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騎士になりました  作者: 比呂
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強者の理由3


 ユーゴは兵術学校の授業が終わった後で、フィーナの特訓を開始することにした。


「……ふむ」


 彼は特訓する前に、フィーナの特徴を出来る限り調べておいた。

 授業を受けている彼女の様子を見る限り、バランスよく纏まっているように見えた。


 座学においての基礎知識は、それなりに身に付けている。

 格闘戦技訓練から小隊戦闘まで、特に指摘することも無かった。


 ユーゴが気になったのは、バランスよく纏まり過ぎていることだった。

 すべてにおいて平均以上の成績と言うのは褒めるべきだろうが、逆にとらえれば器用貧乏となる。


 実際に小隊戦闘では、成績の良いフィーナがフォローに回る場面が多く、彼女が居なくなれば確実に小隊が崩壊してしまうことだろう。


 腕組みをしたユーゴが、軽鎧に着替えて木剣を手にしたフィーナを見た。

 すると彼女は所在無さ気に、そわそわしていた。

 しきりに周囲を見回している様子だった。


「別にそんなに気にしなくても、誰もいないぞ。誰にも見られたくなかったんだろ? 場所は調べておいたから」


 ユーゴが言うと、フィーナは俯いた。


「え、あ、うん……じゃなかった、はい」

「この場所じゃ駄目だったか」


 ユーゴが周囲を見回した。

 ここは彼の仮住まいである幽霊屋敷から、すぐ近くにある森の中だった。

 森の中といっても、木々が閑散とした広場は選んである。

 何がいけなかったのか、と彼が首をひねると、フィーナが呟く。


「変貌出来ないって、幻滅したよね……」

「はあ?」


 ユーゴは自分でも驚くような頓狂な声を出してしまった。

 それをどう判断したのか、彼女が下唇を噛んだ。

 小声でまた、ごめんなさいと言っていた。

 彼女の呟きを耳にしたユーゴは、彼女に近づいて、頭に優しく手を置いた。


「謝るな。フィーナは何も悪いことはしていない。誰でも弱いところはある。それは悪いことじゃない」

「……ユーゴにも、弱いところがあるっていうの? あんなに強いのに」


 頭を撫でられながら、上目で聞くフィーナだった。

 彼は大きく頷いた。


「ある。一番の弱点は家族だ。何より家族が大事だ。でも、家族は悪くないだろ」


 彼女は無言で頷く。

 それにな、とユーゴが続けた。


「俺を殺そうと思えば、いくらでも方法はある。皮肉にも、ユステンが言っていた通りだ。けどな、こっちだって抵抗するんだ。そのために技を磨き、戦術を練るんだ。――――だから、これから強くなろうってのは、間違いじゃない」

