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騎士になりました  作者: 比呂
122/127

同士


 相変わらす、アラクニドの足音が騒がしさが大気を揺らしている。


 その喧騒から取り残された二人が、互いに睨み合っていた。

 緊迫しているかと思われた空気の中、セイカは短く息を漏らす。


「ふむ。お主は、拙者と似ているでござるな」


 ともすれば、同類相哀れむ言い方だった。

 それに納得のいかないエドガーが、憎悪の込められた視線を返した。


「何を言うかと思えば――――冗談じゃない。君と一緒にされてたまるもんか。君がユーゴくんの何を知ってるんだ。その舌、切り刻んで踏みつぶしてやる」

「ほほう、お主、何をそんなに慌てているのでござるか」


 尋常ではない殺気を前にしても、露とも気にしないセイカであった。

 相手の脅威を見抜けない彼女ではない。


 ジゼルとエドガーが戦った時と比べて、この男の気配が驚くほど違っている。

 いわば――――命を賭しても戦う意気があった。


 そして、セイカにしては珍しく、その意気を組もうとしない。

 それは、エドガーの望みが理解出来てしまうからだ。


 ユーゴ・ウッドゲイトの関心が自分だけに向けられるのは、それだけの価値がある。


 たとえそれが、悪感情であろうとも。

 殺しあう関係であろうとも。

 いつか分かたれる運命であろうとも。



 ――――自分だけを見て欲しい。


 そう願わずにはいられない。


「君にわかって貰う必要はないよ。そこいらに散らばって腐り果てろ」


 悪意とともに言葉が紡がれ、同時に、風切り音が鳴いた。

 目に映らない極細の糸が舞う。


 触れれば皮膚を斬り裂き、骨を断つ。

 縦横無尽に繰り出され、逃げ場は無い。


 並みの剣士であれば、細切れにされて地面に撒き散らされるだろう。


「それもまた、答えでござる」


 ただ、セイカ・コウゲツの才能を見誤ってはいけない。

 剣の申し子と呼ばれる存在。

 富嶽一刀流の開祖が、己を超える逸材であると確信に至った天性。


 ユーゴだとて、刀剣の技法を教える必要が無かった。


 極細の糸――――それが永遠蜘蛛から分け与えられた至極の糸だとて、属性は切断だ。

 物に触れて斬ることが命題であるならば、セイカの極意に届かない。


「己が信じた師匠であればこそ、黙って見送るのが弟子の務め。それでこの世が終ろうと、何の不足がござろうか」


 張り巡らされた蜘蛛の糸に、彼女が躊躇いも見せずに飛び込んだ。


 触れれば切れる糸であろうに、何も起こらない。

 衣服さえ斬り裂けないのであれば、木綿の糸と変わりない。


 切断とは、極微で見れば線の摩擦である。

 ならば、同じ方向に同じ速度で動いてやれば、止まっているのと同じこと。


 風に揺られて千変万化する糸の動きを見抜き、切断個所だけ等速で身体を動かして切断を回避する荒業だった。


「かかったね」


 しかし、それすらも織り込み済みであるとするならば――――。

 糸に絡められた獲物を捕まえることこそ、蜘蛛の真骨頂であろう。


 更に糸を送り込んでセイカを巻き固め、銀の槍を繰り出す。

 これこそアラクニドの外皮から削り出された、最高硬度の槍だった。


 目指すは糸に巻かれたエルフの女剣士。


 その彼女が巻かれた糸玉の隙間から、刀身が現れた。

 槍の刃と刀の刃が、音もなく重ねられる。


 銀の槍と交錯し、互いに弾かれて方向を見失った。


「お主、師匠と一緒に居て何も学ばなかったのでござるな」


 永遠蜘蛛の糸で編まれた毛玉が喋ったかと思うと、突き出ていた刀身が振り回される。

 雑草でも刈るように刻まれた糸が、散らばった。


「君は……そうか違うな。ジゼルだ。その刀に、『獣の心髄』を焼き入れたね?」

「そのような難しいことは知らないでござる! 拙者が言っているのは、お主の心根の話でござる」

「無駄なことを言わないでくれないかな」

「無駄、でござるか。他人の生き様でしか生きている実感を得られぬような、お主が言う言葉では無いでござるな。拙者も、誰かと比べることでしかない『強さ』を求めていたのでござるが、それこそ、無駄でござったよ」


 彼女にしては珍しく、乾いた笑いを浮かべた。

 エドガーが吐き捨てる。


「はっ、それはただの言い訳だよね。届かないものに嫉妬しただけのくせに、偉そうな口を利かないで欲しいよ」

「届かぬからこそ、面白いのでござるよ。お主はもう少し、師匠の言葉を信ずるべきでござった」

「信じるだって? 僕の考える美しさには及ばないよ」


 彼が言うなり、再び糸が舞った。

 糸の量は、先ほどの倍以上はあるだろう。


 これで決着をつける気が見て取れる。


「そうやって比べる事こそ、自信が無い表れでござる」

「ああそうかい。――――君じゃユーゴくんの代わりにならないけど、もう消えて良いよ」


 エドガーが動く。

 積み重なる糸の猛攻で、繭に包まれた見た目となるセイカであった。


 彼が銀の槍を振るう。

 繭から突き出た刀が、槍を弾き――――槍の影からもう一本の槍が現れた。


 暗殺者の使う、暗剣の応用技だった。

 影から生まれ出た銀の槍は、正真正銘の本物だった。


 折り重なる繭を貫き――――中心から分かたれた。


「あ、が」


 槍を突き出すために半身となっていたエドガーの、顔の半分が斬り落とされる。

 槍ごと『勇者』を切り捨てたのは、セイカの左手だった。


 刀は無くとも、斬撃は生み出される。

 刀を囮にした、こちらも暗剣を応用した二段構えの斬撃である。


 勝敗を分けたのは、技の優劣なのではない。

 どちらがより、ユーゴを理解していたか、でもない。


 一緒に終わろうとしたか、託して終わろうとしたか、それだけの差であった。


「さて、では拙者も参るでござるかな」


 抜き身の刀身を鞘に納め、彼女は歩むことを止めなかった。

 次なる目標は――――永遠蜘蛛を斬り捨てる。


 鼻歌でも聞こえてくる長閑な雰囲気の中、セイカの足音が響いていた。






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