4曲目 雷神
二人は落ちて行った。が、不思議なことに地面すれすれで浮かんでいるのだ。奏の周囲を何者かが守っているかのように。
しかし、そんな状況の中、鈴音は奏を呼び続ける。
「奏っ! 返事をしてっ! 奏っ!」
呼び掛けを続けるも、奏からは返事がない。額に一本の剣が今も突き刺さっている。
「もう諦めろ。そいつは死んでいる」
鈴音は声を掛けられた方を見ると、そこには朱音がいた。もう追い付いていたのだ。
「何でこんなことするのっ! 奏は何も悪い事なんて――」
「ああ。確かに悪いことはしていない。だが、私の願いを叶えるために必要だった。だから、殺した」
朱音は無慈悲にそう告げた。
鈴音は歯を嚙み締める。許せなかったのだ。自分の願いのためだけに奏を殺した朱音が許せなかったのだ。
奏の額に突き刺さっていた剣は、朱音の元に戻っていき、鎌へと変化した。
「さぁて、次はお前だ」
朱音は鎌を鈴音に向けそう言った。
鈴音は奏を見る。
額から血を流し眠っている。
鈴音は抵抗を止め、静かに前に出る。
「いさぎ良く出てくるとは、諦めたか」
朱音は鎌を構える。
「(奏……わたし、こういうことしかできないよ……ごめんね)」
鎌が振り下ろされた。
「……あれ、痛くない」
しかし、鈴音は無事だった。傷一つ、血の一滴も垂らしていなかったのだ。
「貴様、何故生きているっ!?」
朱音が驚きながらそう答えている。
鈴音の目の前には、白いマントに黄色いアーマーを身に着けた少女がいた。
「私はまだ生きてますよっ!」
奏は渾身の力で鎌を必死に抑えていた。
「ありえない……。あの時、確かに私の剣が、お前の頭を貫いたはず」
「よく見てくださいっ!」
奏にそう言われ、朱音は額に注目する。そこには、銀の保護アーマーが存在していたのだった。
「分かりましたか? すべてはこういうことです!」
奏は鎌ごと朱音を払いのける。
朱音は、数メートル弾き飛ばされる。
「奏っ!」
「やあ、鈴音。怪我は無かった――」
「生きてるんだったら、すぐ起きてよ!」
鈴音は奏を叩きながらそう言った。
「痛い、痛い! そんなに殴らないでよ」
「わたし、ほんとにあの時……」
奏は鈴音の頭を撫でる。鈴音はホッとしたのか、叩くのをやめた。
「茶番はそこまでだ」
朱音は立ち上がり、二人にそう言った。
奏は鈴音を守る様にマントをなびかせ、朱音に聞く。
「朱音さん! どうして私達を殺そうとするんですか?」
「今はそんなこと知らなくていい。貴様達にはどうでもいいことだからな」
朱音は「ふふっ」と鼻を鳴らすと、笑顔である提案をしてきた。
「それはそうと、賭けをしないか?」
「賭け?」
「ああそうだ、賭けだ」
奏は少し難しそうな顔をした。
それを見た朱音は落ち着かせるように言い聞かせてくる。
「なぁに、簡単な賭けだ。今からその人間と――」
朱音は持っている鎌を杖のように使い、鈴音を指す。
「この中に入っている哀れな人間、どちらをいけにえにするかの賭けだ」
そして、今度は、新東京タワーを指す。
それを聞くと、奏も、鈴音も、当然のごとく青ざめた。
「何馬鹿なこと言っているんですかっ! そんな賭け――」
「できないというのなら、やらなくてもいい。その場合、どちらも殺す」
「朱音さん……っ!」
奏の拳に力が入る。
朱音は鎌をタワーに向けると、タワーを囲むほどの大きさにし賭けの準備を整える。
二人の様子を見て鈴音は思わず声を出す。
「奏っ! もういいよっ! 大勢の人が亡くなるんだったら、私が――」
「鈴音は黙っててっ!」
「奏……」
奏に怒鳴られ、シュンとしてしまう鈴音。
「さあ、早く決めてもらおうか。私もそこまで気長には待てないのでな」
朱音は刃をタワーの鉄柱部分に押しつける。
(どうすれば……)
