相談
飲食街の騒ぎは、間も置かずに一角獣騎士団へ伝わった。
カウレテの防衛を任されている騎士団の行動は素早く、魔導具で武装した騎士たちが出動する。
街路の要所には重装化された戦鎧騎さえ配備され、住民たちは強制的に散らされた。
飲食街の混乱は一時的に拡大したものの、暫くして鎮静化する。
ある一点を除いて、何もかもが解決したような気になる時間帯になった。
そこで、飯も食べそこない、街の混乱を収めるために奔走した一角獣騎士団長――――エミールが、中央議会堂の貴賓室を訪れていた。
貴賓室にはそれぞれ、ヴァレリア王国の要人が腰を落ち着けている。
その代表格、黒髪の美女が頬を緩めた。
「ごめんなさいね、ウチの孫弟子が迷惑をかけちゃって。被害も出てるでしょう。幾らか払うわ」
「いえ、こちらにも非はあります。損害賠償は、後で相談させてください」
エミールが疲れた息を吐く。
これには黒髪の美女――――ジゼルも苦笑いを浮かべた。
「構わないわよ、全ての被害は私が持つわ」
「…………。本気ですか。重装甲戦鎧騎を六騎も再起不能にして、周辺住民の賠償問題もあるのですよ」
「それじゃあ逆に聞くけれど、あの娘にそれだけの価値が無いとでも?」
意地の悪い微笑みを浮かべる彼女だった。
言い返すだけの理由も気力もないエミールが、首を横に振る。
「彼女が『人間』だったのであれば、何を犠牲にしても騎士団に迎え入れますね」
「あら、徹底してるわね」
「人間以外を騎士と認めるわけにはいかない」
「ふぅん、何事にも『例外』はあると思うわよ。私の弟子は、人間から海藻になったもの」
薄笑いを浮かべるジゼルの言葉は、誰が聞いても冗談に聞こえた。
一角獣騎士団長さえ、まともに受け取らない。
「流石は魔族の国ですね。その秘奥をぜひ教えて頂きたい」
「駄目よ。あの子は特別だもの。それとも、あなたは人間を辞めたいのかしら?」
「そんなことはありません。失礼を承知で言わせていただけば、貴方達を羨む理由が見つからない。人が人であることに誇りを持つことは、可笑しいでしょうか」
エミールの信念が垣間見える言葉であった。
しかし、それこそが、ジゼルのツボに嵌った。
「ふ、うふふふふっ、そうね。そうだわ。きっとそうよ。うんうん。その言葉、弟子に聞かせてあげたいくらいよ。ユーゴは貴方の言葉を聞いて、何を思うかしら。怒る――――いえ、悲しむ? ああ、褒めるというのもあるかもしれないわ。けれど、あの子があなたと同じものを持つことは二度と出来ないわね」
「――――ジゼル様」
黒髪の美女が興奮気味のところ、元魔王シアンの一言が差し込まれる。
氷青の瞳が温度を冷たくしていることに気付き、ジゼルが小さく舌を出した。
「怒られちゃった」
「そういえば、貴方達が探している魔族は、ユーゴ・ウッドゲイトというのでしたね。セイカ・コウゲツというのは、彼の者の弟子となるわけですか」
片眉を上げたエミールが、意趣返しとばかりに言う。
それにはシアンも言葉を返さずにはいられない。
「助けが必要ですか? 身内の不始末は身内で片づけたいと思うのですが」
「それを言うなら、ウチもでしてね。護衛をつけておきながら、その護衛が下手をやらかしたのですから、責任を取らせて頂きたいのです。……掲げた看板に泥を塗られたままでは舐められてしまう。事の発端である過激派にもお礼がしたいので、そこはご容赦を」
そう言うと、エミールが深々と頭を下げた。
自分がやったわけでもない部下の不始末に謝罪することが、それほど苦には思えない。
これ以上の面倒ごとを抱え込む余裕が無いのだ。
魔族を護衛なしで、カウレテの街に放つわけにもいかない。
唯でさえ足りない人員を、そんなことで無駄遣いしたくないのが本音である。
そもそも、あの女――――素手で戦鎧騎を断ち切るエルフに対し、魔族が変貌も無しに相手取るとも思えない。
サークレットもつけていない魔族が変貌するなど、反乱をイメージさせてしまうだけだ。
治安を預かる一角獣騎士団としては、到底受け入れられない。
「……………ふぅ」
ただ現状――――セイカ・コウゲツを止める手立てが無いことも確かだった。
対爆仕様も兼ねる重装甲の戦鎧騎を、エルフの剣士は素手で切り裂いた。
誰もが目を疑った。
音を立ててずり落ちる装甲。
無傷ではあるが、操縦席で驚愕の表情を浮かべ衝撃を受けた様子の騎士。
看板もクソもありはしない。
人間が必死で積み重ねたものを、一瞬で奪い去られたようなものだ。
