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騎士になりました  作者: 比呂
103/127

群体


 地面に生える青草の葉が、静かに揺れる。

 その小さな振動こそ、迫りくる敵の足音だった。


 トランキアル霊廟街を守護するために展開しているのは――――勇猛名高き双翼騎士団である。


 洗練された細身の戦鎧騎が戦列を組み、背後に霊廟街を望む。

 騎士が守るべき人民を背後に背負い、矢面に立つのは必然と言える。


 双翼騎士団の副団長が全指揮権を任されるのは、これが初めてではない。


「さて、やるか」


 副団長が、背後に存在する霊廟街を一瞥した。

 守るべき人民もそうだが、霊廟街には自らの王と負傷した騎士団長が控えている。


 ――――一匹たりともクリスタルムの亡獣を通してはならない。


 そう決意し、副団長の操る戦鎧騎が手を挙げた。


 双翼騎士団の面々が鬨の声を上げ、戦闘準備が開始される。

 平原での戦闘は、まさに地力が物を言う。


 圧倒的物量を誇るクリスタルムの亡獣に、数で劣る双翼騎士団としては、個々の技量と戦術で対応するより他ない。


 最前列に新型魔操具『サークレット』を装着させた魔族が配置されており、亡獣の防波堤とさせる。


 そこで打ち漏らした亡獣などは、二列目の戦鎧騎で押しとどめる。


 三列目は砲兵――――他国から技術転用され改良された呪法式バリスタ群が展開しており、正面突破の愚策を犯す亡獣どもに初撃を与える手はずだ。


 副団長の目前に、立ち上る土煙と腹まで響く足音が重なった。

 砲兵隊長の頷きと共に、副団長が手を振り下ろした。


「亡獣どもを、叩き潰せっ!」


 号令が掻き消されるほどの轟音が発せられた。

 呪法により炸裂弾頭と化した魔玉の備えられた投擲体が、一斉に亡獣へ降り注ぐ。


 迫りくる土煙が、一瞬の静寂の後に、何度も破裂した。

 亡獣の体組織である水晶が砕け、空に舞い上がり、陽光を美しく反射する。


 双翼騎士団からも歓喜の声が上がり、誰の気分も幾分かは晴れただろう。


 ただ――――副団長だけが詰まらなさそうな顔をしていた。


「砲兵を下げさせろ。ここで失うわけにはいかん。出来れば団長の居るトランキアル霊廟街まで後退だ」

「承知しました。ご武運を祈ります」


 敬礼を見せた砲兵隊長が、即座に自らの部隊を掌握するために走った。

 それを見届けた副団長の視線が、土煙の先頭を睨みつける。


「『サークレット』を起動させろ」

「はっ」


 控えていた騎士が、副団長の指令通りに作戦を遂行する。

 奴隷として、もしくは犯罪者として集められていた最前列の魔族たちが苦しむように首を押さえ、一斉に完全変貌を果たした。


 異種異形な魔族たちの眼は血走り、口から涎をたらし、解き放たれる瞬間を待つ。

 最早、魔族に理性など存在しない。


 『サークレット』で敵と判断されたものに対し、魔族の本能を発揮するのみだ。


 土煙の中から、亡獣が姿を現す。

 巨大な両目と異様に発達した後ろ足が特徴的な蝗虫――――メラノプルスである。


 水晶で出来たそれは、人間の身長を超える巨大さで、強靭な顎は戦鎧騎の装甲ですら噛み千切るものだった。


 勇猛果敢な蜥蜴種の女魔族が、重厚な大剣を振り上げてメラノプルスに襲いかかる。

 目は赤く染まり、雄叫びを上げながら振り下ろされた大剣が、難なく弾かれた。


 攻撃を受けた蝗虫が、何の感情も見せない目で女魔族を観察し――――飛んだ。


 体当たりにも見えたメラノプルスだが、その実、移動しただけである。

 眼前の魔族など、攻撃するにも値しない。


 そして、口元に張り付いた魔族を、邪魔だからという理由だけで、食い千切った。

 流石の魔族も、半身を破られては戦いにならない。


 魔族の首元に付けられたサークレットが、赤く光る。

