序曲 破界者
日本の都市・新東京のとある交差点。
いつも通り大量の、歌う事を忘れ、何の変哲もない普通の人々が行き交っている。空には雲一つなく、くっきりと明るく光る月だけが夜空を作っている。
人々が歩き、しばらくすると信号は赤に。車が走り終わると、信号は青に。それを永遠にループする世界。人類が繁栄して約二一〇〇年、未だに世の中は変わらない。ただ、変わったのは――
「ぐっ……があぁぁぁ!」
歌う事により人間が新たな生物に進化したと言う事だ。
交差点の真ん中で一人の男性が人間とは遥かにかけ離れた生物になってしまっている。その名は破界者。破界者は、人間が歌を歌う事で突然変異してしまった姿だ。破界者になってしまったら、もう人間には戻れない。一生、理性を失ったまま、この世をさまよう事になる。
男性の友人と思われる男達も、一緒に歌っていたのだろうか、もがき苦しんだあげく、破界者になってしまっている。
この時、交差点は完全に絶望、あるいは悲劇に変わった。人々は我こそはと先に逃げようとしている。車は完全に混乱に飲み込まれ、事故を起こしている。その車を軽々と破界者たちは持ち上げ、そして人々の逃げ場を失くす。確実にし止めようとしている。
投げられた車の下敷きになり、燃え死んだ人間があちらこちらに現れ始めている。破界者たちは少しずつ逃げ遅れた人々に近付いてくる。
「くっ……このまま死んでたまるか」
逃げ遅れたとある男性が小声でそう言うと、近くにいた若い女性の腕を掴み、破界者に向かって投げた。女性はアスファルトに体を打ちつけ、ひるみながらも立て直そうとする。
「何をするんですか!?」
「こうするしかないんだ! お前は俺の囮だ!」
男性は女性に向かって言い放つと破界者よりも遠い所に避難した。
女性はすぐに立とうとするが、投げられた時に足を痛めてしまい思うように立てない。
「やめて……来ないで……」
女性が破界者に向かって命乞いをするも、破界者たちは意味を理解せず女性に近付き、凶器と化した腕を振り下ろした。
「来ないでえぇぇぇ!」
女性が悲鳴を上げたその時だった。歌が聞こえた。
破界者たちはそれに反応し、後ろを振り返る。するとそこには、一八歳くらいの少女がいるではないか。少女は歌を歌い終わると破界者達に向かって告げた。
「破界者ども……。今一度、貴様たちを変化させてやる、霊にな!」
少女はそう言うと、夜空に手をかざし、歌い始めた。破界者も、女性も、男性も、逃げ遅れた人達もが少女を見た。すると少女がまばゆい光に包まれた。破界者達は、光に気を取られたが、口や目から光線を出し攻撃を始める。
しかしそこに少女はいなかった。
どこにもいなかったのだ。破界者達は理性を失ってはいるものの動揺を隠せず、すぐに周辺を探索しだす。
とある一体はビルが連なる中央通りを。とある一体は薄暗い裏路地を。とある一体は車を投げ飛ばし探す。しかし、少女はいない。逃げ遅れた人々はあの時にもう命を殺られたと思った。だが、そんな思い込みはあっけないぐらい簡単に覆された。
歌だ。少女の歌声がまた聞こえた。絶望に満ちた壮絶な歌が。
破界者達は反応し、歌の聞こえる方を向く。歌の聞こえる方は空中。夜空に浮かぶ月の前に少女はいた。ゴスロリ風の濃緑色のアーマーを身につけ、ヘッドホンをしており、先程の少女とは思えない。背には剣のような物を付けている。言ってしまえば死神だった。
破界者達は一斉に光線を発射し、戦闘に入る。
少女は、背負っていた剣をとっさに持ち、防御態勢に入った。
剣の部分が突然巨大化したと思ったら、映画のスクリーンにでもなったかのように宇宙が映し出された。破界者達が出した光線は映し出された宇宙の中に綺麗に吸い込まれ、そのまま消えていった。
「Insulation in a galaxy ……よく覚えておけ破壊者ども」
少女はそう言うと地上に降り立った。その姿はまるで、神だ。
破界者達はそれを見るや否やブレード化した腕を武器に少女に襲いかかる。
「歌を続けるぞ……」
少女は歌を続けながら戦いに入った。剣を手にまず実行したのは破界者達の足元の崩落だ。剣を鎌に変化させ、破界者達を囲むように地面を切り裂く。すると、重量に耐えきれなくなった地面は弱々しく簡単に崩れ落ちた。
破界者達は地面の底へ落ち、体勢を崩す。少女は、破界者達の中心に降り立つ。
持っていた鎌を天にかざすと剣の部分を足し、さらにどちらも巨大化させ、そして――
「死ねえぇぇぇ!」
その場で旋回し周りにいた破界者達を腹から斬り落とした。
その攻撃をかわした一体の破界者が少女に飛び掛かり、凶器と化した腕を思いっきり振り落とした。しかし、それは無駄だった。少女はすぐに気づき、武器を剣へと変え、一瞬のうちに破界者を斬り刻んだ。原型を残さずに。
「ペルセウスの化身の私に奇襲をしようとは一千年すら早い」
少女は破界者の残骸を見ながらそう言葉を投げ捨てた。
剣に付いた破界者の血を払い立ち去ろうとすると、上で今までの戦闘を見ていたのだろうか男性に声を掛けられた。
「なあ、あんた久遠朱音だろ?」
「違う。私はペルセウスの化身だ。そのような名前では無い」
少女は否定した。が、男性はしつこく聞いてくる。
「とぼけても意味無いぜ。俺達はあんたのニュース見てんだから。あんたは確か……」
「人違いだ。そこまでにしろ人間」
男性は聞いてくるたび声を大きくするため、周りにいた人々もどんどん間話をしだし、駄弁り始める。
剣を持っている手に力が入ってくる。眉間にしわが寄り始め、少女は怒り始めてきている。
「そうだ。あんたは確か初めて破界者になった人間じゃなかったけな」
男性が少女にそう言った瞬間の出来事だった。男性は言葉が詰まり、一瞬何が起きたか分からなかったが、どんどん自分の視点が落ちていく所で気づいた。体をばらばらにされた事に。
男性の首が地面に血の黒い音と共に落下する。
その光景を見ていた人々はいっせいに悲鳴を上げ、少女から離れるため逃げ始める。
「もう一回言う。私はペルセウスの化身。決して人間ではない。そして、神でも、ない。ただの、死神だ」
少女はそう言うと、人々の行く先に立ち、阻み、そして剣を鎌に変え、切り刻み始める。
男であろうが、女であろうが、子供であろうが関係ない。無差別に切り殺す。切る度に体から血が勢いよく飛び出て少女の体や顔に付着する。先程助けた女性も切られ、今はもう両腕が切断されてしまっている。子供は体が柔らかいので、刃の先の方でプツンと簡単に切れる。痛みに泣く隙もあたえず切り殺す。
切り終えると少女は鎌を剣に戻し、女性の遺体を見ながらこう言った。
「まだ全人類の半分も殺してない。これでは私の願いは叶えられない。もっと殺さなければ……」
そう言うと、少女は勢いよく跳び上がり、月が昇る方へ飛び去るのであった。
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今後は感想・評価をもとにこの後の進行を決めたいと思っています。