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現代短編

森久保君とラブレター泥棒

作者: コーチャー

「ここにいたか、朴念仁」

「いきなりなご挨拶だな。僕は朴念仁ではない、たくましさに欠ける質実剛健なだけだ」


 放課後の読書を邪魔された僕は、不貞腐れた声で阿部に応じた。彼と僕は小学校からの付き合いである。と言っても僕は率先して阿部と関わるような付き合いをしているわけではない。未来の小説家を目指す僕は晴耕雨読を旨とし、享楽的な学生生活を送ることを良しとしなかった。


 結果として、僕は周囲の学生とは一線を画くこととなった。阿部はそれを「クラスに馴染めない可哀想なヤツ」と見たらしく何かと声を掛けてくるようになった。最初こそ、疎ましく思っていたのだが、阿部が基本的に僕の鎖国政策を認めてくれるため、僕と外界を繋ぐ出島として彼を使っている。


「確かにたくましさは感じられないな」


 僕の白雪のような腕を見て阿部が笑う。逆に彼は小麦色に日焼けした強靭な腕をしている。さすがは野球部といったところだろう。若い頃から日焼けをしているとシミの原因や皮膚がんのリスクが上がるというのによくやるものである。


「筋肉バカとは違うんだ。僕はここで稼ぐのだからたくましさなど不要だ」


 僕が頭を指差して言う。


「将来の大作家は言うことが違うな」

「当然だ。僕が作家になった暁にはお前に最初のサイン本を送ってやる」

「それは楽しみだ」


 屈託なく阿部が笑う。彼には陰にこもったところがない。僕のように毒気の多い人間に対しても怒ることは希である。中学生でありながら、この懐の大きさは阿部が馬鹿だからなのか大物だからなのか、今の僕には判断できない。


「で、どうしたんだ? わざわざ僕の読書を止めるくらいの用事なんだろうな」

「ああ、そうだ。お前のような友達が少なくて、口が硬い小説家志望にはもってこいの話があるんだ。なによりもお前向きの頭を使う仕事だ。いいだろう?」

「後半の口が硬い小説家志望、というのは認めよう。しかし、前半の友達が少ない、とは失礼千番なヤツだな。僕にだって友達くらいいる。例えば、お前だろ……あと」


 あとは、名前をど忘れしてしまって言えなかったが、友達が阿部だけということはない。きっとその百倍くらいはいる。多分だけど。


「まぁいいじゃないか。仕事だ仕事。盗難事件の犯人捜しだ。名探偵のようにずばっと解決してくれ」

「ちょっと待て、僕は小説家志望だけど、殺人事件を楽しんだり、人の秘密を暴くような出歯亀根性丸出しの名探偵を目指しているわけじゃない。僕は純粋に文学を書きたいのだ」


 阿部は不思議そうに首をかしげると、

「そんなこと気にするな。どっちもそう変わらんだろ。ほら、行くぞ」

 と、言った。まったくもって強引なヤツである。


 阿部のような芸術を理解しない奴には純文学も推理小説の違いもわからないのだろう。僕は盛大にため息をつきながら阿部のあとに続いた。


 阿部が案内したのは、校舎一階にある玄関であった。一年から三年までの下駄箱が何列にも連なっている。そのなかの二年用の下駄箱の前に二人の女生徒がいた。一人はどこかで見た覚えがある。


本庄ほんじょう秦野はだの待たせて悪かった。名探偵が出不精でな」

「名探偵って森久保じゃない? クラスでもずっと本読んでいるだけだし、役に立つの?」


 いきなり僕の適正に疑問を述べてきたのは本庄と呼ばれた女性徒だった。

 どこかで見たことがあると思っていたのだが、本庄さんは僕のクラスメイトである。陸上部のエースで非常にクラスでも目立つやつだったと思う。いままで話す機会がなかったのでまじまじと見たことはなかったのだが、健康的に日焼けした肌に短く切りそろえたショートカット。締まった足腰がいかにもスポーツ少女という印象を与える。


「いいすぎだよ、本庄さん」


 苛立ちを隠さない本庄さんをたしなめるように彼女の袖を引いたのは秦野と呼ばれた少女だった。秦野さんは小動物を思わせる小さな体躯に見合わない大きな胸を持っていた。これには清貧を尊ぶ僕も二度見してしまった。僕でさえ、こうなのだからほかの男子生徒からすれば実にけしからん存在に違いない。聞けば、秦野は陸上部のマネージャーらしい。こんな子がマネージメントしてくれるなら男子はさぞやる気が出ることだろう。


