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“S”の時間  作者: 近藤 了
第一章
4/4

「誕生」4

      4


 深夜。

 しゅんぺいは、ゆっくりとベッドから起き上った。時刻は、既に日付をまたいで三十分ほどが経過していた。

 物音を立てないように、パソコンを起動する。暗かった部屋の中に、青い四角形の光が眩しい。さすがに目に悪いだろうと思い、机に備え付けてある照明も入れる。……大して軽減できるとも思えないが。

 パソコンと同時に、床に置かれている家庭用ゲーム機も起動させる。電源が入った証である、緑色のランプが点る。

 ゲーム機の中には、既にカセットが入っている。タイトル名は、「ユグドラシル・フロンティア」だ。

 しゅんぺいは、小躍りしてしまいそうだった。それほど、今の彼は機嫌がよかったのだ。

 やった。やった。ついに、ついにこの時が来たんだ。ずっと、ずっと、俺はこの時を待っていたんだ。

 小さく鼻歌を鳴らしながら、しゅんぺいは机の引き出しを開けた。何もないが、これは囮で、実は二重底の構造になっているのだ。目覚めたばかりの頃、何かの役に立つと思って細工しておいたのだ。そして、その予想は見事に的中することとなったのだが。

 この仕掛け・・・は、俊平本人も知らない、しゅんぺいだけの秘密だ。

 二重底を開けると、そこにあったのは、小さなプラスチック製のメモリーカードのケースだった。今まで使ってきた物と、予備の物と、合わせて六つ分がある。

 さて、どれを使った物だろうか?

 しゅんぺいは、しばし考える。一体、どれを使うのが望ましいだろうか。

 十秒ほど思考を巡らせ、しゅんぺいは一つを選び取った。

 やはり、これしかない。今夜は、これ以外にあり得ないだろう。なんといっても今日は、俺の誕生日・・・・・なんだから。だから、最初に作ったこいつで、華々しく最後を飾ってやろう。

 メモリーカードを取り出すと、ゲーム機本体にセットして、ゲームのロードを始める。

 しゅんぺいは、口の端を吊りあげた。


 ――待ち遠しい。


 ついに、この時がやってきたのだから。もう、仮初の電脳世界で釣り合いを取る必要もない。これからは、存分に現実リアルでやってやる。そのための道が、今日開いた。そう、ようやっと、俊平が俺を出す気になったんだ。これを聖日と言わずして、一体いつを言うというのだ?

 パソコンの画面に、「ユグドラシル・フロンティア」のタイトルコールが流れる。

 コントローラーを手に取りながら、しゅんぺいはその感覚を懐かしんだ。

 これから先、もうしゅんぺいがコントローラを握ることはないだろう。オンラインゲームなんかより、よっぽど刺激のありそうなゲームのコントローラーを手にしてしまったからには。

 しゅんぺいは、numaSPというプレイヤー名でログインした。

 適当なグループの仲間に入れてもらい、クエストに出る。

 クエストは、モンスターの討伐クエストで、対象モンスターは、しゅんぺいの技量からすれば中級といったところだろうか。

「助けて下さい」といメッセージから判断して、彼らが苦戦しているのは間違いない。


『【密林の王者】が、なかなかクリアできないんです。熟練者の方は、歓迎です』


 というメッセージが、さらに表示される。

 思わず、吹き出しそうになる。

 こんなモンスターに苦戦しているのか、こいつらは……。

 オンライン・ゲームで、相手と顔を合わせられないというのは、かなりのアドバンテージだとしゅんぺいは思っている。しゅんぺいがいくら相手を罵倒したり、嘲笑ったりしても、相手にはわからないからだ。

 人数が揃い、クエストが開始される。

 さて、いよいよ始まりだ。

 しゅんぺいは、コントローラーを握る力を入れなおした。こんな雑魚相手に失敗するつもりは毛頭なかったが、それでも慢心は敵だ。

 アバターたちがフィールドに降り立つ。熱帯雨林地帯のような広大なジャングルエリアによって構成されている樹海フィールドだった。

 しゅんぺいがいるエリアには、目標のモンスターはいなかった。だが、すぐ隣のエリアにいるプレイヤーから「ここです!」というメッセージが届く。

 マップを確認してみると、他のプレイヤーたちもそのエリアに集まってきているようだった。

 ちょうどいい。

 しゅんぺいは、すぐさまモンスターがいるというエリアに向かった。

 しゅんぺいが駆け付けた時、モンスターはまさに発信していたプレイヤーに襲いかかるところだった。

 虎模様の体色をした猿、といった感じだろうか。カメレオンのように飛び出した眼球と、長い尾が印象的だ。名称は「シシオナガ」といって、体長はモンスターと呼ばれるだけあって、かなり大きい。五、六メートルほどだろうか。

