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騎士になりました  作者: 比呂
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謁見


 時の流れが止まっていると錯覚してしまうほどの、硬質な世界だった。


 水晶で出来た王城の中心に、豪華絢爛な謁見の間がある。

 遥か高い天井は、眺める気にもなれなかった。


 大樹ほどの水晶柱が規則正しく謁見の間を縦に貫き、部屋の両端には水晶の鎧が並べられている。


 そして、部屋の正面には、玉座に女王の姿がある。

 黒い貫頭衣に、黒いタイツ姿だった

 肩まで伸びる癖のかかった髪は半透明で、周囲の光を吸って輝いている。


 肌は白く、年齢を感じさせず、今まで見たことが無い顔をしていた。


「…………」


 その彼女は何も言わず、睨みつけるような鋭い目で眺めているだけだ。


 入口に立っていたユーゴは気まずそうに後頭部を掻き、視線を晒す。

 すると背後から、髑髏の大男に肘で突かれた。


「ほら、早く行きなよ」

「ああ、うん、分かってるんだけどな」


 釈然としない気分のユーゴであった。


 女王に言いたいことはあったのだが、ここまで恨みがましい目で睨まれると、中々に近寄りがたい。

 それでもこのまま黙って立っていることも出来ないので、渋々に近づいて行った。

 玉座から離れた場所で足を止め、会釈する。


「女王様には、ご機嫌麗しゅう――――」


 言ってて無理があるな、とは彼も思っていた。

 当然のごとく、女王から言葉を遮られた。


「お前は挨拶の仕方も知らぬようだ」

「はあ、申し訳ありません。では、どのように?」

「近く寄れ」

「え、いや」


 ユーゴは後ろを振り向いて、ハリィを見た。

 髑髏は顎骨を鳴らさず、頷いて見せる。

 行けってことか、と彼は難しい顔をした。


 本来、暗殺を防ぐためにも不用意に近づかせないのが常識だ。

 助けを求めるためにオリビアへ顔を向けると、彼女も小声で言う。


「いいから、行くのだ。女王の求めに応じろ。暗殺など考慮の外だ。そもそも、貴様では女王を殺しきれぬよ」

「そうはっきり言われるとなぁ」


 彼が口を曲げながら呟いた。

 頭部を奪われて尚、健在なところは見てわかる。


 初めて会った時と『顔』が変わっているが、存在感は同じものだ。

 理由も原因も飛び越えて、目前の女性の形をした『何か』が女王であると認識している。


 渋々ながらも歩を進めて、ユーゴは女王の前に立った。

 すると女王が、貫頭衣を揺らして立ち上がる。


 隙間の多い服から見える肌は、人間のものだった。

 女王の強い視線が、濁流のように注がれた。


「妾は怒りを覚えている」

「そうですか」


 見れば分かりそうなものだが、それを口にするほど命知らずな訳でもない。

 頷くユーゴを見て、女王が更に一歩近づいてくる。


 衣服が触れ合うかどうか、といった距離でも、女王が構わず会話を続けた。


「お前には、この怒りが分かるか」

「まあ、怒ってるなぁ、としか分かりませんが」


 近すぎる間合いでの会話に、彼は動揺を隠せなかった。

 ここで女王が攻撃してこようものなら、良くて相打ちといったところだ。

 『永劫回帰』が使えるかどうかも分からない状態では、一撃が致命傷と成り得る。


 緊張した面持ちで次の言葉を待っていると、女王が顔を上げた。


「そうか、ならばいい」

「それはどうも」


 何がいいのかさっぱり理解できないユーゴだが、この手合いの相手には慣れている。

 相手のことは気にせず、常に最悪の状況を先読みしながら対応することだ。


 読めない相手ならば、最初から読もうとする必要はない。

 己の状況を考えれば手札は限られるし、そこから考えられる状況となれば先読みも狭められる。


 ――――ただし、最悪の状況から先読みしていたが故に、次の女王の行動に対応が遅れた。


「さぁ、妾に忠誠を捧げよ」


 忠実なる騎士へ、手の甲への口づけを許すように差し出された手が、彼の眼前で止まる。

 拒否されることなど、考えてすらいないだろう。


 断れば、それこそ最悪の状況は免れない。

 強行突破すら視野に、考えを巡らせる。


 彼の背後に居るオリビアへ助けを求めたい気分だが、ハリィの動きも気になるところだった。

 何かないかと考え始め――――彼は腹を括った。


 ユーゴは、優しい笑みを浮かべる。


「申し訳ありません。忠誠を捧げることは出来ません、『女王様』」

「……? どういうことだ」

「俺は役割に対して忠誠を使うことは出来ません、と言ったのです。頭部を奪われた女王は、果たして本当に女王なのですか?」


 彼は、手札を一枚きった。

 アルベル連邦が主力を出したとして、女王の頭部を奪うなど正気の沙汰ではない。

 クリスタルム側が本気で阻止にかかれば、撃退することは可能だろう。


 それこそ、『永遠蜘蛛』を戦力にすれば、周辺諸国の蹂躙すら児戯に等しい。

 加えて、オリビアと居たパビリオンで、ハリィの言っていたこともある。


 ――――女王の権能を幾らか得たところで。


 逆に言えば、全ての権能さえ揃えることが出来たなら、『誰でも』女王に成り代われるということも考えられる。


 ユーゴが戦った女王の転送体という存在があるのならば、《クリスタルム》の兵士すべてに転送可能であるかもしれない。


 そして、ある時期からオリビアが女王に『様』をつけなくなったという理由もある。

 確率としては分の悪い賭けだが、乗るしかないのが彼の現状だ。


「うん?」


 女王が、真顔になる。

 一瞬だけ彼の背後に控えるオリビアへ視線を向けた後で、挑戦的な顔を見せた。


「妾は生きている限り、妾だ。生きている、という表現が妥当であるとは思わないが、あえてそう言葉にさせてもらおう」

「…………」


 女王の意図が読めず、ユーゴは口を結ぶ。

 彼女が息を抜いた。


「しかし――――、そうか。妾がオリビアに転送したときの処理が不徹底であったな」

「つまり、あの時点で転送していたのか」


 それはオリビアが、メラノプルスと交戦を許せるほどの権限を得た時期と合致していた。

 つまり、何かの権能を譲られた可能性があったということだ。


「予備として、だ。我らは増えねばならん。毒と分かって妾の情報を引き出そうとする輩にも、少しは抵抗してみせる必要があった。……流石に全身を消滅させられては抵抗出来んからな。ある程度の共有をせねば適度な反抗は困難であったと考える」


 女王が息を吸い、静かに吐き出した。

 差し出されていた手の甲が横を向く。


「忠誠が嫌であれば、握手はどうであろう、勇者よ」

「もう俺は勇者じゃないんだよ」


 詰まらなさそうに言うユーゴの手は、女王の手に添えられた。

 手に触れる感触は、水晶のように硬質であるのだった。




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