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MIX!  作者: くつした
1/18

01

 ――楓と名乗る少女はおもむろに腰に収めた剣の鞘に手をかけた。

 同時に、両の足を肩幅ほどの間隔をあけて開いている。身体の重心が移動したのが、素人の私にもはっきりとわかった。

 が、抜かない。

 敵を目のまえにし、少女は剣を抜かなかった。

 そういえば、私を悪漢から救った時もこの少女は剣を一太刀も振るわなかった。相手の攻撃を吸収していなす、と言えばいいのだろうか、とにかく相手の攻撃に合わせた柔らかな動きで悪漢共を投げ飛ばしていった。少女には大の男を投げ飛ばすような筋力があるとはとても思えなかったが、おそらく拳や脚の攻撃のベクトルを受けて流すような投げなのだと思われた。はるか東方に位置する国にそのような技術の達人がいると耳にしたことがあったが、おそらくこの少女もその技術を会得しているのであろう。

 そんな強力な技術を会得している少女が、ついに腰に収めた剣の鞘に手をかけたのである。不謹慎ながらも私は少々わくわくしていた。遠方の国の達人が、剣を振るうのである。不思議な剣技が見られるかもしれない。

 しかし少女――楓は剣を鞘から抜かないのである。闘う意思を見せておいて、戦闘のポーズはとらない。いったいどういうことであろうか。

 楓に対峙している、魔族だと自称する男は不敵な笑みを浮かべたままで動かない。額に生える三本の角さえなければひとと変わらぬような姿の彼は、闘う意思を見せているのにも関わらず武器を構えない少女を見て、いったい何を思うのだろうか。

 いくらかの時間が経った。私にはどれだけの時間が過ぎていったのか見当もつかない。私の前髪から垂れた一滴の汗が、鼻をつたって顎まで流れていったのだけは覚えている。その前後には空白しかなかった。

 ふいに、角を生やした男が口をあけた。

「お前はいつまでこんなことをするつもりなのだ?」

 そう言い、楓に向かって一歩二歩と足をすすめる。口調は軽いものであったがその表情は――苦痛……? いや、苦悶だろうか?

 楓は応えないうえ、微動だにしなかった。

 いつまで? こんなこと? 私には彼の言葉の意を汲みとることができない。相対して硬直し続けている今の状況のことを差しているようにも聞こえるが、男の言や表情からはそれ以外を差しているとしか感じられない。

 男が歩みを進めようと、さらに足を上げたときである。私の頬をふわりと風が撫でた。

 次いで私が目にしたものは、血だらけになった胸を抑える男の姿であった。

 いったい何が起こったのかわからない。



          ○



 そこまで書き終えた椿は一度伸びをした後、コーヒーを飲もうとしてカップを手に持った。カップはすでに空になっていて、そのことに気付かずに口をつけた彼は、カップの底を忌々しそうに睨みつけた。

 パソコンの時計を確認すると二十二時を回っていた。椿はキーボードに手を置いたまま、肩越しに背後の冷蔵庫の上を見た。そこには通販の段ボールで拵えた簡易な箱があり、カップ麺が陳列している。カップ麺がまだあることを確認した椿は立ち上がり、流しまで歩いてガスコンロのダイヤルを捻った。小鍋に水を入れて蓋をし、コンロのうえに置く。コンロの火に煙草を近付ける。

 火のついた煙草を口にくわえたまま、カップ麺のひとつを手にとってパソコンの前に戻る。座布団のうえにどっかりと腰をおろす。先ほどまで書いていた文章を保存する。灰皿に煙草の灰を落とし、少し考えてから文章作成ソフトを最小化する。もしかしたらまたすぐに書き始めるかもしれない。

 デスクトップ上にある『ダブル・ゲート』というオンラインゲームのアイコンをダブルクリックした。新たなウィンドウが表示され、ランチャーが起動する。そのあいだに椿はカップ麺の包装を破り、蓋をびりりとあけた。

『ダブル・ゲート』は最新アップデートを開始しますと表示される。続いてウィンドウの下部に細長いバーとアップデート進行状況を表すパーセンテージの数値が表示された。

 アップデートは長そうだった。

 椿はカップ麺をキーボードの横に置き、煙草を加えたまま寝転がった。書きつかれていた彼を、すぐに睡魔が襲ってきた。目を瞑るだけ……、そう思った彼は実際にそうした。彼は五分と待たずに眠ってしまった。火のついた煙草を口にくわえたまま。

 そうして彼の住むアパートは焼けた。

 さいわい、隣家の住人がすぐ火事に気がついて消防署に電話をしたため全焼には至らなかった。焼けたのは椿の住む一室と隣室、さらにその隣室、上階、および椿の住む一階と二階とをつなぐ階段の半分であった。全焼ではないにしろ、アパートは致命的なダメージを受けた。

 けが人はいなかった。椿の部屋の隣人は出かけていたし、上階の住人は避難に成功。死者1名。新聞には「二十歳フリーター、煙草の不始末による焼死」と書かれた。

 死者は椿だけであった。


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