 しゅんぺいは、特に遠距離まで効果のある魔法を選択して、シシオナガを攻撃する。

 白い光線が、シシオナガの弱点部位である尻尾の付け根を直撃する。

 シシオナガが大きく仰け反るアクションをして、プレイヤーを助ける。


『ありがとうございます』


 感謝のメッセージが表示される。

『ドンマイです』とメッセージを送り、一瞬だけマップを展開する。他のプレイヤーは、もう集まったようだった。

 よし、やるか。

 しゅんぺいは、努めて平静に、ある魔法を発動する。

 それは、フィールド全域にまで及んだ。背景が暗くなり、地面から薄い靄が出現する。

 魔法の名称は【ギャンブル・プレイ】という。

 発動中はエリア移動できなくなる代わりに、モンスターを倒した際のレアアイテムのドロップ率アップや、シシオナガのようなボスモンスターに分類されるモンスターを倒した後などはHP全回復にMP全回復と、かなりのメリットが出る。

 モンスターを倒せることが前提であり、発動中に死んでしまえばほぼ高確率で所持アイテムのうちの一つが消滅したり、パーティプレイの場合はプレイヤー全員がエリア移動不可能になる上、実はモンスターもエリア移動しなくなるという、かなりギャンブル性の高い魔法である。

 次に、しゅんぺいは魔法【インビジブル】。

 使用者の姿を、画面上から消してしまう魔法だ。使用中は近接武器を使えないが、モンスターからさえ認識されなくなる最上級の隠蔽魔法である。使用者であるしゅんぺいの画面には、時折アバターの姿がちらついているが、他のプレイヤーの視点からは、完全に消え失せたはずである。

 しゅんぺいは、所持武器からショットガンを選択し、装備する。モンスターに対して大きなダメージを与えることができない代わり、対人戦では無類の脅威を発揮する。

 リロードアクション一つで、弾の装填を終える。

 散弾銃ショットガンと名を打ってはいるが、実際に発砲して発射されるのは散弾ではなく一発の弾丸である。

 一発で即PKできるとはいえ、充分に注意する必要がある。

 手頃なところにいた一人に、狙いを絞る。

 シシオナガとの奮闘に夢中で、ギャンブル・プレイ発動にもさして気にした様子はない。

 照準を合わせて、発砲のコマンドを押す。

 インビジブルで制限されるのは近接戦闘のみであり、こういった非近接武器は問題なく使用できる。

 仮にもファンタジーゲームで、このような現代チックな銃火器はどうかと思うが、PKを行う分にはむしろ利点なので、全く不満はない。

 ターゲットは、一瞬でHPをゼロにし、地面に倒れるモーションを起こす。


『タダシがキルされました』


 メッセージが表示される。

 このキルとは、もちろんPKのことである。

 メッセージは、プレイヤーの攻撃で死亡した場合「キルされました」と表示され、それ以外のダメージで死亡した場合は「死亡しました」と表示される。

 おそらく、残りのプレイヤーは異変に気付いたことだろう。

 だが、もう遅い。

 ギャンブル・プレイのおかげで、プレイヤーはこのエリアから逃げ出すことはできない。

 逃げる手立ては、シシオナガを倒してギャンブル・プレイを解除することだけだ。最強のPKプレイヤーしゅんぺいと同じエリアにいて、それを達成するのは、至極難解だろう。

 次の標的に照準を当てる。

 インビジブルもギャンブル・プレイも、どちらも習得が困難な魔法である。それを差し引いても、こんな単純な手口に引っかかるとは、やはり彼らは三流らしい。

 発砲する。


『パラディンhがキルされました』


 もし、この時、誰かがnumaSPの一言メッセージを見ることができたなら、そこには「これは復讐だ」と表れていることがわかっただろう。


「楽しいショータイムにしよう」


 一人、しゅんぺいは呟いた。

 こうして、今夜も復讐者アベンジャーによる殺戮(PK)は繰り広げられるのだった。

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