誰もが夢を見て、喉から手が出るほど渇望する強者の頂き。
それをやって見せた。
嘘偽りなく、戦士たちが大勢で見守る中で、六度も偉業を成し遂げた。
故に、痛快。
エミールとしても、立場を忘れてしまっていたら、拍手さえ送ったことだろう。
戦いを生業にする者として、羨望さえ抱く。
しかしそれも、人間なればこそ。
魔族が同じことをしても、ここまで感動することは無い。
人とさして変わらないエルフだからこそ、人の可能性を信じてしまいそうになる。
出来れば話がしたい。
敵でなければ、歓待さえしてしまう自信がある。
それでもエミールは、彼女を止めなければならなかった。
騎士たる騎士であるために、セイカ・コウゲツの弱点を知る必要があった。
彼が小さく頭を下げる。
「では、これから対策会議がありますので」
「セイカちゃんを止める方法としては、一番簡単な方法があるわよ」
ニンマリ、と笑うジゼルの笑顔が邪悪だった。
その内容を知っていたとしても、エミールが尋ねない訳にもいかない。
「どのようなことでしょう」
「ユーゴと会わせることよ。それが最も簡単で――――最も難しい方法ね」
「そう、ですね」
一角獣騎士団が手に入れた情報の中では、ユーゴの足取りはトランキアル霊廟街周辺で消えている。
意図的に隠されていても不思議ではないが、それならそれで身内に妨害者がいるようなものだから、捜索は困難を極める。
かといって、まんじりと傍観するのも悪手である。
現在、セイカに対する方策としては、『彼女の先に何も置かないこと』しかない。
戦鎧騎と騎士を動員し、セイカの進行方向にあるすべての人員に退避を行っていた。
政府高官の自宅を通過したときに、四騎の戦鎧騎を失って気付いた方策だった。
最終手段として『力押し』することも視野に入れているが、それには他所の防衛を任せている人員から戦鎧騎を引き抜かなければならないし、その分、防備も薄くなる。
過激派が動いているとして、その対処が後手に回る可能性がある。
比喩ではなく、エミールの顔に影が差した。
「――――?」
「ふむ、あれはユーゴの弟子なのだろう。腹が減ったら帰ってくるのではないか?」
腕組みをした金髪の女性――――ティルアが彼の前に立ち、正直すぎる感想を言った。
政略の場であれば裏の裏を読みたくなる会話だが、ティルアに裏など無い。
であるからこそ、たまに、どストレートで核心を突くことがある。
「ああ、そういえば――――」
シアンが小さな顎に手を添え、視線をジゼルに向けた。
記憶の紐を手繰って言葉が紡がれる。
「あの子、海藻を食べたいと言っていたような気がしますね」
「それって、これのこと?」
ジゼルがドレスの胸元に遠慮なく手を突っ込み、胸の間から海藻を取り出した。
若干湿ってはいるが、海藻には違いない。
その場の状況に理解が追い付かないエミールが、首を傾けた。
「え、えっと?」
何ですかそれは、と言葉を続けようとして、貴賓室に響くノックの音で中断された。
彼が視線だけでジゼルたちの許可を貰い、頷く。
「――――どうぞ」
「失礼します」
貴賓室の扉を開けたのは、中央議会堂の近衛ではなく、一角獣騎士団の部下だった。
部下がジゼルたちに視線を配りながら、足早にエミールへ近づく。
「早急にお耳にいれたいことがあります」
「大きな声では言えないことですか?」
そう彼が言うと、部下は困って言葉を失った。
情報を判断出来る立場にない、ということだ。
それほどの案件といえば、それほど多くない。
エミールが小さく息を吐こうとして、その手に生暖かい海藻を渡された。
ちょっと湿っていた。
「これは?」
「情報料ってことにしてあげるわ。私にはわかっているから、気にしないでいいのよ。『あの男』が返ってきたのでしょう?」
ジゼルが茶目っ気を出して、片目を瞑る。
騎士団の部下が目を見開いたところで、エミールの予感は確信に変わった。
「この場で言うことを許可します」
「あ、――――はっ、了解しました。先程、アレク・レオ様の乗船された飛空艇が確認できたということです。間もなく帰還されます」
「これは、急がなければいけませんね」
早急にセイカの件を片付けつつ、王の護衛を勘案しなければならなくなってしまった。
事態は一刻を争う。
しかし部下が、怪訝な顔をしているのが気になった。
それは、エミールが手の中に海藻を握りしめているのを、部下が不思議そうに見つめているのだった。




