田中平課長の憂鬱 前編
くるとれいじです。
少しでも楽しんで読んでいただけたら幸いです。
「不幸だ…」
私の名前は田中平。今年で齢50になる。
人生で不幸な事はそれなりに経験したつもりだ。
犬のフンを踏んだり、痴漢に間違えられたり、妻と離婚したり…
そんな私だが今起きている不幸に比べれば、そんなものかすんでしまうだろう。
ガタガタ、ガタンッ
「課長っ!!!ドア支えるの手伝ってください!」
若い社員の声に促され、一緒にドアを支える。
外からは
「ヴァああああ。」
と呻り声が聞こえ、中に入ろうとドアを押してくる。
「ああ…なぜこんなことに……」
9時間前
「熱い…いったいどうなっとるんだこの日本は……」
現在、私は茹だるような暑さの中、会社に出社している最中だ。
正直、連日の猛暑と妻との離婚で会社に行くような気分ではないのだが、働かないと慰謝料や養育費を払えないからしかたがない。
妻がいなくなった当初は大変で、靴下の場所さえわからなかった。
だが慣れとは怖いもので、いまや一人で大抵の家事をこなせるようになってしまった。
まあしなければ死ぬからなのだが…
ドンッ
とそんな考え事をしていたら、スーツを着た若者とぶつかる。
「っ痛ーなーこのじじい!!ちゃんと前向いて歩けや!」
なんという若者だ、ぶつかったのはそっちだろう。
まあ気弱な私が怒れるわけもなく。
「す、すみません。」
不甲斐無い…自分の半分も生きていない若者に謝るとは…
「不幸だ…」
そんなこんなで会社に到着する。
中は大勢の人が行き交い、私もその波に入るとホール脇にあるエレベーターを目指す。
途中受付の女性に
「おはようございます田中課長。」
と言われ、つい顔を綻ばせながら挨拶をする。
その時の私は、自分でも引くぐらいキモい顔だったに違いない。
私は足ばやにエレベーターに乗り込み。
ぎゅうぎゅうのエレベーター内で、自分の行く階に止まることを確認してから携帯を開く。
そこには新着メールが一件届いており文面には
『パパ今日もお仕事頑張って!!』
とある。
娘とはたまにメールを交わしている。
妻と離婚して会えないようにされたが、娘は私を心配してくれているようで
『ちゃんとご飯食べてる?』や『体調管理はきちんとしてね』
など心の込もったメールを送ってくれる。
そんな娘はもう18歳で普通なら彼氏ぐらいいる年頃だろう。
そしていつか
「娘さんを僕に下さい!!」
とかほざくガキを連れてくることだろう。
まあ私は娘と会えないので、そんなこと心配する必要はないのだが……
とりあえず娘に
『頑張る(^з^)Chu!』
と返信しておいた。
「なにを送っているんだ私は…」
と、返信した自分を自己嫌悪していたら目的の階で扉が開く。
すぐに携帯を閉じエレベーターから急いで下りる。
それから突き当たりに備え付けられてある休憩所に入る。
そこでインスタントコーヒーを紙コップに注ぎ自分のデスクへと向かう。
途中、同僚と挨拶を交わして部署の隅にある自分のデスクにつく。
仕事を始める前に私の部署に新人が配属された事を知らされる。
それは早朝、私と肩がぶつかった若者だった。
思わず心の中で
「この会社ももう終わりかな。」
と呟いてしまった。
その後若者の適当な挨拶を聞き流し、仕事を始める。
「ふー…」
午後3時
私は屋上で缶コーヒーを飲みながら休憩している。
なぜこんな時間に休憩しているのかというと、あの若者がしでかしたミスを私が尻拭いする羽目になったからだ。
そのせいで昼休憩がとれなかったのだ。
さらになんの不幸か、その若者の教育係に選ばれてしまったのだ。
これから毎日、幼稚園児のようにひとつひとつあの若者に仕事を教えていかなければならないのだ。
それを考えるだけで鬱になる。
「不幸だ…」
今日は不幸を何回言ったろうか。
思えば私は会社に入社してから不幸続きだったのかもしれない。
会社での実績は中の下、コネはなく、出世コースからも外れ、妻と離婚して娘とも離ればなれ…
残ったものといえば不幸ぐらいのものだ。
とりあえず今はこの静観なひと時をゆっくり味わおう。
「きゃああぁぁぁぁっ!?」
とふいにこの静寂を打ち破る悲鳴が街に響き渡った。
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