お姉様の言葉の意味を知る。
※私のお母様は壊れてるから五年後。妹side
あるとき異世界より落ちてきた女性、それがルミ・コウサカ。
この世界にはない黒髪黒眼の彼女に多くの男達が魅了された。その愛故に監禁されたり色々と大変だったらしいが、彼女を妻とした一国の王シャインは彼女を狙う男達を蹴散らして、彼女の心ともども射止めた。
それから彼女は皇后となって、幸せに暮らしました。
めでたしめでたし。
それが私の知ってるお母様とお父様の何処までも幸せで、優しいお話。
私の名前はシン・ルーファベルト。ルーファベルト帝国の第二皇女。現在10歳。今年18歳になるお姉様であるサエリア・ルーファベルトは、この歳までずっと他国に嫁ぐ事を拒否していた。
だけど、流石にお父様に怒られて渋々お姉様は隣国であるアーサルト王国に嫁ぐことになった。
どうしてお姉様が、この帝国にとどまりたかったのかとか私にはわからなかった。政略結婚に抵抗はないらしいが、何か気がかりなことがあったらしかった。
お姉様が、王国に向かう前に私は聞きました。
「どうして、お姉様はこの国にとどまりたがるのですか」
お姉様はお母様譲りの黒髪と、お父様譲りの碧眼を持つ美しい人だ。優しいし、勉強も出来て、乗馬も得意で、社交界でも有名な方だ。私にとっての憧れで、何事も一生懸命取り組む姿に私も頑張ろうってやる気をもらえた。
お姉様は帝国の事をよく考えていらっしゃって、だから私は帝国のために嫁ぐのをどうして拒むのか余計にわからなかった。
問いかけた私に、お姉様はいった。
「私はお母様のそばを離れたくなかっただけよ。お母様は、悲しい人だから」
「え?」
”お母様は悲しい人”、そう告げたお姉様に私は驚く。何時でも何処でも微笑んでいて、幸せそうで、お父様に愛されているお母様が悲しい人…? 意味がわからない私にお姉様はただいった。
「お母様は私から見たら可哀相で悲しい人よ。だから、シン。私には出来なかったから、シンはお母様を泣かせてあげて」
「……泣かせて、あげて?」
「そう。意味はわからないでしょうけど、私はお母様に泣いて欲しい」
そういって悲しそうに告げるお姉様の言葉。私はもちろん、それを理解することなど出来なかった。
幸せなお母様をお姉様は悲しい人と言った。
笑うお母様をお姉様は泣かせてあげてといった。
お母様とお父様。私にとって自慢で仲良しで、あんな夫婦になりたいと思う両親。
お姉様には、どう見えているのだろう…。
私はお姉様が嫁いでいってから数年、お姉様の言葉を双子であるランと共に考えた。ずっと、ただ知りたくて。
お姉様は何故泣かせてあげてといったのか、悲しい人といったのか、それがわからなかったから。
ずっとお母様とお父様を見ていました。
それで、ふと違和感を覚えた。そして気付きました。お母様は自分からお父様に近づくことをしません。名前なんて呼びません。ただただ、会話に混ざったり、皇后の仕事をしながらも笑うだけなのです。
そういえば、私もランもお母様が笑う以外の表情を浮かべているのを見たことがなかったの。それに気付いて、何とも言い難い気持ちになった。
だって人は感情を持つものだから、笑って、泣いて、悲しんでっていうそういうのは少なからずあるはずなの。公の場では皇族として笑っているのはともかく、家族だけがその場にいるとか、そういう場面で笑う以外の表情を浮かべないというのは立派な”異常”だ。
お姉様はこのことを知っていたのでしょうか。でもだからって泣かせてあげてとはどういう事なのか。それにお母様はどうして笑うしかしないのでしょう。
お姉様ならわかるのかな…?