「そうだぞ、本庄。こいつは口が硬い。お前の言う絶対内緒という条件を満たせるのはコイツしかいない」

「阿部、それってこいつが単に友達がいなくて話す相手がいないだけじゃないの?」


 何度も言うが、僕にだって友達くらいいる。しかし、どうして本庄さんは僕に喰って掛かってくるのか。これまで僕と彼女の接点はクラスメイトという以外にない。クラスで、なにか心証を害するようなことをしただろうか。


「本庄さん、落ち着いて。阿部君がわざわざ連れてきてくれたんだし、相談だけでもしてみようよ」


 必死になだめる秦野さんに折れたのか、本庄さんが不承不承という感じで言った。


「誰にも言うんじゃないわよ。私のラブレターが盗まれたの。秦野と一緒に五限目の休み時間に同じ部活の野口のぐち君の下駄箱に入れたのに、放課後になって野口君が下駄箱を開けたときには入ってなかったのよ」


 野口という男性との顔が思いつかずにいると阿部が「同級生くらい覚えとけよ。美術の合同授業でお前の座席から三つ前の席が野口だ」と渋い顔をした。ようやく僕も野口の顔がわかった。スポーツ刈りでいかにも人畜無害ですといった薄い顔の生徒だ。同級生くらいというが同級生だけでも百五十人はいるのだ。関わりがない人間は必ず出ると思うので僕が覚えてないことは悪いことではないと思う。


「どうして放課後、野口が下駄箱を開けたときに入ってなかった、とわかるんだ?」


 阿部が疑問を述べると、本庄さんはバツの悪そうな顔をした。


「ちゃんと受け取ってもらえるか確認したかったから隠れて覗いていたのよ。ホームルームはうちのクラスが最初に終わったからほかのクラスの人が私より先に下駄箱に来て抜いたということはないわ。でも、野口君は靴箱から靴を取り出してそのまま部活に行っちゃった。普通、靴箱に手紙が入っていたら見るでしょ?」


 そこまで気にするなら手で渡せばいいのに、と思うがそれができないのが乙女心というやつなのだろう。僕はわかったような顔で頷いた。


「ということは、野口にラブレターは届いていない。ラブレターが消えたのは六限から放課後までの間ということか」


阿部が首をかしげる。


「六限目を抜け出して盗み出さないことには難しいな。だけど、その前に下駄箱間違えたという可能性はないのか?」


 これだけ下駄箱が並んでいると、間違えることもありえるのではないか。下駄箱はクラスごとに一から三十までの出席番号が書かれているだけで名前が書かれているわけではないのだ。


「それはないです。私も本庄さんと一緒でした。私は野口君と同じクラスだし、なにより野口君の下駄箱は私の一つ上なのです。ほら、あいうえお順で『のぐち』の次は『はだの』だから」


 秦野さんはきっぱりと言った。これで入れ間違いという可能性も消えた。


「ラブレターを盗んでいいことあるのか?」

「例えば、恋敵がラブレターを下駄箱に入れているのを目撃すれば、相手の邪魔するために盗むなんてこともあると思う」


 僕と阿部が顔を見合わせて首をかしげていると、本庄さんが言った。


「あーもう! ラブレター、ラブレター連呼しないでくれる。こっちが恥ずかしいのよ。秦野、この二人お願いね。私、ちょっと部活行ってくる……」


 いたたまれなくなったのか、本庄さんは足早にグラウンドの方へと駆けていった。被害者がいなくなるとすこし場の空気がゆるくなった。本庄さんはいつもピリピリしているので少し苦手だ。


「秦野さん、野口はモテるのか?」


 率直な質問を阿部が投げかけた。


「野口君はすごくモテるようなタイプじゃありません。でも、部活動でもクラス活動でもコツコツ真面目に取り組むので評価は高いですよ。私たちマネージャーにも優しいです。彼女がいるという話はいまのところ聞いていません」


