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MIX!  作者: くつした
16/18

016

 硬直状態は長く続くかと思われた。

 が、それはすぐに破られた。それも、簡単に。

「PK?」

 その場にいた全員が無言で互いの様子を探りあっていた。その静かな場に、言葉が響いた。

 PKとは、プレイヤーキル、あるいはプレイヤーキラーの略語である。インターネットのオンラインゲームでは、プレイヤーが、プレイヤーキャラクターを殺害する場合がある。それをプレイヤーキルと呼び、そういったプレイスタイルをとるプレイヤーを指し、プレイヤーキラーと呼ぶ。

 PKと口にしたのはミスティであった。調べ物がすんで戻ってきたのであろう。確かに、互いに武器を向けたまま硬直しているこの状況を見れば、この場にPKがいるのだと多くのプレイヤーは勘違いしてしまうだろう。そして今この現状、最もPKだと思われる人物は自分を取り押さえている男である。

 ミスティの動きは早かった。ウィルの足を踏みつけ、掴まれていた腕を振りほどく。腰のホルスターに挿していたナイフを躊躇なく振るった。ウィルが怯んだ隙に椿の方へ身体を捻りながら高く跳躍する。跳躍しながら弓をつがえ、ウィルに向け、撃つ、撃つ、撃つ。椿の傍へ着地するまでに、実に三発も矢を放っていた。その滞空時間、矢をつがえて撃ち放つまでの速度――身軽なキャラクター設定にしたのだと自分で豪語するだけはあった。

 ウィルはミスティから放たれた弓を横っ跳びに避けた。間一髪、といった様子であった。ウィルを小説で描いた椿としては不思議な光景である。ウィルであれば、ミスティに干渉し、弓をつがえる前に撃つことを躊躇わせていたであろう。そうして、躊躇いのある矢をゆうゆうと避け、自身を本当の実力以上の力として見せつけていたはずだった。ましてや、ミスティを逃すこともなかったはずだ。抵抗しようという気を起させたというのが不思議であった。あまりに突然であったため、なにもできなかったのだろうか? 楓を含むストーリーを作成した椿にしてみればこの一連のアクションは『あのウィルが?!』というところである。

「ウィルウウウウゥゥ!」

 獣の咆哮のような叫びが、つんざくように椿の耳に響いた。ハッとして椿は声の主を見る。

 マリィであった。ボウガンと槍を構えたまま、大口をあけて空を仰いでいる。

 隙だらけのように見えたが、シグマもルゥも目を丸くしていて硬直状態から抜け出そうとする様子はない。

「じれったいんだよ手前ぇはよォ! あたしはもう飽きたぜぇ!」

 マリィは『あたし』と言った。先ほどは『わたし』だったはずだ。

 こんなときに入れ替わったのかと椿は歯ぎしりした。事態が事態なだけに厄介だった。

 マリィは悪辣な肉食竜のように口の端を釣り上げた。今までの丁寧な言葉遣いや低い物腰がうそのような表情である。

 と。

 槍を持つ腕の手甲――裂けて垂れた裾から現れた手甲が肌の中に消えてゆく。代わりにブレード状の刃が手首から肘にかけてずずず……と現れた。手甲からブレードへ=防御から攻撃へ=性質の反転=性格の反転。

 マリィは二重人格であった。多重ではなく二重である。ストレスなどから発生した解離性同一性障害などではなく、生前から二つの人格を持っていた。人格が交代している間のことを思い出せないような解離性健忘を起こすことはなく、互いの行動を観ることができる。記憶を共有しあっているため、突然の性格の交代が起こったときには、今のシグマやルゥのように驚くのは何も知らぬ他人ばかりである。