 女魔族の胸元にある魔玉も同じ赤に光り、肉体ごと爆散した。


 血煙が舞い、肉片が飛び散る中、メラノプルスが何事もなかったように、進軍を開始する。


 戦場は一進一退どころでは無く、ただの蹂躙が繰り広げられていた。

 双翼騎士団も計算外のことに、慄きを露わにする。


 そこで指をくわえて見ているわけにもいかないのが、副団長だ。

 歯を噛み締め、砲兵隊長を呼び戻した。


「悪いが、お前たちを団長の元へ帰すわけにはいかなくなった。伝令を送るためにも、時間を稼がなければならん」

「そのようですな。騎士団長には、宜しく伝えてください」


 砲兵隊長が、苦渋の顔で敬礼をする。

 砲兵は絶大な火力を誇るが、その防御力は無いに等しい。


 メラノプルスを前に砲撃を続ければ、いずれ食い破られるのは目に見えている。

 それでも、アレク・レオや騎士団長を失うわけにはいかない。


 己の命や部下の命が、ただの時間稼ぎにしか過ぎないとしても、果たさなければならない忠義がある。


「すまん。俺もここで散るだろう」


 副団長が敬礼を返した。

 苦笑いを浮かべた砲兵隊長が頷いて、自分の部隊に帰って行く。


 副団長の視線が前線へ戻る。

 食い破られた魔族たちが、そこらかしこで爆散していた。


 鶴翼の陣形を組んだ双翼騎士団の戦鎧騎に、待機の指示を出した。

 そして、支援砲撃が始まる。


 戦っている魔族ごと吹き飛ばす呪法式バリスタであった。

 土砂を巻き上げ、地面を掘り返したところでようやく砲撃が終わる。


 その間隙を突いて、双翼騎士団の騎士たちが戦場へ踊り出た。

 目標は、砲撃によって各個分断され、地面の穴に足を取られた一匹のメラノプルスだった。


 V字型の陣形の中心に蝗虫を捉え、包囲すると同時に、各々が対亡獣兵器を打ち出した。

 戦鎧騎による近接戦闘で最も高い破壊効率をたたき出した――――杭打機インパクト・バンカーである。


 呪法の力によって射出された高硬度金属が、一撃目で表面に罅を入れ、二撃目に突き刺さる。

 突き刺さった鉄杭をそのまま切り離し、戦鎧騎が離脱したところで遠隔爆破された。

 

 強固だった水晶の表皮が内側からの爆圧で膨れ上がり、破裂する。


「よし、こいつで――――」


 一匹のメラノプルスが斃れた。

 しかし、ただそれだけのことにしか過ぎなかった。


 数十、数百にも見える蝗虫の群れが、彼らを取り囲んでいた。


「な、何だこの数、見たことないぞ!」


 メラノプルスの個体としては小ぶりだが、その蠢く数が尋常ではない。

 見渡す地面を埋め尽くすがごとくの、その異常な数が絶望を呼び起こす。


「仕方ない、敵陣を突っ切って離脱する! 行くぞ!」


 双翼騎士団の名は伊達ではない。

 大きく翼を広げた鶴翼の陣で敵を包囲撃破し、凸型の魚鱗の陣形で敵軍を突破するのが彼らの真骨頂だ。


 双翼の名はそこから生まれた。


 そして、今この時に双翼が地に落ちる。


 圧倒的な物量は、何もかもを飲み込んで押し潰した。

 戦略も戦術もない、児戯に等しい行為だが、圧倒的な物量こそが絶対であると証明された。


 蝗虫が覆いかぶさり、金属を擦り合わせた音を響かせる。

 亡獣はその形態上、口は使うが捕食はしない。


 赤く染まった鉄くずだけが、地面の上に投げ出されていた。


 こうして双翼騎士団は壊滅し、メラノプルスが次の目標を見据えた。

 短い翅を広げ、長い距離を跳躍する。


 その途中、砲兵たちを掬い上げるようにぶつかり、赤い染みを量産した。


 ギチギチと顎が鳴る。


 一匹、また一匹と、同じ意思を持ったかのような群体が空を舞う。


 伝令のために戦友を犠牲にして走る戦鎧騎を、嘲笑うかのように頭上を飛び越して、蝗虫の大群がトランキアル霊廟街へ降り注ぐのだった。





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