 おっとりとした口調で秦野さんは微笑んだ。


「誰かさんもクラス活動くらい真面目に取組めばもうちょっと風当たりが良くなるだろうに。なぁ、森久保」


 その誰かさんというのは、僕のことか。これは栄光ある孤立なのだ。決して人の輪に入る方法がわからない、というわけではない。僕は阿部からの皮肉を聞き流しながら考えていた。野口に好意を持つ者は少なからずいる。つまり、本庄さんには恋敵がいる可能性がある。その謎の恋敵であるXがラブレターを盗んだ可能性はないだろうか。


「ちなみにラブレターを下駄箱に入れるときに誰かに見られてない?」

「それもなかったと思います。本庄さんがラブレターを入れている間、ずっと私が周囲を見張っていましたから」

「阿部、ちょっと……」


 僕は阿部を少し離れた場所に手招きで呼び寄せた。秦野さんは僕たちを不思議そうな顔で眺めているが、この距離なら何を言っているか聞こえはしないだろう。


「犯人がわかったのか?」

「いや、さっぱりわからない。帰っちゃダメかな?」

「森久保、お前から少し頭が回る特技をなくすと、ただの卑屈な小説家志望しか残らないんだぞ。よく考えろ」


 僕はとてもひどいことを言われているような気がする。確かに僕は協調性に欠けるだろうが、卑屈と言われるほど落ちぶれた覚えはない。僕は少し目を閉じると状況を整理した。


 まず、ラブレターは間違いなく野口の下駄箱に入れられた、ということは間違いない。本庄さんと秦野さんが確認しているからだ。もし、二人が僕と阿部をからかおうとしてこんなことを計画したとすればありえるだろうが、阿部が僕を助っ人に駆り出すことなんて彼女たちはわからなかったはずだ。ゆえに二人の自作自演ということはないだろう。


 次にラブレターが野口の下駄箱に入れられたのは五限が終わった十四時頃だ。そこから六限が終わる十五時までにラブレターは消えたのである。下駄箱はスチール製できちんと横開きの扉が付いている。強風が吹いてラブレターが飛んでいくということはほぼない。


「秦野さん、ひとつ教えて欲しいのだけど。秦野さんのクラスで六限のあいだに教室から出ていった生徒はいない?」


 僕が尋ねると秦野さんは少し考えてから「私は知りません」と答えた。

 それは僕たちのクラスも同じだ。六限を途中で抜け出したものはいない。


 つまり、ラブレターは六限のあと――放課後に消えたと考えられる。

 だけど、放課後は本庄さんが自ら張り込んでいたのである。ラブレターを抜き出すことができるだろうか。僕は頭を抱えた。どうやっても野口の下駄箱から手紙を抜き出すことはできない。


「阿部。ひとつ考えてみたんだけど……」

「歯切れが悪いな。ズバット言え。お前は遠回りに話しすぎる」

「わかったよ。ただ、あまりいい気分にはならないよ」


 僕と阿部はひそひそ話をやめて、心配そうな顔で佇んでいる秦野さんに言った。


「秦野さん、気分を悪くしないで聞いて欲しいのだけどラブレター泥棒は本庄さんだよ」


 彼女は僕の顔を見つめて「ウソよ」と、言った。


「だけど、一番良い犯人は本庄さんなんだ」


 これで、もう解決したとして読書に戻りたいが阿部がそれを許してくれないだろう。名探偵というのは随分と損な役回りだ。どうこうと理屈をつけても誰かを不快にさせる。それなら真実なんて求めなくてもいいんじゃないか、とさえ思ってしまう。


「被害者と犯人が一緒ってことがあるのか?」


 阿部が僕に尋ねる。被害者と犯人が一緒なんてことはいくらでもある。船にかけた保険金欲しさに自分で船を沈めた男や不治の病の男が復讐のために自分を殺すなんて例はいくらでもある。


「あるよ」


 阿部は目を見開いて驚いた。こいつのように陰気がない人間にはわからないことなのかもしれない。今回の事件で僕が思ったことは、ラブレターを盗んで何か得があるのだろうか、ではなく。誰なら盗めたのか、だった。


「盗める可能性があるのは四人である。一人は、謎の恋敵Xだ。でも、この恋敵の存在は不確実でだ。いるかいないかさえわからない。下駄箱にラブレターを入れた事実を知っているのが本庄さんと秦野さんの二人だけだとすると、どうやって恋敵Xがそれを知ったのか、という問題が出てくる。なにより、放課後は本庄さんが見張っているのだ。とても盗み出せるとは思えない」


