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騎士になりました  作者: 比呂
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予感


 アルベル連邦に所属する連合国家の一つ――――カウレテ。


 連邦のまとめ役を一手に引き受ける行政主体の国である。

 まるで都市国家の様相を呈するのだが、強固な岩盤の上に過剰な防備を敷いていて歪な構造となっていた。


 本来であればアルベル兵団時代の移動首都ブリガントが行政を担うはずであったが、常に移動していて味方からも補足が困難なものは不便極まりなかった。


 そこで仲介役として生まれたのが、カウレテだった。

 各国の要人が集まる場所だけに豪奢な造りをしているかとも思えば、そうでもない。


 防衛費に資金を注ぎ込み過ぎて内装まで手が回らなかった、等と噂されるほどに質素な風景が広がる。


 そんな中にあって、飲食店だけは何処も繁盛していた。


 流石に食料の持ち込みまで制限されないのであれば、各国の要人が持ち込む食料と料理法が一堂に会する場となる。

 華が無ければ団子を楽しめとでも言わんばかりに、多国籍な店が立ち並んでいた。


 その街道を、長い耳も隠さないエルフの女剣士が肩で風を切って歩く。


「…………ふぅむ」


 鼻を小さく動かしたセイカが、良い匂いのする店先を眺めた。


 周囲の人間たちが恐る恐る見つめる中、彼女に石や矢が飛ぶことは無い。

 女剣士の背後には、鎧姿の偉丈夫――――一角獣騎士団に所属する騎士マクスウェルが護衛として付き添っていたからだ。


 見た目が人間に近いエルフでも、カウレテを歩くには物騒に過ぎている。

 騎士が護衛につくのは、セイカが悪さをしないために見張ることでもあるし、セイカに危害がくわえられないためでもあった。


「ぬぅどる、とやらでござるか。蕎麦に似ているでござるな」

「味は全く別もんだけどな」


 護衛としては遠慮のない喋り方だが、それも仕方がない。


 勝手に動き回るセイカについていくなど、護衛の騎士として働かされ過ぎていた。

 多少は私心を加えてもよかろう、というのが彼の心労を現している。


 その原因たるエルフが、遠慮なく店の戸を開いた。


「今日はここにするでござる!」

「金もねぇのに態度だけはでかいんだからなぁ、この嬢ちゃんは……」


 革袋の中にある貨幣を思い出しながら、マクスウェルが嘆息した。

 セイカが飲み食いした料金が経費で落ちるかといえば、微妙なところだ。


 何せ、公務ではなく部屋を抜け出して食事に出ているのだから、護衛として仕事を果たしていないと叱責を受けても仕方がない。


 だからといって、セイカを放っておいて怪我でもあれば、騎士を辞めさせられるだろう。


 彼が苦笑いを浮かべながら、どうせなら食事でも楽しまなければやってられん、と開き直るまで、そう時間は必要なかった。


 よし食べよう、と思い至ったところで、戸を開いたセイカが立ち止まっていた。


「……ん? 大師匠ではござらぬか」


 彼女の視線の先には、カウンター席へ座るジゼルの姿があった。


 湯気の立つ器を前にしながら、ジゼルが顔を上げた。

 彼女が目を上にやって記憶を辿り、今日のセイカの行動を思い出して言う。


「あれ、セイカちゃんじゃないの。確か、一緒にお昼ごはん食べたでしょう?」

「そういう大師匠こそ、語るに落ちたでござろう。同じ穴のムジナでござる」


 セイカはカウンター席に向かい、ジゼルから一席空けた椅子に座った。

 すると、器を持ったジゼルが、腰を浮かせて席を詰める。


 一方的に仲良さそうにしたところで、彼女が頷いた。


「拉麺は別腹でしょう」

「ほぅ、流石は大師匠。腹が何個もあるのでござるか」

「まあね。あー、太らない身体って、本当に素敵だわ」

「そんなものでござるか。あ、大将、隣と同じものを頼むでござる」


 適当に注文してから、セイカは護衛のことを思い出した。

 金を払わせるのに食べ物を勧めない訳にもいかないだろうという、大きなお世話を焼こうとしたのだ。


 ただし、鎧姿の偉丈夫は直立不動で控えている。


 普段であれば隣に座って己の職場の愚痴――――主に騎士団長への文句を垂れ流す男が、今日に限っては緊張した面持ちで、敬礼でもしかねないほど背筋が伸びていた。


 視線を横にずらしたセイカが、ジゼルの背後を見る。


 そこには、中肉中背で寝ぼけた目をしている青年の姿があった。


「あ、ども……」


 青年に会釈されるが、セイカは首を傾げた。

 会ったような気もするが、記憶には残っていなかった。


「おいよ、おまち!」


 カウンターテーブルに丼が置かれたので、彼女が青年から意識を外さない理由が無かった。


 女性陣が食事に集中しているので、手持無沙汰となったマクスウェルが口を開く。


「団長、何やってんです?」

「護衛、だね。ほっとくわけにもいかないでしょ」

「ですよねー」

「ちなみに、始末書は書いてね。もちろん、俺も書くよ。あと、経費は出ないから」

「……ですよねぇ」


 肩を落とすマクスウェルであった。

 経費も出ずに仕事を全うして評価まで落とされるのだから、拉麺の一杯でも食べて憂さを晴らしたいところではあった。


 けれども、騎士団長の目前で拉麺でも食べ始めようものならば、どんな嫌みが返ってくるかもわからない。


 一角獣騎士団の団長と騎士が、黙って麺の啜る音を聞いていた。


 先に食べ終わったジゼルが、カウンターテーブルの上へ人差し指を置き、宛てもない文字を書き続けている。

 鼻歌でも飛び出しそうなほどの、機嫌の良さが伝わってきた。


 セイカが片目を細めて彼女を見る。


「それで、今度は何を企んでいるのでござるか?」

「えー、企むだなんて、人聞きが悪いわよ」


 笑窪をつくって身体を捩って見せるジゼルの行いに、セイカが溜息を吐く。

 二杯目を注文しつつ、エルフらしい長い耳が一度だけ揺れた。


「ああ、その様子では――――もう既に企み終わった後でござったか」

「……本当に鋭い子ねぇ、あなたって」


 ジゼルがほんの一瞬だけ、素の顔を見せた。


 間違いのない『間違い探し』をさせられるような違和感が生まれ、それもすぐに消える。

 ジゼルが本当に嬉しそうに、語って見せたからだ。


「セイカちゃん、釣りって知ってる?」

「無論でござる」

「ええ、そうよねぇ。釣り針に『餌』をつけて、魚に食べさせるのよね。そして針を魚に引っかけて、魚を手に入れる、と」

「目当ての魚でも釣れたのでござるか?」


 はて、と首を傾げるセイカであった。


 彼女が考える限り、カウレテの周辺に海は無い。

 川にでも行ったのかと思ったところで、テーブルの上に二杯目の器が置かれた。


 そして、ジゼルが言う。


「――――まあね」


 彼女がそう言う割には、笑顔の中へ寂しげなものが混ざっているのだった。




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