第62話:海竜の解体と救済
一、 偽りの平穏と、静寂を引き裂く異変
海洋都市アクアリアの沖合、深海三千メートルの忘却海溝から、黄金と群青の光の柱が天を貫き、降り注いだ生命マナの雨が街を歓喜で包み込んでから、わずか数分の出来事であった。
「ははっ、すっかりアルに懐いちまったな、あのデカブツ」
捕鯨船シーホーク号の甲板で、カルムが手すりに寄りかかりながら、海面で戯れる巨大な影を見つめてご機嫌に笑っていた。
彼の火傷まみれの腕は痛むはずだが、それを忘れさせるほどの心地よい疲労感と、大きな仕事をやり遂げたという達成感が、彼を包んでいた。
船の真横を並走するように泳ぐのは、教国の呪縛から解放され、本来の美しさを取り戻した青銀の海竜であった。
五十メートルを超えるその巨躯は、太陽の光を反射して宝石のように煌めき、澄み切った群青色の瞳には深い知性と穏やかな慈愛が宿っている。
海竜の広い背中には、少年料理人アルが乗っていた。
「あははっ! くすぐったいよ!」
アルが、海竜の滑らかな鱗に頬ずりをされ、くすぐったそうに身をよじる。海竜は、自分を地獄の苦しみから救い出してくれたこの小さな人間に、心からの感謝と親愛の情を、低く優しい喉鳴らしで伝えていた。
「うむ。海という大自然の頂点に立つ魔獣と、こうして心を通わせることができるとはな。アル殿の『体温』は、種族の壁すらも容易く越えてしまうのだな」
エレナが、甲冑の破損も気にせず、微笑ましくその光景を見守っている。
「……ふぅ。これでやっと、この街にも本物の平和が戻る。俺の銛も、また誇りを取り戻せたってもんだ」
船長のギルが、操舵輪から手を離し、修復された白銀の銛を背中に担ぎ直して、大きく安堵の息を吐いた。
海風は爽やかで、空はどこまでも青い。
アクアリアの街からは、今も祝福の汽笛と人々の歓声が、遠雷のように響いてきている。
誰もが、戦いは終わり、完璧な勝利とハッピーエンドを迎えたのだと信じて疑わなかった。
ただ一人――いや、ただ「一機」の少女を除いて。
『――――ピ……ピーーッ……――――』
甲板の端で、安堵の表情を浮かべていたオルタのルビー色の瞳が、突如として不自然な明滅を起こした。
「……オルタ? どうしたの?」
一番近くにいたエレナが、オルタの異変に気づいて声をかけた。
『――――環境マナの波形に……残留エラーを検知。……いえ、違います。これは……!――――』
オルタは、自らの頭を抱え、信じられないものを見るように、海面でアルと戯れる海竜の巨体を見つめた。
彼女の視界に展開された解析パネルが、次々と真っ赤な【警告】の文字で埋め尽くされていく。
「エレナ……カルムッ!! アルを……アルを海竜から離してくださいッ!! 急いでッ!!」
オルタの、これまでに聞いたこともないような悲痛な絶叫が、甲板の空気を凍りつかせた。
「な、なんだって!?」
カルムが顔色を変え、海面のアルへ向かって身を乗り出す。
その瞬間であった。
「ギョォォォ…………ッ!?」
海竜の動きが、ピタリと止まった。
アルに頬ずりをしていたその巨大な頭部が、まるで目に見えない巨大な杭で打ち抜かれたかのように、不自然にビクンッ! と跳ね上がった。
「わぁっ!?」
バランスを崩したアルが、海竜の背中から振り落とされそうになる。
「アルッ!!」
カルムが即座に甲板から飛び出し、宙に浮いたアルの小さな身体を空中でガシッと受け止め、そのままシーホーク号の甲板へとローリングしながら着地した。
「痛っ……! カルム、どうしたの!? 急に海竜が……」
アルが痛む腕を押さえながら海竜の方を振り向いた時。
アルの漆黒の瞳は、そしてシーホーク号に乗る全員の目は、信じがたい「絶望の光景」を目の当たりにすることになった。
「ギョボォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」
海竜が、天を仰ぎ、口から大量の【黄金と漆黒が混ざり合った不気味な血】を吐き出したのだ。
「な……なんだあれは!?」
ギルが顔面を蒼白にさせる。
海竜の青銀色に輝いていた美しい鱗が、内側から風船のように膨れ上がり、その隙間から、まるで溶岩のようにドス黒く光るマナが、ボコボコと不気味な音を立てて漏れ出し始めた。
澄み切っていた群青色の瞳は、極限の苦痛と恐怖に見開かれ、白目を剥き、もはや声にならない悲鳴を上げながら海面でのたうち回っている。
「どういうことだオルタッ! 吸魔陣のコアはアルが完全に解体したはずだろッ!?」
カルムが、オルタの肩を揺さぶって怒鳴る。
「……罠だったのですッ!!」
オルタは、涙目でホログラムの解析データを空中に展開した。
「教国ルミナの神託機関は……第一使徒ガラテアが敗れた戦闘データから、アルの【真理解体】の能力を事前に予測し、対策を講じていたのです!」
「対策だと……!?」
「はい! 海底にあったあの巨大な吸魔陣……あれは確かに海のマナを吸い上げていましたが、本当の目的はそこではありませんでした。教国の真の狙いは……吸い上げた莫大なマナを極限まで圧縮し、海竜自身の心臓の奥底に【神聖爆縮核】という『時限式の次元爆弾』を生成・寄生させることだったのですッ!」
「爆弾……!? この海竜の体内に!?」
エレナが息を呑む。
「アルが吸魔陣のコアを解体したあの瞬間! その『解体された』というシグナルそのものが、海竜の体内にある爆縮核の【起爆スイッチ】を入れるようにプログラミングされていたのですッ!!」
二、 膨張する破滅と、孤高の守護者
オルタの突きつけた残酷な真実は、教国ルミナという組織の、あまりにも冷酷で徹底した「悪意」の証明であった。
少年料理人の『命を救おうとする優しい一振り』を逆手に取り、それを引き金にして完全なる破壊を呼び起こす。それが、神の計算式の恐ろしさだ。
『――――海竜の心臓部のマナ圧力が、臨界点を突破!……あと三分ッ! 三分後に、海竜の体内にある神聖爆縮核が起爆します!――――』
オルタの声が、雨音の消えた静かな海に響き渡る。
「起爆したら……どうなるんだよ!」
カルムが叫ぶ。
「海竜の巨体は木端微塵に吹き飛びます。そして、内包された数万トン分の圧縮マナが解放され……この忘却の海全体と、海洋都市アクアリアを、跡形もなく蒸発させる【超空間爆発】を引き起こしますッ!!」
「海ごと蒸発させるだと……ッ!?」
ギルが、操舵輪からへたり込んだ。
「そんな……。じゃあ、俺たちが命懸けでやったことは……全部、この街を吹き飛ばすためのスイッチを押す行為だったってのかよ……ッ!」
絶望が、再びシーホーク号の甲板を濃密に覆い尽くした。
「ギョオォォォォォォォォォォ…………ッ」
その時、海竜が、血を吐きながらも、ゆっくりとシーホーク号の方へその巨大な顔を向けた。
激痛に身をよじり、体表から黒い光を漏らしながらも、その群青色の瞳には、確かな「理性の光」が残っていた。
海竜は、アルの姿をじっと見つめ、小さく、優しく喉を鳴らした。
(……逃げて。……僕から、遠くへ……)
それは、アルの胸の『炉』へ直接届けられた、海竜の魂の最後の声であった。
「……えっ?」
アルが目を見開く。
海竜は、自らの体内に破滅の爆弾が起動したことを悟っていた。
そして、自分を救ってくれたアルたちや、愛するアクアリアの街を巻き込まないために、彼が取った行動は。
ザパァァァァァァァァァァンッ!!!!