私はその年の夏、ランと一緒にアーサルト王国に出向いた。お姉様に聞こうと思ったから。
アーサルト王国は、豊かな森に囲まれた大国で、美味しい料理もいっぱいある場所です。丁度帝国の西に存在し、国境は大きな川で区切られています。
お姉様の住まう王妃の間に通されて、お姉様は侍女たちをすっかり追い出して私に問いかけた。
「それで、何の用かしら」
「……お母様の事です。お姉様」
「僕とシンとずっと見てて気付いたんですが、お母様は何で笑うしかしないんでしょうか?」
私とランが、そう告げればお姉様はそう、といって机に置かれた紅茶を優雅に口に持っていきます。
それからお姉様は私に語ってくれました。お母様について知っていることを。
「そうね。あなたたちももう13歳になるもの。私もお母様の本当の事を知ってもらいたいわ。ただし、いってることに口を挟まないでね? とりあえず知ってることを話すから」
そういって語られた事は私やランにとっては想像も絶するものだった。
お母様は、お姉様が幼いころ絶望して泣いていたらしい。子供なんて生みたくなかった、結婚したくなかった、どうして私が――、とそんな風に。
信じられなかった。いつも笑っていて、幸せそうなお母様がそんな風に嘆いてただんなんて。
そして、お姉様は続けた。
「お父様は、お母様に笑う事を強制していたわ。お母様が泣き叫ぼうが暴れようが、お父様は『監禁されたショック』だと言った。本当はお母様はその監禁したとされる人を愛していたのに。
お父様が権力を使って、お母様を手に入れたの。笑えと強制されたお母様は本当に笑う事しかしなくなった。私やあなたたちは率直にいえば、お父様がお母様を強姦して出来たとも言えるの。
だからお母様は笑いを嫌いだと憎んでると言っていた。それでもあの人は優しくて、その後私にいつも謝ってた。『あなたに罪はないのにごめん』って。本当に優しい人なんだ。今は、もう笑う事しか出来ないほどにお母様は壊れてしまってる」
お姉様は悲しそうに告げた。
拳を握って、お母様を思って泣き出しそうなほどに顔を歪めていた。
「……お母様は、可哀相な人なの。お母様が悲しい人だって気付いて助けようとした人はお父様に排除されたの。だから、お母様は泣けないの。
泣いて喚いたら、大切な人がどんどん消えていくから。お母様は壊れてるわ。精神的に…。もう、多分ただ笑う事しか出来ないの。だから、泣いてほしかった。思いっきり泣きわめいて、そして…、取り戻してほしかった。自分って存在を。
だけど、私には出来なかった。あんな強制された笑みじゃなくて、本当に幸せで笑ってほしいと思ったのに…。お父様が居る限りそれは駄目なのよ。
はっきりと今でも思いだせるの。幼いころ、寝室に連れられそうになった時のお母様の悲鳴を…。グインと結婚したかった、あいつとの子供欲しくなかったって泣いていた声を…。憎くて仕方ないって私を見て、その後謝ってなく声を…」
私達が生まれてから一度も聞いた事のない、お母様の本音。それをお姉様はずっと聞いて生きてきたのだ。
だからこそ、お姉様はお母様を可哀相だと言った。可哀相な人だと。
「…私は、後悔してるの。お母様がまだ泣けた内に、本音を叫べた内にあの人を解放するために動けていたらって」
辛い事に泣いて、叫ぶ。その当たり前の事をお母様はもう出来ないのだとお姉様は悲しそうに目を伏せた。
「私はお父様に逆らう勇気がなかった。あの冷酷で、強いお父様をどうにかできる自信もなかった。それに私は…、お母様の味方だった人がいわれのない罪で処罰されて行くのを見てきたから…。純粋に怖かったのよ…。もしかしたら行動してれば何か変わったんじゃないかって今では思う。でも、私は……、お父様が怖かった、いえ、今でもあれだけ一人に執着して、笑う事を強制するお父様が恐ろしいとおもうわ。もっと力があればお母様を助けられるんじゃないかって、一生懸命やったけど…結局助けられなかった」
ああと思った。お姉様が帝国のために動いて居たのは、国のためではなくお母様のためだったのだとわかったからだ。お姉様はお父様に恐怖しながらも、お母様を助けたいと思っていたのだ。それで、何事も精一杯に取り組んで、優秀で完璧な皇女へとお姉様はきっとなったのだ。
一生懸命やっても、助けられなかったと悲しそうにお姉様は笑った。
「シンも、ランも…。此処で聞いた事は心にとどめるだけにしておきなさい」
顔をあげたお姉様は私たちに言った。
「お父様はきっとお母様を傍から奪うというならあなたたちにだって何をするかわからないわ。だから、行動をおこすのはやめなさい」
知ってしまったのに、何も出来ないのかと思うと悔しい。でもお姉様の震える体に、お姉様もきっとお母様をずっと救いたくて、だけど何も出来ない自分に悔しかったんだと思った。
それでも私も、お姉様も無力なんだ。お父様を前にしたら。
「……はい」
ランと二人で大人しく頷いた。憧れのお姉様でも出来ない事を私たちが出来るなんて思えない。私達の身を案じて言ってくれてるのだ、お姉様は。
それからしばらく国に滞在して、自国に帰った。
帰っても、ずっとお母様は笑うだけだ。
私に力があったらいいのに、と気付いた今では思う。お父様に抗う力がない自分は、きっと無力だ。
――――お姉様の言葉の意味を知る。
(ずっと知らずにお母様とお父様は愛し合ってると思ってた。でもそれは違った。お母様はずっと悲しい人だった。それでも、お父様に抗う力は私にはないのだ)
シン&ラン。
前話のサエリアの幼かった妹と弟の成長した姿です。
サエリア。
前話から五年後の18歳。
五年間粘って国にとどまり母をどうにか出来ないか考えてたけど出来なかった人。
ちまちま書いててようやく書き終わったものです。