群舞
黒い光が押し寄せ、オリビアに逃げ場は無かった。
彼女は以前にも、アレク・レオの持つ銃で吹き飛ばされたことがある。
その時は、頭を消滅させられた。
しかし、今回は違っていた。
「くくくく、はははははっ、我を侮ったな! 女王の権能を手に入れた我に、手加減するなど笑止千万!」
黒い光線が渦を巻き、オリビアの左手に吸収されていく。
彼女の顔は、完全に得意気だった。
故に、追い打ちをかけるために飛び込んできたアレクへの対応が遅れる。
細長いナイフが、逆手で振り上げられる。
「対人戦闘については、勉強不足か――――ふん」
目を細めたアレクが立ち止まった。
横合いから突き出された銀色の槍を見て、短く嘆息する。
「……僕と敵対するつもりか、ユーゴ・ウッドゲイト」
「同じ言葉をかえさせてもらおうかな、アレク・レオ。俺は話をするために来たはずだったんだけど」
仕方なさそうに言うユーゴだったが、裏を返せば戦闘も止む無し、といった意気が見て取れる。
傍目からすれば顔を合わせているだけの二人でも、隙さえあれば、どちらかの首が落ちても不思議ではない剣呑さが見え隠れしていた。
その緊迫感の中で、ジゼルの声が割って入る。
「あなた達、いい加減にしなさいよ? また『無駄な時間』を過ごす羽目になったら、お姉さん容赦しないから」
「わかった、引こう」
彼女の言葉に、即座に反応したのはアレクであった。
先にナイフを収め、無警戒に自分の椅子まで戻る始末である。
こうなれば槍を出しておく必要もないので、ユーゴも姿勢を緩めた。
「これだから――――はぁ」
ジゼルの溜息と共に訪れた間隙を突いて、オリビアが口を開く。
「『ニンゲン』とは愚かしいものだな。まあ、その愚かしさを『学習』したのも我らだが」
「無駄口の多い『端末』ね。……ユーゴ、これを黙らせてくれないかしら。私も次はアレクを止めないわよ」
オリビアも見ずに、ジゼルが言う。
ユーゴも素直に頷いた。
「そうだな」
「うぬぅ! ……いいのか、我を粗末に扱っても――――」
「後でパンを用意するよ」
悪びれずに告げる彼の言葉に、オリビアが口をへの字に曲げた後、首を背けて告げた。
「二つだ。バターもつけろ」
「約束する」
神妙な顔をしたユーゴは、パンを用意する方法を考えていた。
二人の様子を見ていたジゼルが口を開く。
「で、これは何なのかしら?」
「あぁ、元は亡獣のスミロドンだ。アルベル連邦のランヒっていう騎士に殺されかけたところを助けてもらった」
「……ふぅん」
話を聞いた彼女が横目でアレクを睨むと、銀髪の男が小さく頷く。
「調べさせよう。グラウコスの護衛だ。手間はかからない」
「そ。なら、そういうことにしておきましょうか。……じゃあ次ね。何でこのスミロドンがユーゴについてきてるのよ」
腕組みをしたジゼルが、本題を告げてきた。
彼も、ようやく本題が言い出せることに安堵さえ浮かべる。
「俺は女王に会ったよ。そこで《クリスタルム》はこの星を滅ぼすと言われた。次の情報探索を始める、とも。……その後で、ジゼルたちが攻めてきてるって聞いて、女王から逃げてきたんだ。途中でセイカとも会ったぞ」
「情報探索――――リミットは近いわね。作戦を急ぐ必要があるわ」
「作戦って、一体何をするつもりだ。永遠蜘蛛に勝てる気でいるのか」
言われたジゼルが、顎に人差し指を当てて中空を眺めた後で、ユーゴを見つめる。
「そうよ。あれをどうにかしないと、本当にこの星の生物すべてが息絶えてしまうもの。本当なら国家全てで協力して戦いたかったのだけど、説明してる余裕も暇も無かったのよ。だから、シアンやティルアにも協力してもらってるの。……ユーゴは私と初めて出会った時の約束を、覚えてくれてるかしら」
「――――永遠蜘蛛を殺す、か」
彼自身が家族と国を守るために自爆した後で、彼女に再生されたことは忘れようとも忘れられない。
嫁二人の命を救ってもらった恩もある。
永遠蜘蛛を止めなければ。この星の命がすべて魔晶化してしまう。
戦わない――――理由は無い。
「そうだな、協力するよ」
「ええ、ありがとう、ユーゴ。とっても嬉しいわ」
ジゼルが嬉しそうに微笑んでいた。
それが彼には、何処か寂しそうに見えてしまっていた。
「何か問題でもあるのか?」
「え、何で? 私喜んでたわよ? お姉さんをからかわないでね。それで作戦なんだけど、ユーゴがいれば百人力だわ」
「うん?」
「今はね、こっちに向かってくる永遠蜘蛛に対して、地上からは戦鎧騎と魔族兵が対応してるわ。空中は飛行できる魔族が攻撃を行っているの。これは永遠蜘蛛の注意を引き付けるためよ」
「うん、そうだな」
彼は納得――――というより、現在の戦力ではそれくらいしか出来ないことは知っている。
強固な外皮に守られているため、攻城兵器すら役に立たないだろう。
問題は、注意を引き付けておいて、何をするか、だ。
ジゼルが振り返って、船内を眺めた。
椅子に座ってオルガンでも奏でる体勢の女性を見つけて言う。
「オペレーターちゃん。画像、正面に出してくれる?」
「はい」
彼女が鍵盤を叩くと、椅子から見て真正面の大きな壁に、永遠蜘蛛の絵が写し出された。
それを見たユーゴは、この飛行船が魔導具――――しかも聖域であることを実感した。
ジゼルが言葉を続ける。
「まず、永遠蜘蛛の首部分に、緊急用操縦席があることは理解して欲しいわ」
「はあ? 操縦、席? 戦鎧騎みたいな?」
「ええ。本来であれば完全自立制御機能のある永遠蜘蛛には必要ないのだけど、整備点検用に残されていた部分ね。ある意味でセーフガードじみたものでもあるんだけど、今回はこれが幸いしたわ。ここまで私を送り届けて欲しいの」
「……なあ、永遠蜘蛛って、何なんだ」
彼女が息を呑み込んだ後で、詰まらなさそうに微笑んだ。
正面の壁に映し出された永遠蜘蛛を指さす。
「大気維持循環構造体――――アトモスフィア・ネットの保守防衛用移動装置よ。それを《クリスタルム》が改造して使ってるわ。もっと分かりやすく言うなら、この船と同じ、巨大な魔導具ってところね」
そして、再びジゼルの人差し指が、天井を指さした。
「それじゃあ、存分に踊りましょう。エスコートをお願いするわ」
優雅にそう言って、彼女がスカートの裾を広げて見せた。
そのジゼルの瞳がここではない場所を見ていることに、ユーゴだけが気付いていたのだった。