海竜は、空へ向かって一度だけ高く跳躍すると、そのまま巨大な頭を下へ向け、漆黒の深海――忘却海溝のさらに奥深く、マントルに届くほどの超深淵へ向かって、猛烈なスピードで潜行を開始したのだ。
「あいつ……! 自分が爆発する前に、海の底の底まで沈んで、被害を少しでも食い止めようって気かッ!」
ギルが、海竜の悲壮な覚悟に気づき、拳を甲板に叩きつけた。
「やめろッ! お前は海神だろうがッ! なんでお前ばっかりが……そんな目に遭わなきゃならねぇんだよッ!」
大自然の守護者は、自らの命を犠牲にしてでも、海と人間を護ろうとしていた。
自分自身は、教国の冷たい爆弾となって、暗く冷たい海の底で孤独に粉々に砕け散る運命を受け入れて。
三、 諦めない料理人、海竜の懐へ
「……そんなの、絶対にダメだッ!!」
静まり返った甲板に、アルの悲痛な、しかし圧倒的な熱量を帯びた絶叫が響き渡った。
アルは、カルムの腕から抜け出し、シーホーク号の船首へと走り出した。
彼の漆黒の瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ出している。だが、その手には、燦然と輝く『黒鉄の包丁』が固く握り締められていた。
「アル!? 何をする気だ!」
カルムが慌ててアルの肩を掴む。
「離して、カルムッ! 僕は……あの子を助けに行く!!」
アルは、海竜が沈んでいった暗黒の海面を真っ直ぐに見つめた。
「あの子は……僕のご飯を、まだ食べてないじゃないかッ!」
アルの言葉は、まるで子供の駄々のように聞こえるかもしれない。
だが、それは彼が「料理人」として掲げる、絶対の存在意義であった。
「僕は料理人だ! 途中で下ごしらえを放り出したり、食材を見捨てたりなんか、絶対にしない!……あの子が冷たい海の底で一人ぼっちで泣いてるなら……僕が一番温かいスープを作って、一緒に食べて、笑わせてあげるんだッ!!」
アルの胸の『炉』が、これまでにないほど激しく、太陽のように燃え盛る。
その熱量は、恐怖も、教国の悪意も、すべてを焼き尽くし、世界を温めるための無限の慈愛の炎であった。
「アル……。でも、あいつはもう深度二千メートルを越えてるぞ! エレナの結界なしで生身で飛び込めば、お前が一瞬で水圧で潰されちまう!」
カルムが必死に説得する。
「エレナさんはマナ切れで動けない! でも、僕には……僕にはカルムがいるじゃないか!」
アルは、振り返り、涙で濡れた顔でカルムの目を真っ直ぐに見つめた。
「カルムの炎なら……どんなに冷たい海だって、僕の道を作ってくれるって……僕は信じてるよッ!」
四、 カルムの真の炎、アルを導く道
「……ッ!」
アルの真っ直ぐな言葉が、カルムの胸の奥底を、ドスゥンッと強く撃ち抜いた。
(カルムの炎なら、僕の道を作ってくれる)
その言葉は、深海で自分の炎が通用せず、「俺は役立たずだ」と絶望していたカルムの魂を、根底から救い上げる絶対の光であった。
カルムは、己のボロボロの、火傷まみれの両拳を見つめた。
敵を壊すためだけの、怒りと憎しみの火種。
それが、海という包容力の前で完全に消し去られた。
だが。
もしこの炎が、「アルを護るため」、そして「アルの料理(想い)を届けるため」だけに燃えるのだとしたら。
それはもはや、破壊の火ではない。
大自然の冷たさを温め、凍えそうな命を包み込む【命の暖炉】となるはずだ。
「……一人で背負い込むんじゃねぇよ、コック長」
カルムは、アルの肩を掴む手に力を込め、ニッと不敵な、そしてこれまでにないほど穏やかで力強い八重歯の笑みを見せた。
「俺は、お前の『最高の火力』だろ? お前の鍋を温めるのが、俺の仕事だ」
カルムは、自分の身体の奥底――スラムのゴミ山で作られた「怒りの回路」を自らの意志で焼き切り、アルから貰った「温かなスープの体温」を新たな燃料として、全毛術回路を再構築した。
ボワァァァァァァァァァッ!!
カルムの両拳から、炎が吹き上がる。
だが、それはこれまでの荒々しい赤蓮の炎ではなかった。
深海の静かな青さと、太陽の温かな赤色が混ざり合った、【群青と緋色の極光炎】。
それは、破壊するためではなく、ただ純粋に「護り、生かすため」に燃え盛る、真の強さを得たカルムの炎であった。
「ギルッ!!」
カルムが船長へ向かって叫ぶ。
「俺とアルを、あの海竜まで届ける! お前の最高の操舵と、ワイヤーで命綱を頼むぜッ!!」
「……ハッ! 言われるまでもねぇッ! 獲物を逃がす捕鯨船長がどこにいるッ!」
ギルが、息を吹き返し、操舵輪を力強く握り締めた。
「オルタ! 海竜の爆発まで、あと何秒だッ!」
「残り、一分四五秒ッ! 海竜は現在、深度五〇〇〇メートルの超深淵へ沈降中! 圧力限界を突破していますッ!」
「十分だぜッ!! 行くぞアルッ!!」
カルムは、アルの小さな身体を左腕でしっかりと抱え込むと、シーホーク号の甲板を蹴り、暗黒の海面へ向かって、自ら真っ逆さまに飛び込んだ!
ドボォォォォォォォォォンッ!!!!
「燃えろッ!! 海を壊すんじゃねぇ……海を温めて、アルの道を作れェェェェェッ!!」
カルムが海中へ突入した瞬間、彼の右拳から【群青と緋色の極光炎】が爆発的に吹き出し、二人の身体を完全に包み込んだ。
その炎は、海水に触れても消えることはなかった。
カルムの炎が海水の温度を瞬時に上げ、二人の周囲に「高圧の水蒸気のドーム(気泡の結界)」を作り出し、深海の恐るべき水圧と冷気を完全に中和・遮断したのだ。
ズバァァァァァァァァァァァァッ!!!!
