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騎士になりました  作者: 比呂
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初恋の人

短編として思いつきで書いておいた奴を引っ張り出してきました。

なので更新とか、いつになるかわかりません。

申し訳ありません。

 草原の風が吹き、身体を洗うように通り過ぎていった。


 ぼろ布のような旅装を身に纏い、何日も風呂に入っていない男は、ようやく故郷へ帰ってきたことを実感していた。

 男はとりあえず、近場の村で旅の汚れを落とそうと考えた。


 このまま家に帰っては、怒られるだけで済みそうにないからだ。

 黒ずんで破れかけた革靴で草原を進んでいると、小さな集落があった。


 宿があれば文句は無いが、その集落は小さく、馬小屋でも貸してもらえれば運が良いと考えるに仕方ない程度だった。


 男は集落に入り、話を聞いてくれそうな人間を探した。

 しかし、あまり人を見かけなかった。


 男が首を傾げながら集落の中を歩いていると、家に囲まれた広場に出た。その広場はどうやら集会に使われているらしく、村人らしき人間が集まっていた。


 その村人たちの中心には、軽鎧を装備した数人がいた。

 付近の領主が出している警備隊と違い、装備の質が高かった。


 他に考えられるのは、王国直轄の警備隊だが、彼らはそこまで精鋭にも見えなかった。

 男が突っ立っていると、軽鎧の数人がこちらに近づいてきた。


「おい、そこの汚いの。お前はここの住人か」

「ん? ああ、俺か。いや、住人じゃない。旅をしててな、風呂でも借りようと思ってこの村に寄らせてもらったんだが」

「ふん、随分と無粋な口の利き方だな。僕たちを誰だと思ってる」


 偉そうな軽鎧の男は、これ見よがしに肩章を見せ付けてきた。

 それは貴族の子弟であることを示したもので、男にとっても見覚えがあるものだった。


「おお、ヒルト家の子供か。なるほど」


 ヒルト家は国境警備隊の長を代々務める名門であった。

 そしてヒルト家の通例として、同じような貴族の子弟を集めて、国境警備の実習をさせるのである。

 男は大きく頷いてから言った。


「そうか、うん。頑張れよ」

「うるさい! 汚らしい下民が、この僕を小馬鹿にしやがって! 見下しやがって!」

「ユステン、やめろ」


 仲間の制止を振り払ったヒルト家の子供――――ユステンは、腰の剣を抜いた。

 男は力なく首を横に振って嘆いた。


「ああ、俺は何でこうも貴族と相性が悪いんだろうな……」

「殺してやるっ!」


 ユステンは両刃の細剣を振り上げた。

 男は何もせず、ただ立っているだけだった。

 そして殺意の篭った細剣が振り下ろされる直前に、凛とした少女の声が響いた。


「何をやってるの、そこ!」


 現れたのは、金髪の少女だった。

 吊り上った瞳に、透き通るような白い肌をしている。少しのあどけなさと、この年頃特有の冷たさを感じさせる顔は、とても可愛らしいものだった。


 彼女は地の厚い外套を羽織り、乗馬用の皮ズボンを穿いている。

 男には、彼女が誰だか一目でわかった。

 少女は男の目の前を通り過ぎ、ユステンの前に立った。


「ユステン。あなた、こんなところで油を売っている暇があるの? この村が盗賊に襲われるかもしれないのよ」

「いや、この男が怪しかったから、取調べをしてたんだよ、なあ」


 ユステンの周囲にいた者達は、それぞれに頷き合った。

 しかし、少女は一喝した。


「剣を振り上げる取調べが、何処にあるのよこのバカ! 貴方たちは見回りにでも行ってきなさい!」

「わ、わかったよ。だから父さんには言わないでくれよ、フィーナ」

「いいから行け! ほんとに言うわよ!」


 フィーナに脅されたユステンたちは、蜘蛛の子を散らすように駆け出していった。

 その場に残ったのは、男とフィーナの二人だけになった。

 彼女は男を見た。


「本当に汚い格好ね、おじさん」

「…………おじさん」


 男は汚いと言われたことより、おじさんと言われた事の方が苦痛だった。

 そんなことにも気付かず、フィーナは言う。


「さっきのことは悪かったわ。ごめんなさい。ユステンも本気で殺そうと思っていたわけじゃないのよ。人を殺せる度胸も技量も無いもの」


 男は肩をすくめた。


「君らはまず、剣を持つ、という意味を考えることから勉強しなおした方がいいな」

「……私も?」


 フィーナは虚を突かれたような顔をしていた。


「そうだ。度胸と覚悟があれば、人を殺していいわけじゃない。君らは何のために剣を手に取った? その剣で誰を殺し、誰を生かす気なんだ? そして、誰のために死ぬつもりだ」


