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騎士になりました  作者: 比呂
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騒動


 カウレテにある飲食街の往来で、一人の騎士が気を失って倒れていた。

 その横で退屈そうにするエルフが、溜息を吐く。


「……はぁ。どうしたものでござるかな」


 自分で殴り倒してしまったのだが、鎧を着こんだ巨躯の騎士をこのまま寝かせておくわけにもいかなかった。


 何故ならば、これから買い食いをするときに支払いをしてくれる者が一人減ってしまうからだ。


「むぅ」


 彼女が腕を組んで唸りながら、細目で周囲を見回してみる。

 そこには、顔を引きつらせた市民たちが、野次馬を含めて集まっていた。


 誰も騎士を助け起こそうとはせず、遠巻きにこちらを見続けているだけだ。

 その視線には恐怖も入り混じっている。


 市民をなぎ倒していた騎士を止めたのは自分であって、むしろ、怖がられる道理について理解が及んでいないセイカである。


「何故でござろうか?」


 ただ、餅は餅屋というように、騎士のことは騎士に任せるのが一番だということくらいは知っていた。


「どなたか、この街の騎士を呼んできてくれぬだろうか。謝礼は……ふむ。ここで寝いている男が用意するでござる」


 呼びかける彼女に、動揺する市民たちの姿があった。

 セイカには、持ち合わせどころか唯一の財産である刀すら無いことを、彼らは知らない。


 助けに入った騎士を殴り倒し、その騎士に金を払わせて騎士団を呼び寄せるなど、正気の沙汰では無いと思われても当然だった。


 そして、この流れに乗ったのが、隠れていた過激派の者であった。

 セイカの殺気を受けて命の危険を感じた彼らではあったが、それ故に、ここで始末しておかなければ、という気持ちが芽生えたのだ。


 この際、過激派を取り締まる騎士の事など放っておいて、目前の敵を始末する事が優先された。

 セイカを取り囲む人垣の中から、数人の冒険者が姿を表す。


「貴様、この街で騎士様に暴力を振るうなど許された事では無い――――」

「ん? 拙者、次は無いと言ったはずでござるよ」


 知人を見つけた者が挨拶でもするように、彼女がするりと冒険者へ近づいた。


 忠告をした上で、それを無視する輩にかける慈悲は無い。

 彼女の気配探知は寸分たがわず、過激派の人員を把握していた。


 何もわかっていない間抜けな表情を見せた冒険者が、口を開けたまま呆然としている。


「――――あ」


 掌を上に向けて、柔らかく横に薙ぐ。

 人の首など軽く切り落とす手刀が振るわれた。


 必要なのは斬撃の速さではなく、如何にして意を通すかということ。

 骨の間を狙い、筋繊維の隙間を伺い、皮膚の細胞を選ぶ。


 名付けるならば――――富嶽一刀流、空首落とし。


 水面の木の葉を拾うが如く、彼女の手刀が冒険者の首元に触れて――――止まった。


 ただそれだけだったが、冒険者が白目を剥いて倒れるのだった。

 セイカが背後を振り返る。


「うむ? 起きたでござるか」

「当たり前だ、この野郎……」


 武の心得すら無い市民たちにも見えるような、濃い殺気を纏った男が立っていた。

 素人相手に膂力を見せつけていた時とは違い、明確にセイカを睨みつけている。


 一角獣騎士団の騎士マクスウェルが、怒りに震えた声で言う。


「もういっぺん、勝負してくれよ、なあ? もういっぺんだけで良いからよ。頼むぜ。そうでもねぇと、俺の収まりがつかねぇよ」

「面倒でござる」


 ぷいっ、と横を向くセイカであった。

 彼女としては、勝負したつもりも無ければ、相手にする理由もない。


 そんなことより、屋台を冷やかした方が何倍も有意義なのだ。

 しかし、彼の充血した目がそれを許さない。


「それなら、勝手にやらせてもらう――――」


 怒り任せといった様相で、地面を滅茶苦茶に蹴りつけながらマクスウェルが突進してきた。

 普通なら感情に支配された動きは無駄が多いものだが、彼の場合は違っていた。


 野生とも言うべき感性を駆使し、人間らしからぬ動きを見せる。


「シャアァァァァァっ」

「拙者の技量の背後に高き者を見て気が猛るのも良いでござるが……拙者とて、ここまで酷くなかったと思うのでござる」


 対するセイカのやる気の無さは格別だった。

 感情と才能のままに動き、戦いを挑むその有様が、何処かの誰かと似ていて恥ずかしい記憶を掘り起こしてしまうからだ。


 動きのキレは悪くない。

 狙いやすい急所から攻めるセンスも上々である。


 ただ、その才能に任せた稚拙さが、腕を振り回す子供にしか見えないのが難点だった。


 こんなのを相手にしなければならなかった師匠の気苦労はいかなるものか、と今更ながらに思い知る。


「そういえば、師匠は頻繁に溜息をついていたでござるなぁ」


 会わずに過ぎた時間の分だけ、郷愁じみた想いが募る。

 その心の隙間に、マクスウェルの言葉が入り込んできた。


 攻撃が全く通じていないので、口撃してきたといったところだろう。


「おい、お嬢ちゃん? 師匠に愛想をつかされて逃げられたんじゃねぇのか」


 ただ、その言葉は、思いの他セイカの胸に刺さった。

 確かに魔導具で連れ去られたにしても、師匠が本気を出していれば避けられたはずなのだ――――という見当違いな思いを抱いてしまった。


 彼女のユーゴ像が、ひどく神格化されている弊害と言えよう。


「そ、そんなことがあるわけないでござる。師匠は、師匠は――――」


 感情の乱れが、身体の動きに乱れを生じさせる。

 今までかすりもしなかったマクスウェルの拳が、セイカの着物を捉え始めた。


 これを好機と捉えた彼の口が、さらに捲し立てる。


「飯食って金も払わねぇ弟子がよぉ、好き好んで面倒みれるかよ」

「――――ひ、ふいぃぃぃぃぃん」


 セイカが口元を横に引いて、泣いた。


 年齢的には人間換算で成人を遥かに超えているが、子供のように泣いた。

 平常時であったならば、ここまで心乱されることも無かったであろう。


 しかし、ユーゴの家族と会って嫁や娘がいることを知り、いきなり師匠に居なくなられ、知らずのうちに不安を抱いていたのだ。


 誰も気づけず、本人すら思ってもみなかった状況だが、セイカの涙は止まらない。


「あ、おい……」


 勝負のことすら忘れ、気まずそうに動きを止めるマクスウェルだった。

 彼の言い訳としては、あんなに強い女が口喧嘩なんぞで、と苦し紛れに用意することだろう。


 周囲の市民たちも、茫然として成り行きを見守っている。


 そこで、問題が発生した。

 セイカが当てもなく歩き始めたのだ。


 人垣も建物も無視して、泣きながらまっすぐ歩いていく。

 進行方向に居た人間は、自ら避けるか、優しく手をかけようとして投げ飛ばされていた。


 これを好機と襲い掛かる過激派の冒険者も、腕を折られて地面に転がされる。


 誰一人として手を出せない状況に、困惑するカウレテの住人達である。



 この状況を即座に解決出来る人物は――――この国には居なかった。




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