 何の前触れもなく、ルゥに向けられていたボウガンが矢を放った。同時に、シグマに向けられた槍が突き出される。

 屈むルゥ、槍を腕で払いのけるシグマ。

「片手の槍なんざ怖くねえよ!」

 シグマの言。相変わらず無駄口が多いなと椿は思う。ルゥは間一髪といったところだったようで、呼吸を整えている。

 マリィの大袈裟な舌打ちが、椿の耳にも届いた。

 二人がマリィの攻撃を回避したのを見た椿はミスティに

「その男とピンクの髪の女が敵だ!」

 と言った。言いながら、ウィルに向かって駆けている。他になにも言う必要はなかった。

 ミスティは弓をつがえながら、くるりとウィルからマリィに身体を向けた。

 ――二種類の敵がいたとする。椿が片方に向かえば、ミスティはもう片方の足どめをする。椿とミスティが長いあいだ培ってきた自然体のコンビネーションであった。

 ウィルの能力――感情のベクトルを操作する――は知っていないと危険である。従ってこの場合、椿がウィルに対峙することが正解である――少なくとも椿はそう信じている。が、能力を知ったところで、潮の満ち引きの原理を知っていても止められないことと同じで、ウィルを止められるかどうかは自身がなかった。

 だからこの場合、ミスティが足止めをするのではなく、椿が足止めをする。そのつもりであった。潮の満ち引きを止められなくとも、その原因を知ることで止めようと努力をすることはできるかもしれない。

 こちらはウィルの身体能力、特異の能力を知っている。そして向こうはこちらの正体を知らない。完全にこちらが有利である。

 ……そうだ、こちらが有利ではないか。

 勝つ! これなら勝てる! 足止めではない、勝利するんだ!

 走りつつ、腰に下げた小さな麻袋からダイス状の物を取り出す。面の中心が緑色に光っている。それをウィルの足元へ投げつけた。地面に転がったダイスはすぐにぽんと弾ける。

 直後、烈風が巻き起こった。風は、ごおおおぉぉぉと激しい音を立てながら、草葉や砂利を乗せてつむじ風のように回転し、上空へと昇ってゆく。

 風の向こうで、ウィルが腕で顔を庇うのが見えた。

 目くらましに成功している間にウィルの真正面まで来た椿は、剣を鞘から抜き放ち、無心に振り上げた。

「僕を殺す気かい?」

 と、顔をかばった腕の向こうからウィルがそう言った。

 剣を振り上げた腕がびくんと揺れ、躊躇いが生じた。振り下ろすのが遅れ、ウィルが後方へと軽くステップして逃れるのを見送ってしまう。

「さっきも――マリィのときもそうだ」

 ウィルが口の端を吊り上げて言う。金の前髪を片手で払いながら。

 喋らせてはいけない。

 椿は後方へと逃げたウィルに肉迫しようと距離を詰めた。

 ウィルは身体能力は常人のそれとあまり変わらないかもしれないが、その能力を駆使するために言葉を使う。感情は言葉に左右されやすい。知っていても、なお、ウィルの言葉をふさぐことができない。

「人を斬ることを躊躇っている」

 当たり前だった。人を斬ったことなどない。ましてや、殺したことなどあるわけがない。小説の中では幾人も斬ってきたかもしれないが、それはあくまでも想像上の中でだけだ。しかも斬るのは、相手を手にかけるのは登場人物であり、書き手である椿ではない。

 椿はウィルの言葉を努めて無視しようとしながら、縦に、横にと剣を振るう。が、動揺は隠しきれない。ウィルはその動揺に付け込み、ゆうゆうと椿の攻撃を避ける。

「くそっ」

 つい、椿の口から不満の声がもれる。

「冷静なように見えて感情的になりやすいのか」

 こちらを分析するようなウィルの言葉。物を覚えるという行為は頭で考えるよりも口にしたほうが成功しやすい。ウィルが口数を増やすのは己の能力を発揮するだけでなく、そういったことも自然と兼ねている。

 剣を振るう。が、あっさりと避けられる。

 反撃は受けないものの、こちらの焦燥は相手に悟られている。先ほどの有利だという考えは、椿の頭の中でいつの間にかに逆転してた。

 有利? 冗談じゃない。有利だとか、不利だとか、そういう問題ではなかった。

 マリィは対処方法が通用したからこそ、それこそずっと有利に戦えた。が、ウィルに対してはそうもいかないようだった。対処方法はあくまで対処できる可能性のある方法であり、確実性などなかったのだ。