 男の言葉に、彼女は手のひらを出した。


「待って。謝るわ。だからその、ママみたいな説教は止めて」


 すると男は、即座に納得したように言葉を止めた。


「そうか。だったらいい。俺の出る幕じゃなさそうだ」

「?」


 あまりの物分りの良さに首を傾げるフィーナだった。


 そして、男は空を見上げた。

 静かに耳を澄ませ、それからフィーナを見る。


「ところで、ここら辺は盗賊が出るのか?」

「……ええ、そうよ。この村から一つ山を越えた集落が襲われたわ。そこには国境警備隊が向かってるから、私たちは周辺の聞き込みと探索を申し付けられたの。まあ、襲われる心配が無いからこそ、この村に来させられたわけだけど」


「なるほど。状況は理解した。盗賊の本当の狙いは、君たちだ」

「へ?」


 何言ってるの、と言おうとしたフィーナは、彼女の名を叫ぶユステンの声を聞いた。

 何頭もの馬が、一斉に集落の広場へ流れ込んできた。


 馬上からユステンが放り投げられ、フィーナの足元へ転がされる。ユステンは泣き腫らした顔で、震えながら身体を丸めた。

 馬に乗った軽武装の男が十四騎ほどで、フィーナたちを取り囲んだ。


 彼女は馬に乗った一人の男を睨みつける。膝が震えていた。

 フィーナ一人でどうにかなる状況ではなかった。

 普通に考えれば、盗賊たちに弄ばれ、奴隷として売られるくらしか思いつかない。

 だが、彼女は口を開いた。


「貴方たちが盗賊かしら?」

「おお、おっかねぇ嬢ちゃんだ。震えながら当たり前のこといってやがる」


 下卑た笑い声が響く。

 ひとしきり嗤い嘲った後で、盗賊が言った。


「俺らの仲間が捕らえられててなぁ、こっちはえらい迷惑しててよぅ。ちいとばっかし意趣返し、って奴だ。てめぇのガキを持って行かれりゃ、俺らの気持ちもわかってくれんだろ。……まあついでに、身代金も頂くがな」

