っていたユーゴの『永劫回帰』は、二人に分かれて移植したことで、ただ魂を喰い尽くすだけの蛇になった。


「私とティルアは、ユーゴに生きていてもらいたかったのです。でもそれは、苦しんでもらうためではありませんでした」


 シアンが懐かしむように言う。

 そして、自分たちを救うために、ユーゴが何を背負っているかも知っていた。


 彼が再生能力も使えず、自分の娘に忘れられてすら戦場へ向かう原因は――――シアンとティルアを生きながらえさせるために、魂を集めることだった。


 放っておけば喰い尽くされて消える二人の魔玉へ、魂をくべなければならなかった。

 ユーゴは頷いた。


「俺も、二人には生きていて欲しかったんだ」

「ええ、それは分かっています。ですが、ユーゴだけが傷ついて帰ってくるのは、辛いのです。その上、簡単に命を投げ出しかねないユーゴの行動には、腹も立てました」

「ああ、まあ、それはだなぁ」


 あまり自分の命を価値のあるものだと思いきれないユーゴにとっては、言い返す言葉が無かった。


「ユーゴ。己の命以上に大切なものがあるのは、あなただけでは無いのですよ」

「お、おう。わかった」


 前にも同じようなことを言われたことがあるな、と懐かしいことを思い出したユーゴだった。


「わかってくれればいいのです。命は大切にしてください。あと、私は男の子が欲しいですね」

「お、おう?」


 曖昧に頷くユーゴは、言葉の意味を理解出来ずに首を傾げた。

 急な話の方向転換に、一瞬だけ脳がついていかなかったのだ。


「私とユーゴの子です。きっと可愛いことでしょう。もちろんフィーナも可愛いですよ」


 シアンが正座から立ち上がり、ユーゴの身体を小脇に抱えた。


「ん?」


 両腕が無いのでされるがままのユーゴだった。

 抵抗できない人質のように、シアンによって幽霊屋敷に連れ込まれた。


 感情を吐き出し、戦いで興奮してしまった彼女に対し、為す術はなかった。

 シアンも間違いなく魔族ではあるのだ。


「えっと、俺はどうすればいいんだ」

「私を見ていてください。それで充分です。後はすべて、私がしますから」


 彼女は頬を染めてそう呟いた。


「あ、はい」


 結果的にこれで良かったのか判断しかねるユーゴであったが、シアンが嬉しそうにしているのですべてを棚上げした。

 そして、腕を切り落とされるような夫婦喧嘩はもう御免だなぁ、と心の中で呟くのだった。


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