 弱気になっていた。

 それもウィルの能力のせいなのかもしれない。そうではないかもしれない。

 ウィルがこれまで相手を貶めてきた光景――小説の中の1シーンが頭の中に次々と現れた。本来は文章であったそれらは、しかし鮮明に映像となっていた。

 戦う気力を削がれ、武器を落とした隙に首を跳ねられた者。

 ウィルの巧みな言葉に騙され、籠絡され利用された後に刺殺された者。

 精神的に追い詰められ、ウィルが手を下すまでもなく、自害した者。

 すべて椿が描いた空想上の1シーンであった。なのにもかかわらず、それらのうちいずれかがすぐにでも己に降りかかってくるのではないか。

 やっぱり、戦うなど俺には無理な話だったんだ。戦わないと決めた、あの結論は正しかったんだ。

 後悔ばかりが募ってくる。

 椿は剣を振るう。が、もはやその動きは惰性の一環のよう――ひどく緩慢な動きであった。

「お前は本当に、いったい誰なんだ?」

 ウィルは椿の攻撃をいなしながら、そう尋ねてくる。その表情は誰かと戦っている者のそれではなく、口にした質問の答えを知りたいだけのようである。つまり、その答えを知りたいがために反撃してこないのではないだろうか、椿はそんな考えに至り、ますます弱気になった。

 ウィルからいちど身を離す。剣を片手に、肩で息をする。ゲームの世界なのに疲れるんだな、などとふいに思う。そんな場合ではないというのに。

 椿は腰に下げた麻袋に手を入れる。ダイス型の道具を取り出す。それを剣の鞘に近付ける。鞘には小さな穴が開いていた。そこにダイス状の道具を入れる。ぽう、と剣の刀身が赤みを帯びた。

 椿は弱気になった心を落ち着かせるため、目を瞑って深呼吸をした。瞼を開くと同時に、ウィルに向かって駆けだす。

 片手で握った剣で、横に薙ぐ。が、後ろに下がったウィルに避けられる。振り切った剣を両手に持ち替えながら、一歩ウィルへと近づく。そして、勢いをつけて剣を頭上から振り下ろした。が、それも避けられる。

 椿の剣が地面に触れるや否や、地面がはじけ飛んだ。

 土くれが飛び交い、砂埃が舞う。ウィルも、椿も互いに姿が見えなくなる。

 椿は、ウィルが斬撃を後方に下がることで避けていたことを目で確認していた。地に落とした剣を持ち上げ、槍兵のように切っ先を身体の前に向けながら前方に突進した。その先にウィルがいるはずである。

「あああああっ!」

 自分の気勢を煽るように、雄たけびをあげながら砂煙の中を突っ切る。

 が、砂煙の向こう側に出ても誰もそこにはいなかった。砂塵の中で何者かを指した感覚もなかった。

 慌てて背後を振り返る。

 遅かった。

 首元にひどく冷たい感覚。

 ナイフが突きつけられていた。

 相手は無論、ウィルである。

「動くんじゃない」

 ウィルがそう言うが、椿にはもはや動こうとする気力など霧散している。

「答えてもらおう。お前はいったいだ――」

 ウィルがそこまで口にした途端、唐突に言葉が途切れた。ウィルの身体がやわな人形のように横へ吹き飛ぶ。

「大丈夫?」

 ウィルを吹き飛ばしたのはルゥのようであった。タックルをかけ、椿を助けたようであった。椿の答えを待たず、ルゥは倒れたウィルに向けてファイティングポーズをとる。

「大丈夫って、向こうはどうなっている?」

 椿はちらと目でミスティやシグマの様子を見た。ミスティに向けられた矢を目の前に、前かがみになったマリィが間合いを測るようにゆらゆらと身体を動かしていた。

「シグマがいるから大丈夫だって」

 とルゥが椿の質問に答える。シグマはと言えば、突っ立ったまま後頭部を手でがりがりとかいている。完全に蚊帳の外となって孤立しているように見える。

「大丈夫って……。武器奪われたままなんだろう?」

 シグマは刀の扱いは巧みであったが、他はからきしであったはずだ。ルゥのように素手で戦うなどもっての外である。

「忘れてた! やっばい!」

 とルゥが椿の顔を見て叫ぶ。

 ああもう、なんだコレ。と椿は溜息混じりに思う。

 目のまえで、倒れたウィルがゆっくりと立ち上がる。





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