「どうせ生かして返す気もないくせに」

「ははは、よくわかってんじゃねぇか。お前は女でよかったな。俺ら全員の相手が済むまでは生きてられるぜ」


 フィーナは虚勢を張るように言った。


「その前に、私のママがお前たちを焼き滅ぼすわよ」

「ああん? 焼き滅ぼすだと?」

「私の名前は、フィーナ・アイブリンガー。覚えておきなさい」


 彼女は剣を抜いた。

 そして、薄汚れた男を護るようにして立った。

 振り向かずに言う。


「貴方はユステンを連れて逃げて。私が切りかかっていくから、その隙を狙ってよね」


 彼女の背中は震えていた。

 それでもなお、弱いものを護ろうとした。

 恐怖より勇気が勝ったのだ。

 薄汚れた男はここで、最高の笑顔を見せた。


「うん。捨て台詞に母親を使ったこと以外は合格。後は俺に任せておけ」


 男はフィーナの頭に、優しく自分の手を置いた。

 輝く金髪を愛おしそうに撫でる。


「な、何よ……そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」


 彼女は顔を赤らめる。そして、男の手を振り払うこともなかった。彼女自身、戸惑っているようだった。

 男は更に微笑む。


「大丈夫だ、心配するな。何に代えても俺が護ってやる。愛してるよ」

「え、あ、愛って――――」


 フィーナは狼狽した。

 瞬間、男の姿が消えた。


 そして、馬に乗っていた盗賊が、数人を巻き込んで吹き飛んだ。

 砂煙の中に、男は立っていた。盗賊に向かって言う。


「ん? 逃げないのか」

「う、うるせぇこの浮浪者が!」


 盗賊の頭目らしき大男が、馬を走らせて突撃してきた。馬の勢いで撥ね殺すつもりだった。

 しかし、男は難なく片手でそれを受け止める。


「馬が可哀相だな」


 男はもう片方の手で馬上から頭目を引きずり落とした。


「うあ、何しやが、おげぇ……」


 頭目は泡を吹いて倒れた。

 男は頭目の顎下を軽く叩いただけだった。

 そして次に、残りの盗賊へ向き直る。


「さて、次は誰だ?」


 そう言うと、残りの盗賊たちは、我先にと集落の広場から逃げ出していった。

 男は誰にも聞こえないような声で呟いた。


「まだ俺を相手にした方がよかったんだがなぁ。待ち伏せの国境警備隊に殺されずに済んだかもしれないのに…………ん?」


 そこで男は、ぼろ布のような旅装を引っ張られる感覚に気付いた。

 旅装の端っこを、フィーナが小さく摘んでいた。

 彼女は顔を上げた。

 その顔は、真っ赤に染まっていた。


「ね、ねぇ、その、あ、愛してるって、本当?」

「ああ、間違いない」


 男は頷いた。

 フィーナは更に顔を赤くさせ、むむむむむ、と唸っていた。


「どうかしたのか」

「え! いや、えと、だから、そう言ってもらえて嬉しかったって言うか、それで」

「うん」


 男は相槌を打ちながら、彼女の答えを待った。

 フィーナは息を吸い込んで、吐き出して、震えるような声で言った。


「わ、私も、あなたのことが好き、です」

「そうか、ありがとう」

「だから、ママに紹介、したいと、思うの、ですけど……」

「ん?」


 そこで男は異変に気付いた。

 どうやら彼女は、男が言った『愛している』を恋愛感情と受け取っているらしかった。


 しかし、それは後で誤解を解けば良いだけの話だ。

 それより気になったことがあった。


「ママに紹介って、父親はどうなんだ?」


 今まで赤かった顔が、急に真顔になった。冷気さえ漂う雰囲気を醸しながら言う。


「あんなロクデナシのクズに言うこと何て無いわ。会ったら私が殺してやる」

「え」


 男は人生で最大の衝撃を受けていた。

 膝から崩れ落ちそうになる。


 そのとき、空から急降下する金色の物体があった。

 衝撃波が集落の広場に撒き散らされる。


「え、ママ――――」


 フィーナの声はかき消された。

 男は茫然自失のまま、巨大な竜に抱きかかえられて空中に連れ去られた。

 急降下と同じような、物凄い速度で上昇し続ける。

 空気が冷たくなり、地表が見渡せるだけの高度に達すると、ようやく竜が喋った。


「久方ぶりだな、ユーゴ。愛しているむちゅぅ」

「あ、ああ、久しぶりティルア……って、喰うな。旦那を喰うな」

「ちなみにさっきの『むちゅぅ』は、キスの擬音と夢中を掛け合わせてだな――――」

「いいからよだれ、よだれが垂れてるって。よだれで窒息させる気か……」

「ふむ。少しくらいよだれを垂らしてもよいではないか。どれだけ私がユーゴに会いたかったと思っている。家に帰ったらこれくらいでは済まさぬぞ。どろっどろのえろえろだぞ」

「うん、わかったから落ち着け」

「ん? 頷いたな? 約束だぞ。待った無しだぞ。嘘ついたら閃光咆を飲ますぞ。容赦ないぞ」

「それは本当に容赦がないな! ……もういいよそれで。ところで聞きたいことがあるんだけど」

「ふむ、何でも聞いてくれて構わないが、どうせユーゴは気付いているのだろう?」

「まあな、どんなに高度を取ってても、お前の姿は間違えない」


 薄汚れた男――――ユーゴ・ウッドゲイトは、フィーナに説教した後で空を見上げたことを思い出していた。

 太陽の光に隠れていたものの、ティルアがいるのは気配でわかっていた。


 そして、彼女が上空からフィーナたちを見張っていながら盗賊が襲ってきたのは、そうさせる必要があったからだ。

 つまり今回のことは、匪賊討伐の実践演習だったのだ。

 ユーゴが推測するに、逃げた盗賊たちも、今頃は捕縛されているに違いなかった。


「よし、さっきのはそれで良いとしよう。で、だ。どうして俺の娘は『俺』を憎んでいるんだ?」

「うむ」


 ティルアは鷹揚に頷いた。


「ユーゴがいない間に、私と姉上でそういう風に教育した」


「何てことしてくれてんだお前らっ! ていうかシアンも何で協力してんだよ!」

「いや、これは姉上の家系に伝わる伝統の育児法だぞ。私も最初はどうかと思ったのだが、面白そうだから別にいいか、と思ってな」

「思うなよ!」

「そうだな。今となっては後悔しているぞ。まさかあそこまで憎むとは思ってなかったからな。恐らく、フィーナの前で父親を名乗った瞬間に斬りかかってくるぞ」

「……もう『会ったら殺す』とか言われてるよ」

「だが、まだ気付かれてはいないのだろう? それに告白までされていたではないか」


 にんまり、と光竜が笑った。

 ユーゴは頭を抱えた。


「……それで俺にどうしろって言うんだよ」

「別に。受け入れれば良いではないか」

「親子だぞ!」

「ふむ。だが、私たちは魔族だ。人間と同じ方法論を持ち込まれても困る」

「……えぇ、自由すぎるだろ魔族……てか、ティルアは良いのかよ」

「そうだな。強力なライバル出現、といったところか。しかし、親子丼も捨てがたいものが――――」

「それは食べ物だよな。東の国の食べ物だろ? そういうことにしておこうぜ」

「確かにある意味では食べ物だな」

「いいからもう喋るな。もう家に帰らせてくれ。ここから先はシアンに相談することにした」

「了解したぞ」


 ティルアは小さく笑い、ユーゴを抱えたまま王城へ向かって羽ばたき始めたのだった。



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