 僕が言うと秦野さんは黙って頷いた。


「二人目は、秦野さんだ」

「私じゃない。私じゃそんな時間ないもの」

「そうだね。僕もそう思う。だけど、いまは可能性の話なんだ。秦野さんはラブレターが下駄箱に入っていることも知っている。ホームルームのあと野口よりの早く下駄箱に行ってラブレターを取り出すことも不可能じゃない。しかし、秦野がラブレター泥棒だとすれば本庄の監視が始まるより先に下駄箱にたどり着かねばならない。でも、彼女のクラスのホームルームが終わるのは僕たちのクラスよりもあとだ。盗み出すことはできない」


 可能性を否定すると彼女はほっとした表情をした。


「三人目は、野口であるが、彼はラブレターが下駄箱に入っていることを知らない。知らないものを盗み出すことはできない。さらに彼も秦野と同じで本庄よりもさきに下駄箱には来れないのだ。盗むことなんてできるはずがない」


 僕がここまでの容疑者を否定すると秦野さんは信じられない、というように「本庄が? どうして?」と呟いた。


「となると、残るのは本庄さんしかいない

 本庄が犯人だとすると、最初からラブレターを下駄箱に入れたフリをすることも、放課後に野口よりも早く下駄箱に先回りしてラブレターを抜き出すことも可能だっただろう。なにより彼女が最もはやく下駄箱に来ていたのだから時間は十分にあったはずだ」


 秦野さんは押し黙ったまま下を向いている。


「森久保。疑問なんだがどうして本庄は自分のラブレターを盗むなんてことをしたんだ?」

「乙女心は僕にはわからないけど、ラブレターをいれたけどふられるのが怖くなったとか、よく考えてみたら野口のことはそんなに好きじゃなかったとかイロイロ考えられると思うよ。だけど一番の理由は秦野さんじゃないかな」

「私? どうして? やっぱやめたって言ってくれればすむのに」

「せっかく協力してもらった友達に対して途中で止めました。なんてなかなか言えない。だから本庄さんはラブレターを盗まれたことにしたんだ。盗まれたと騒げば、被害者を誰が疑うことはないからね」

「秦野も俺たちも報われないな」


 一番報われなかったのは誰なのか? それはわからない。人の秘密を暴こうとする野暮は馬に蹴られて死ぬ。だから、今回の事件は当たり前の結末なのかもしれない。だけど、僕は思う。やはり、僕には推理小説は向いていない、と。


「だから、仮初かりそめの名探偵の指名を受けた僕としては本庄さんにはこう報告したい。野口は本庄さんのラブレターが下駄箱に入っていたけど、実は隠れて付き合っている人がいたので無視した。本庄さんが入れたラブレターはまだ下駄箱に残ってましたってね」


 秦野さんは少しだけ顔を曇らせた。だけど、一番の落としどころはここにしかない。しばらくして、彼女はそうかもしれない、と頷くと本庄さんに知らせるためにグラウンドの方へ駆けていった。その後ろ姿を僕と阿部は見送った。そして、阿部はひどく不機嫌な声を出した。


「いまの推理。お前はどれくらい真実だと思ってるんだ?」

「まったく信用してない。言っただろ『一番良い犯人は本庄さんなんだ』だって」


 僕は両手を上げてため息をついた。今回、僕が思ったのはとことん僕は推理小説に向いていない、ただそれだけだ。真実を言い当てる。僕はそれをしなかった。


「物語を作ったな、お前。真実を明らかなにしない名探偵なんて聞いたことがない」

「阿部、僕はどこまでも小説家志望なんだ。名探偵志望じゃない。なによりも僕はバッドエンドよりハッピーエンドの方が好みなんだ」


 今語ったのは推理小説としては正しかった。だけど、真実じゃない。なぜなら、推理小説の犯人は基本的に嘘をつかない。きちんと推理できるようになってない作品はアンフェアと言われる。だけど、現実はどうだろう? 犯人に共犯者がいるなんてザラだし、嘘をつく犯人はもっと多いだろう。


