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MIX!  作者: くつした
10/18

010


「ごめん」

 椿がそう言った瞬間、ミスティの手がブルー・ボックスに触れた。

 ブゥゥンン……

 静かな、機械の作動音と似た音。

 転移の音――。

 うつむいていた椿がハッと顔を上げる。

 まず視界に入ったのは青の球体。次に感じていたものは片手にミスティの手の感触。それから、球体の向こうに広がる青々と茂った草原。

 転移してしまった。

 が、そのことについてなにか考える前に別の問題が蛇のようにその鎌首をあげた。

「ここがサウス・アイランド?」

 思わず、椿はそう口にしていた。

 草、草、草。見渡す限りの草原である。

「あっれぇ、おっかしいなー」

 ミスティも不思議そうに言う。

 サウス・アイランドの情報を詳しく得ていたわけではないが、人から聞いた話や、その名から、砂漠のような枯れた土地や、サバンナのような熱帯草原を思い浮かべていた。目のまえに広がる土地は確かに草原だったが、サバンナのように稲を想起する色に包まれた草原ではなく、むしろ青々と茂った多湿な草原に見える。ただ、暑そうな外見だということだけは一致している。

「確かに『サウス・アイランド』を選んだはずだったんだけどなー」

 ミスティはそう言いながらブルー・ボックスをぺたぺたと叩く。

 ブルー・ボックスを使用して転移した後、2分間のあいだはブルー・ボックスの再使用ができない。

「間違えちゃったのかなー。それともここがサウス・アイランド?」

「どうなんだろう」

 どちらにせよ初めてきた土地であるため、判断は難しい。

「ちょっと調べてくる」

 パソコンで、インターネットで、ということであろう。

「頼むよ」

 と椿は応える。パソコンの前ではなく、むしろその中、その中の世界にいる椿に調べることはできない。

 ミスティが沈黙する。

 椿は周りを見渡した。一面の草の海原である。時折吹きぬける風が、草木を波のように揺らす。

 なにかおかしいと気づいたのはすぐのことである。

 モンスターがいない。プレイヤーが操作するキャラクターや、自動で動くノンプレイヤーキャラクターがいない。

 こういった建築物のない場所にはモンスターが多数配置されているのが常である。なのに一匹たりとも見受けられない。ましてや、この場所に来ているPC(プレイヤーキャラクター。以下、PC)が一人もいないどころか、モンスターがいない場所ならばどのような場所にも配置されているだろうNPC(ノンプレイヤーキャラクター。以下、NPC)がいない。つまり、なに一ついないのだ。風と、草木だけである。

 なにもない場所など、ゲームの世界としてあってはならない。

 いったいどういうことだろうかと椿は考える。ついで、ブルー・ボックスの再使用までのタイムカウントを頭の中に表示する。残りあと53秒。約1分。ミスティが戻るより先に再使用が可能となるだろう。

 見知らぬ土地は怖かった。

 つい先ほどまでサウス・アイランドへ移動すること、それだけでさえ移動を拒否しようとしていたというのに、ここでサウス・アイランドではないかもしれないまったく情報のない土地へ転移してしまった。

 ミスティも調べ物のせいでいない。ミスティというキャラクターは目のまえにいるが、ミスティ本人はキャラクターを操作できる状態ではない。

 一刻も早く街に戻りたかった。ブルー・ボックスを使用できるのなら、ミスティを置いてでも戻りたかった。そんなことはしないだろうとは思いながらも、その気持ちを否定できない。

 あと30秒。

 本当に、ここはどこなのだろうか。

 本来なら存在しない土地がゲーム内に現れたのではないか。

 いや、そんなまさか。

 そんな考えが思い浮かぶ。

 椿がこの世界へ入り込んでしまうという突拍子もないことが起こってしまったのだから、それは十二分にあり得ることのように思われた。

 あと23秒。

 待ってみると、たった2分だというのに長い。1秒1秒が長い。

 ミスティに早く帰ってきてほしかった。けれどたったの2分で調べ物が終わるとは思えない。長い長い、たったの2分。

 あと13秒。

 椿は本当に周囲にプレイヤーやモンスターがいないのかどうか気になり、レーダーを表示させた。

 白い点が中心に一つ。黄色の点が白の横に一つ。椿(白)とミスティ(黄色)である。そしてその付近に点滅する点。

 椿は背後を振り返った。

 白の点はプレイヤーキャラクター=自分自身。黄色はパーティーキャラクター=仲間。

 点滅する点は、アンノウン=正体不明を現す点。

 ブルー・ボックスを挟んで向かい側に背の高い女が立っていた。髪が冗談のように桃色に染まっている。おとなしそうな表情をしているが、やや猫背気味に、両手で腰のあたりで武器をさげている。

 この人を見たことがある――巨大なハンマー。

 その二つの思考は椿の頭に同時に現れた。

 と。

 桃髪の女がハンマーを野球のバットのように身体の横へ引いた。

 ハンマーを振るう気だ、と身体が反射する――椿は目を瞑って顔を両手でカバーした。

 ガウンッ――。

 大きな物がひしゃげる音。物体が破壊される音。

 目を瞑っていた椿の耳に、おかしなことだがその音の後から風を切る音が聞こえた気がした。実際に、音よりも風が遅れて椿の身体を吹き付けたせいでそう感じたのかもしれない。

