015
楓とキースは青い球体をまえに立ち尽くしていた。ずいぶんと長いこと歩いてきたが、行き止まりのようだった。
まるで行き止まりではないかのような、行き止まりである。
視覚的に言えば行き止まりというのは正しくない。目のまえには相変わらず広大な草原が広がっている。地平線はやはり緑一色である。が、そんなことにも関わらずこの先がなかった。
目に見えぬ壁のようなものがすぐ目のまえにあるのだった。手を伸ばせばぺたぺたと硬質なものに触れることができる。例えるなら圧縮された空気の塊のようなものがどんと立ちふさがっているようなのだ。つい先ほど、楓とキースは何も知らずにその見えない壁にぶつかり、鼻を潰したところであった。目に見えぬ壁を触るパントマイムの真似事を、しばらくのあいだ見事やってのけた。ペタペタと目に見えぬ壁を二人で探る様子は、傍から見れば奇行としか見えなかったことであろう。ペタペタと見えぬ壁に触れながら行ったり来たりを繰り返した。遥か向こうに見える地平線のように、見えない壁は直線的に続いているらしい。パントマイムを続けながら右往左往した揚句、結局二人は諦めた。
立ち尽くし途方に暮れていた二人は、すぐ傍に青い球体がぽつねんと浮かんでいることに気がついた。目のまえは行き止まり、周りの光景はあいも変わらず生のない営み、傍にはぷかりと浮かんだ青の不可思議な球体。青い球体に興味がわくのは自明の理である。
楓にしてみれば触らぬ神にたたりなしであったし、このような珍妙な物体は知らぬが仏でもあった。が、キースの好奇心からなる行動を止めることはできなかった。
楓は青い球体を見て見ぬふりをしていたが、いつの間にかにキースが青い球体に触れていることに気がついた。
「あっ、ちょっと、なにやってるんですか」
「いやなにって、そりゃあ、ねえ?」
えへへと悪戯がばれた子どものように笑い、片手で頭をかいてみせるキース。
「気持ち悪いです」
「そんなこと言わないでくださいよ……っと、お? なんだか……単語? が……、いっぱいありますね」
楓はキースを青い球体から引きはがそうとして、キースの肩に触れた。
「選択肢のよう……だ。ちょっと一つ……選んでみましょう」
「辞めましょうって!」
楓がそう叫ぶと同時に、視界が一転した。
――ぷかりと浮かぶ青い球体。辺りには茫々と茂る草花ばかり。湿度の低い草原であり、向こうには地平線が見えるほど広漠としている。時おり風が吹き、生のない草花が揺れるがそれ以外に音はない。皆無であった。
青い球体の周りにはなにもない。すぐ足元の草が人の足の形となって倒れているが、それもしばらくすれば元に戻ることだろう。