「真犯人は誰だったんだ?」

「決まってるよ。恋敵Xこと秦野さんだ。彼女はラブレターを盗んだんだ」


 本庄さんの不幸の始まりは野口に恋人がいない、と思っていたことだった。もし、彼女が野口に恋人がいると知っていたらこんな告白しようとは思わなかっただろう。だけど、恋敵Xである秦野さんも野口も自分たちが交際していることを明らかにしていなかった。


「どうしてだ? 公表している方が楽じゃないか?」

「そうだよ。でも友人の想い人が自分の恋人だってなかったら、それ私の彼氏なんですけどって言えそうでなかなか言えないよね。絶対、喧嘩になるし。いつから付き合ってたのよ! とか、どうして教えてくれなかったの? って感じでね」


 僕が茶化した声で言うと阿部が笑った。だが、目は笑っていない。なんせこの話は笑えない話だ。


「でも、彼女はいつラブレターを盗んだ?」

「そりぁ。六限のあいだだよ。気分が悪いとか言って教室を出て下駄箱に行けば問題なしだ」

「でも、彼女は六限のあいだにクラスから出て行った人間はいないって言ったじゃないか」


 阿部は間違っている。彼女はいない、とは言っていない。


「僕の『秦野さんのクラスで六限のあいだに教室から出ていった生徒はいない?』という問い掛けに『私は知りません』と言ったのだ。つまり、彼女は六限にクラスにいなかったから「私は知りません」と言った。彼女は本当の意味で僕の質問に答えていない」


 あー、と阿部は頭をかきむしるとややこしい話だと、ふてくされた声を出した。阿部のような一本気な人間にはこういう話は向かない。もし、こいつだったら素直に「そいつは自分と付き合っている」と言うだろう。だけど、そうじゃない人間がいる。


「気になるんだが、野口が秦野の協力してやればもっと簡単な話になったんじゃないのか? 例えば、野口が普通にラブレターを受け取って、本庄を振る。それで話は終わりだったはずだ」

「これは推測だけど、秦野さんと野口が会話するようになったのが本庄さん絡みのことだったとしたらどうかな。野口は本庄さんの友達である秦野さんに本庄さんのことが好きなんだ、と打ち明けた。だけど、秦野さんは野口が好きだった。私じゃダメですか? 本庄さんは野口君のことまったく気にしてないの。私にしてよって言い寄った結果の交際だとしたら?」

「本庄からのラブレターが下駄箱に入ってたら野口はそっちになびくかもと不安になるな」


 だから、秦野さんは自分が愛する野口にも協力を求められなかった。

 結果として、ラブレターが盗まれるという変な事件が起きた。事実を知れば本庄さんと秦野さんの関係は今までと同じでは済まなかったに違いない。秦野さんと野口の交際だって続くかはわからない。でも、僕の作った物語なら関係は続くのだ。


 本庄さんと秦野さんの友情は続くし、秦野さんと野口の交際も続く。

 これが一番いいはずだ。ただ、秦野さんだけはそれが真実でないことを知っている。彼女は僕が推理しそこねたと思うかもしれないし、僕をお節介なやつだと思っているかもしれない。


「阿部。ひとつ聞いていいか?」

「なんだ? 俺にはお前みたいな小難しいことは言えないぞ」

「それは知ってるさ。だけど、お前は今回、本当に僕が真実を突きつけると思って呼んだのか? それとも小説家志望である僕が優しいウソを書くと思ったのか?」


 阿部は眉間にしわを寄せて悩んだが、「わからん」と答えた。

 僕はなんだそれは、と言おうと思ったがやめておいた。藪の中においておいたほうがいい話もあるのだ。何でもかんでも明らかにしてしまう名探偵というやつはやはり僕には向いていない。


 それから数日して本庄さんと秦野さんが並んで登校している姿を見た。どうやら友情は無事に続いているらしい。本庄さんは僕を見ると「ダメ探偵」と言った。秦野さんは伏し目がちにぺこりと頭をさげた。僕は間違いなくダメ探偵だっただろう。でも、小説家志望としては上手くやれたのではないか、と少しだけ安堵した。

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[良い点] 森久保と阿部の二作目ですね。 『ある小説家の騒がしい電話』で >腐った江戸川乱歩のような怪奇小説 この一文を呼んだ瞬間に好き!と思いました。腐った江戸川乱歩て……。 会話から二人は大学生以…
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