 次いで、ゴッ、ガッ、と何度か叩きつけるような音が聞こえた。

 やや遅れて、おそるおそる、椿は顔をカバーしていた腕を下げ、目をあけた。

 目のまえにはごつごつと凹凸を持った青い物体が転がっていた。それがブルー・ボックスだということに、椿はすぐに気がつくことができなかった。不可思議な力で浮かんでいたブルー・ボックスは、無様に地にその身体を横たえている。凹んだ一部に草葉が付着している。

 ウウウゥゥゥゥ……

 と弱弱しい風の唸り声のような音が聞こえた。それは、ブルー・ボックスから聞こえていた。みるみるうちに、発光していたその身体から光が失せてゆく。

 椿は目を見開いた。

 ブルー・ボックスが破壊されるなどと聞いたこともなかった。攻撃することさえ、今までできたこともない。ゲームの中では攻撃対象として選ぶことができないからだ。ましてや、攻撃しようと考える者など誰ひとりとしていなかっただろう。

「なんでこんなこと……」

 椿はブルー・ボックスを破壊した人物を見た。

 女は、椿よりも背が高かった。見上げる程である。椿は身長175センチ程はあった。が、それは現実のことであり、今のゲームの楓としての椿は157センチしかない。従って、175センチの感覚で見上げた椿は、目のまえの女を2メートル以上の巨人に思えた。実際には180といったところであろうが。

 ふと、長身の女と目があった。

 矢張り、見覚えがある。が、こんなアニメから出てきたような桃色の髪の女など見たはずがない。

 暑そうなこの場所で、長袖のシャツにフレアスカートをはいている。つい、シャツから激しい自己主張をする胸に目がいってしまう。

 椿と目のあった長身の女は、あろうことかにこりと微笑んだ。

「出会ったのは初めてですよね、楓さん」

 女は言う。女の桃色の髪から想像していた通り、やや高めの声であった。

「なんでこんなことを」

 椿は女の言葉を無視し、たずねた。

 そこでようやく、女の手元から巨大なハンマーが消えていることに気がついた。誰かが傍にいるのだろうか、思わずレーダーを確認する。確認しつつ、いや、まてまてまて! と反対するもうひとりの椿がいた。その椿は、ハンマーが消えた理由を知っている。それはレーダーで確認できることではなかった。

 レーダーには確かにもう一人映っていた。

 またもや点滅の点=アンノウン。

 が、その点は遠くにいる。

 ではハンマーはなぜ消えたのか。その考えが浮上してこないように椿は努めた。認めたくない理由があった。

「なんでと言われましても」ふふふ、となにがおかしいのか女は笑う。「それにしても、楓さんもこちらにいらしていたんですね」

 そう言うなり、女は椿に向かって一歩足を踏み出した。

 その右手にはレイピアのような細身の剣があった。

 また一歩、女は踏み出す。

 その左手には手斧の刃だけを残したような武器があった。

 どちらもつい先ほどまでは持っていなかった武器である。腰に鞘もない。背中に何かを背負っているようには見えない。隠しておくような場所など、身体の中以外にどこにも見られない。

 椿は一歩、下がった。

 ミスティを見る。キャラクターはそこにいるが、なんの反応もない。調べ物からまだ戻ってこない。

 椿はなにかを口にしようとした。が、思い辞める。

 発言はすべてチャットログとして残ってしまう。今口にしようとしたことをもし発言していたらログとして残り、この場にいるミスティにも知られてしまう。今言おうとしていることはミスティに知られたくなかった。

 自分が楓という姿を借りて現実の世界からダブル・ゲートの世界へ来てしまったということ。そんなことを口にすれば気が違ったのだと思われるだろう。そう思われ、さけられでもしたら……。

 なにより、目の前にいる人物の心当たり。その見当の場所を口にすれば、尚更。

 ――「マリィ?」

 と椿は背の高い女に話しかけた。

「おや?」

 女は不思議そうに言う。歩んでいた足を止める。

 知らないのか、と椿は思う。椿はミスティのログに残らないよう、女だけに聞こえるよう語りかけた。ダブル・ゲートの機能の一つとして、耳打ちチャットという機能であった。特定の人物相手に話しかけることができる。

 ――「特定の個人にだけ会話をすることができるんだ」

「へえ、面白いですね」

 椿のチャットに直接返事をすればいいものを、女はこの場全体のログに残る言葉で返事をする。

 椿は頭をかきながら、まあいいかと思う。

 今のマリィならばたぶん頭はそうまわるまい。こちらの隠したいワードさえ口にされなければ大丈夫だろう。

「なんで私の名前を知ってるんでしょう? 名乗りましたっけ」

 あたし、ではなく、私と言った、椿はそう強く思った。ならば安心だ。

 どうして桃髪の女が目のまえにいるのか、それはわからない。しかし椿がこの世界に取り込まれてしまった以上、そういうこともあり得るのかもしれない。椿という現実の人物が電子の世界へ入り込んでしまうことと、マリィという空想上の人物が電子の世界へ入り込んでしまうこと、どちらのほうがより困難なことなのだろうか。そのことについて検討したい気持ちはあったが、そんな暇など、ない。

 驚きの連続である。疲れてしまった。

 ともかく、目のまえのこの長身の女は敵か味方かと判別するなら敵となる可能性が高い。椿の敵かどうかはわからないが、なにせ、楓の敵なのだ。また、レーダーに映るもう一つの明滅する点も気になる。いったい誰なのかは検討もつかないが、害を成すものとしか考えられない。

 死を恐れ、戦わないと決めた。しかし、モンスターよりも厄介な人物が現れた。戦わないですます方法などあるのだろうか。

 ――「俺は楓じゃあない」

 と、椿は言った。


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