奏の頬に一滴の汗が流れる。鈴音を守るか、大勢の命を守るか。人生最大級の決断とプレッシャーが奏を襲う。何か秘策はないものか。
「もうこれ以上待てないのだが……。切っていいか?」
「選びましたっ!」
奏が大きく決断すると、周りに、ほのかに小さな稲妻が走る。
朱音は奏の選択が楽しみで仕方がなかった。どちらにしろ人間を狩れるのだから。
「答えは何だ?」
鈴音が見守る中、奏は答える。
「どちらも、守ります!」
奏の答えに、朱音は呆れたのか、タワーを切断しにかかる。
「そうか。なら、守ってみ――」
朱音が鎌を引こうとした、その時。轟音を立てながら、一つのとてもとても重そうなハンマーが、朱音目掛けて突っ込んできたのだ。
「よしっ! 大成功っ!」
奏は渾身のガッツポーズを決めると、鈴音に向かってVサインも決める。
「何だ、このハンマーは? 重すぎて、立ち上がれないっ!」
朱音はハンマーの下敷きになりながら必死にもがく。しかし、ハンマーは微動だにしない。しかも、もがけばもがくほど重くなり、電気も体内に通される。
「貴様、まさか……」
「はい! 私の名前は、 広瀬奏です! 好きなことは、歌う事と聞くことっ! あと、楽しいことも大好きな、ただの高校生ですっ! 」
紹介を終えると、今度は朱音に向かってVサインを決める奏。
「くっ。どうでもいいが、いろいろ呪われた親子だ」
朱音は悪態をつきながらそう吐いた。
「この賭けは、朱音さんの負けです!」
「そうか? 冗談はタワーを見てから言うんだな」
朱音にそう言われ、奏は後ろを向き、タワーを見る。
すると、タワーは絶賛崩落中だった。斜めに切られた鉄柱がそれを現している。
そう。朱音はあの時すでに切っていたのだ。ハンマーが来るよりも早く。
「これで大勢の人間が死ぬ! そうすれば私の願いに近づく!」
朱音はそう言うとイカレタ高笑いをした。
「そんなこと、させるもんかあぁぁぁっ!」
奏は全速力で地面に落ちて行くタワーに走り出す。稲妻のように一気に加速し、倒れてくるタワーの下まで来ると、そのままタワーを掴み、落とさせてなるものかと必死に抑える。
「そんなことしても、もう無駄だ。体力を消耗している貴様では、止められまい!」
「例えそうだとしても……っ! 私には、勇気と、根性と、少しのファイトがありますからぁっ!」
奏は渾身の力を振り絞り、タワーを直立させる。
「こいっ!」
朱音を抑えつけていたハンマーは、奏に呼ばれると、朱音をどこか遠くへ投げ飛ばし、奏での元に向かう。どんどん小さくなりながら、やっと使いやすい大きさへと変化し、奏の右手にに着地する。
奏はハンマーを右手に持つと、切断個所を稲妻の釘で打っていく。稲妻の釘は、金属と金属を接合させ、切断される前の鉄柱以上に丈夫にさせる。
「これで、おしまい」
最後の個所を打ち終わると、タワーはいつもの新東京タワーになっていた。
「奏っ!」
奏は地上に着地すると、名前を呼びながら駆け寄って来る鈴音の方を見る。
「鈴音、その――」
「ばかっ!」
鈴音はそう言うと、奏に思いっきり抱き着く。
「鈴音……」
奏はすでに泣いている鈴音を呼ぶが、鈴音から返事はなかった。
「……今日はすごく心配させちゃったね。それは、ごめん。けど、私も鈴音を守りたいんだ。鈴音だけじゃなくて、皆を。だから、許してくれる?」
奏が鈴音にそう聞くと、鈴音は静かにうなずいた。
「ありがと、鈴音。じゃあ、帰ろうか?」
奏はそう言うと、抱き着いている鈴音をお姫様だっこする。急にされたものだから、鈴音はすごく動揺した。
「えっ、ちょっ、かな――」
「よし、行くぞ!」
動揺する鈴音を尻目に、奏は勢いよく空目掛けて飛び立った。
「こればっかりは許せなひぃぃぃっ!」
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