「……うん、ありがと」


 フィーナの眼には、光が戻っていた。

 ユーゴは頷きながら、気付いた。


 あれ、ウチの娘って世界で一番可愛いだろ、と。


 彼が動かないでフィーナを見つめていると、彼女が目を瞑った。

 少し震えながら、何かを待っている様子だった。


「あ、そうか、すまん。訓練だったな。よし、始めよう」

「…………」


 彼女が目を見開くと、信じられない者を見る眼つきでユーゴを見ていたが、溜息をついてようやく木剣を構えた。

 彼は頷き、自然体で立っていた。


「取りあえず、今日はフィーナの実力が見たい。殺す気でかかって来てくれて構わない」

「ええ、もちろんよ。これでも乙女ですから」

「ん? 何か知らないけどやる気だな。よしよし」


 彼がニコニコ笑っていると、木剣とは思えない程の鋭い斬撃が放たれた。

 並みの人間ならここで頭蓋骨を割られていることだろう。

 フィーナの魔族としての膂力は発揮されていた。


「懐かしいな」


 ユーゴを襲う太刀筋は、まさにシアンのものだった。

 空を裂く剛剣でありながら、変幻自在に軌道を変えてくる。


 後は攻めに狡猾さを加えれば及第点だが、まだそこまでには届かない。

 この辺りは実戦をするか、自分より強い相手と戦って覚えるしかないので仕方ないと言えばそれまでだ。


 全力で剣を振るっている分、フィーナの息が切れ始めた。

 最小限の動きだけで攻撃を避けていたユーゴは、振り下された木剣を片手で受け止める。


「うん、剣技はこれくらいにしておこう」

「な、なんで、はぁ、私が動く前に、避けてるのよ、はぁ……」

「あー、それ蜥蜴種の魔族がよく使う剣技だろ。知り合いにいるから大体の剣の動きは読めるんだ」

「ユーゴって、顔が広いのね……やっぱり底が知れないわ」

「ま、人脈も一つの強さだ。フィーナが魔王になれば、元魔王くらいすぐに殺せるんじゃないのか? 流石に国を相手にして勝つような奴じゃないだろ」

「ええ、そうかもしれないけど、それだと私が勝った気がしないの。私があいつの心臓に剣を突き立てるまで、勝った気にはなれないわ」

「……あ、そう。そうなのか……うん」


 心臓を刺された気分となったユーゴは、今はもうなくなってしまった左胸を寒々しく感じたのだった。

 彼は気を取り直し、息を整えたフィーナに言う。


「じゃ、次は拳でやろうか。フルクスに基本は教えて貰ってるんだったよな」

「……呼び捨てするの? あの方を」

「あ。いや、この場にいないから良いかな、と思ってさ」

「ユーゴって、フルクス様に限って態度が悪くなるのよね。あの方がいくら気安いといっても、それは直した方がいいわ」

「わかった……気を付ける。でも何だろう、この気持ち……」


 ユーゴは、やり場のない怒りをどこにぶつければいいか困った。

 そして、奴に必ず制裁を加えることを決意することで溜飲を下げた。


「ま、まあ、フルクス様には格闘術の手解きは受けてるから、心配ないぞ」

「ええ。だけど……」


 言葉を濁したフィーナに、彼は先を促す様に頷く。

 すると、彼女が手を開いたり握りしめたりしながら言った。


「最近、上手く扱えないようになってきて、よく分からなくなってきたので」


 あいつの教え方が悪いんじゃないか、と悪態の一つでも吐きたくなったが、ユーゴは耐えた。


「そうか。だったら、まず俺を殴って見ようか」

「お願いします」


 フィーナが腰を落とした。

 彼女の蹴り足が土を飛ばすと、全身で突っ込むように殴りかかってきた。


「――――っ」

「うん、わかった」


 ユーゴは拳を片手で受け止め、両足で衝撃だけを抜いて見せた。

 彼女の手を優しく離すと、原因を語った。


「力が入り過ぎてる。魔族としては仕方がないんだけど、どうしても膂力だけで戦おうとするんだ。普通ならそれで充分だけど、フルクスの格闘技は人間を基準に練られてるからな。それでも完全変貌しないで戦うなら便利だから、身体の使い方からやった方がいいだろ」


 ふむふむ、と彼は頷いた。

 フルクスの格闘術をベースにして身体を作り、火力は武器で補うことにする。


 そうすれば、大抵の敵とは渡り合える強さは手に入れられるだろう。

 後は、元勇者で元魔王で現騎士の男を殺せる強さとなる。


「何とかならなくも、ないか」


 強さだけならば、と心の中で付け足すユーゴであった。

 これでフィーナが完全変貌を使いこなそうものなら苦戦は免れないだろう。


 しかし、それも無理な話である。

 彼が腕組みをして訓練の計画を立てていると、彼女が近づいてきて小さく手を挙げた。


「あの」

「何かあったか」

「……がっかりした?」

「いや、変貌しなくても勝てないことは無い」

「本当? ……でも、完全変貌出来た方がいいものね」

「無理に完全変貌出来なくたっていいだろ」


 ユーゴが当たり前のようにそう言うと、フィーナは悲しそうに笑って首を振った。


「駄目よ。私は、魔族なんだから。完全変貌が出来ないと、認められないもの」

「認められない、って?」

「ママや母様は大丈夫と言ってくれるけど、こんなんじゃ魔族の娘とは言えないわ」


 フィーナが軽鎧の留め具に手をかけた。

 胸甲を投げ捨て、上着も脱ぎ捨てる。


「お、おい」


 彼の言葉も無視して、彼女は真っ白い背中を見せた。

 フィーナの《魔玉》から、淡い光が漏れた。


 彼女の肩甲骨の辺りで、骨が隆起する。

 そこから生れ出たのは、途中で折れたような竜の翼だった。

 それもかなり短めで、誰かに切り落とされでもしたかと思うほどだった。


 お世辞にも、立派だとは言えない姿だ。

 半変貌にすら届かない未熟な変化である。

 フィーナが言う。


「私は、竜になりたかった。二人の母が、誇ってくれるような光竜になりたかったの」

「――――すまん」


 ユーゴは、言い知れぬ罪悪感に苛まれた。

 今すぐに自分が父親であることを告白し、命を捧げても構わないと思うほどだった。

 だが、それではシアンとティルアの安否が分からない。

 歯噛みで唇の端を噛み切るほど力の入ったユーゴに、フィーナが微笑む。


「私より悔しそうね、ユーゴ」

「そう見えるか?」


 これは殺したくなるほど恨まれても仕方ないな、とユーゴは思った。

 自責の念で押しつぶされそうだが、それでも、まだやるべきことがあった。

 ユーゴが両手を握りしめて立っていると、その手をフィーナに優しく包まれた。


「私のために怒ってくれてありがとう。でも、私はいつものユーゴが良いわ」

「…………ああ」


 そう彼女に礼を言って貰える資格があるのだろうか、と彼は自問した。

 フィーナが、ユーゴの顔を覗き込んで言う。


「血、出てるわよ」

「悪い、もう大丈夫だ」


 彼は自分の口を袖で拭い、投げ散らかされていたフィーナの服を拾い上げた。

 彼女に手渡して、横を向く。


「今日の訓練は、ここまでにしよう」

「ええ」


 上着を被りながら頷いたフィーナを送っていくために、帰り支度を始めるユーゴであった。

 

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