03
『ダブル・ゲート』
『サウスアイランド』
その二つの単語でわかったことがあった。
羽飾りを頭につけた目のまえの女性は、ミスティという名前だ。おそらく。ミスティはゲームのストーリー上に登場するキャラクターではなく、椿の楓と同じようにプレイヤーが操作するキャラクターである。『ダブルゲート』のゲーム中では会話をすることが多く、共に狩りにでかけたりもする。ゲーム上での友達というわけだ。このあいだ、大型アップデートで新しくできた『サウスアイランド』に一緒に行こうと約束をした覚えがあった。
ゲーム上での友達。
そう、ゲームの中だけでの友人である。
なぜゲームの中の友人が、ゲーム中の姿で今現在目のまえにいるのだろうか。
やっぱりコスプレか? それにしては凝り過ぎている。あまりに似すぎていて現実味がないくらいだった。そもそも、ただのいちプレイヤーキャラクターに扮する人なんているのだろうか?
「あの」椿はおそるおそる口を開いた。「もしかしてミスティ……さん?」
プレイヤーキャラクターになろうとする人とはつまり、そのキャラクターを操作しているプレイヤー以外に考えられない。ゲーム中ではミスティーと呼び捨てにしているが、さん付けしてしまったのはプレイヤー本人と直接会うのが初めてのためだった。それと、多少怖気づいてもいる。なにしろ、己のキャラクターにコスプレするような相手だ。
ミスティはきょとんとした表情になったが、すぐに笑顔になった。
「そりゃそうだよー。何言ってんのー?」
やはり本人であった。椿は安心し、内心でほうと溜息をついた。
「いやあ、あんまり似ているものだから、むしろ逆に疑っちゃったっていうか」
本当に、驚くほど似ている。コスプレというものを実際に見たのは初めてだが、これほど凝っているものとは思いもしなかった。まるでゲームの中からそのまま飛び出してきたかのようである。
「似てるー? なんに?」
「なにって、そりゃあ……」
そう言えばミスティの操作プレイヤー本人の名前は知らない。オンラインゲームの世界ではそれは当たり前の話であり、余程仲が良い場合や、もともと知人であるなどといった特殊な場合以外であれば、本人同士の名前など知ることはなかなかない。
「あなたとミスティが」
いろいろと悩んだ末、あなた、と呼んだ。きみ、じゃあキザすぎる気がした。
「あたしとミスティが似てる? え、なに、なんの話? なにが似てるの?」
ん? と椿は思わず眉をひそめた。なにかおかしい。どうも話がかみ合っていない。
イメージってやつー? とミスティは首を捻っている。
さらにひとつ、椿は今更ながら気がついたことがあった。
デカイ。
ミスティの身長のことである。175センチの背丈の椿が見上げている。椿は女性を見上げたことなどほとんどない。が、目のまえのミスティの顔を見て話すにはどうしても顔を上げなければならない。いったい身長はいくつなのだろうか? 180はゆうに超えているだろう。大柄な女性に難癖をつける趣味など椿にはないが、それにしても大きすぎた。
「なんで黙ってるのー?」
と沈黙した椿に、ミスティが焦れたように言う。
「ごめん、ごめん。いやあ、ミスティって大きかったんだなって」
椿の言葉に、ミスティは笑った。
「そう? そんなにデカくしてはいないんだけどなー」
デカくしてはいない? まるで自分で大きさを決めたような言い方だった。
訝しむ椿に、ミスティは続けた。
「でもさ、やっぱり楓が小さすぎるんだよー」椿を見ながらミスティは『楓』と呼んだ。「いくら少女だからってちょっとちっちゃいんじゃない? ロリコンさんなのー?」
ミスティは楽しそうに笑った。
「楓?」
なんで俺の小説のキャラクターの名前をミスティは知っているんだ?
椿は初め、そう思った。が、ミスティと会っているゲームでの己のキャラクター名も『楓』だったと思いだす。だから俺のことを楓と呼んでいるんだな。本名はわからないから、仮りに俺のことを楓と呼んでいるんだな。
けれども、それにしては椿のことを見ながら『楓は小さすぎる』と発言する意図がわからない。175センチという身長はとりたてて長身というわけではないだろうが、小さいわけでもないだろう。高いか低いかで線引きするならば、どちらかと言えば高いほうに指針は振れるはずだ。
一瞬、椿の頭のなかをヘンテコな想像が過った。
いやそんなまさか。
椿は内心で首を振る。
そんな馬鹿なこと、あるはずがない。
一度、ミスティを見る。露出が多い不思議な格好。まるでゲームの中の住人のような。
周囲を見回す。見たこともない風景。個人的な雰囲気が一切ない、簡素な商店街。コンクーリトを忘れてきたかのような、むき出しの道路。
そして椿は、おそるおそる己の姿――胸から下を見下ろした。
和装だった。
赤い着物である。模様はない。腰に帯がある。帯に、棒状の物がかかっている。柄。鍔のようなものも見える。首を少し捻ると、見えた……刀?
椿はミスティを見上げた。ミスティは邪気のない笑顔でにこにこと微笑んでいる。
これはいったい? 問いただしたい。
椿は信じられない思いで、いま一度己の姿を見下ろした。まるで、先ほど見たものは見間違いだったのだ、幻だったのだという風に。
刀の柄に触れてみる。あまりにごつごつしていて無骨で、思わず手をひっこめた。袖から出た手はつるりとしていて白い。とてもじゃないが男の手とは思えない。そして胸のあたりに、わずかだが起伏があった。
鏡が見たい。早く、一刻もはやく。
椿はそう思った。パニックになりそうだった。
自分が、知っている自分ではない。これは誰かの身体なのだ。しかも、もしかするとこの身体はゲームの中の住人のものなのだ。
「なんだ、これ?」
椿は思わずつぶやいた。
どうしたのー? とミスティがのんきに言う。
「なんだよこれ……」
あまりに唐突すぎて、泣いたらいいのか、落ち込めばいいのか、椿には身の振り方がまるでわからなかった。