まるで海の中に光のトンネルが開通したかのように。
カルムの炎が作り出す水蒸気の道を通り、二人はロケットのような凄まじい速度で、超深淵へと沈んでいく海竜を猛追していく!
「カルム! すごいよ! 全然冷たくない!」
アルが、カルムの胸の中で目を輝かせる。
「へっ……当たり前だろ! 俺の炎は、お前を温めるための特等席だからな!」
カルムの顔に、苦痛はない。
己の真の炎の形を見出した彼は、深海の暴力すらも乗り越え、ついに『海に届く炎』を手に入れたのだ。
五、 究極の解体、海竜の体内(心臓)へ
『――――深度五〇〇〇メートル! 海竜の尾びれを捉えましたッ!――――』
シーホーク号からのオルタの通信が、マナの糸を通じてカルムの脳内に響く。
「見えたぜ、アルッ!!」
カルムの炎のトンネルの先。
暗闇の底で、全身から黄金と漆黒の斑の光を漏らしながら、死を待つために沈んでいく海竜の巨体があった。
「でも、爆弾は海竜の身体の中だよ! 外からじゃ解体できない!」
「だったら、中へ入るしかねぇだろッ! オラァァァァッ!」
カルムは、炎の推進力をさらに上げ、海竜の巨大な頭部を回り込み、その真正面へと飛び出した。
「開けろォォォォォッ!!」
カルムが放った炎の気泡弾が、海竜の閉ざされた巨大な顎にぶつかり、優しく、しかし確かな衝撃を与えて口をこじ開けた。
「行くぞアルッ!!」
二人は、開かれた海竜の口腔内――まるで巨大な洞窟のような食道(魔力回廊)の中へと、そのまま一直線に突入していった!
海竜の体内。
そこは、青白い生命マナの輝きと、教国が植え付けた漆黒の魔導回路が複雑に絡み合う、異様な空間であった。
二人がマナの気流に乗って海竜の最深部――【心臓の空洞】へと滑り落ちると。
そこには、恐ろしい光景が広がっていた。
直径二十メートルはあろうかという、太陽のように膨張し、今にも弾け飛びそうな極限のエネルギーの塊。
黄金とドス黒い赤が入り交じり、表面からはバチバチと空間を切り裂くような稲妻が走っている。
教国の最終兵器――【神聖爆縮核】。
「あれが……海竜の心臓に寄生してる爆弾……ッ!」
カルムが、あまりの熱量とプレッシャーに息を呑む。
「『――――警告……起爆シーケンス最終段階……残り一五秒……一四……一三……――――』」
爆縮核から、無機質なカウントダウンが響き渡る。
その時。
アルの脳内に、海竜の意識が直接流れ込んできた。
(……どうして、来たの。……ここは、もうすぐ壊れる。……僕ごと、全部無くなる。……だから、逃げて……)
心臓の壁面に同化するようにして浮き上がった海竜の精神体(青い光の竜)が、悲しそうにアルを見つめていた。
「逃げないって言ったでしょ!」
アルは、カルムの腕から飛び降り、爆縮核の真正面へと立ちはだかった。
超高熱のマナの嵐がアルの小さな身体を吹き飛ばそうとするが、アルは両足を踏み締め、一歩も退かなかった。
「君は……まだ、一番美味しいスープの味を知らないじゃないか!」
アルは、腰の『黒鉄の包丁』を滑らかに抜き放った。
刀身から、アルの命の火『炉』が放つ、すべてを温める【金銀の創世極光】が、爆縮核の暗い光を押し退けて眩く吹き上がる。
「教国が詰め込んだ、冷たくて苦しいだけの毒……! 僕の包丁で、君の心臓から完全に切り離してあげるッ!!」
『――――八……七……六……五……――――』
カウントダウンが残り五秒を切った。
爆縮核が極限まで膨張し、表面の光が白飛びするほどに臨界に達する。
「行けェェェェェェッ、アルゥゥゥゥゥッ!!!!」
カルムが、背後からアルの身体を包み込むように、群青と緋色の極光炎を放ち、アルの包丁の『火力(切れ味)』を究極まで引き上げる!
アルの【真理の目】が、爆縮核の中心にある、たった一ミリの『起爆の因果の結び目』を完全に捉えた。
「【真・理・解・体――――究・極・抜・髄】―――――――――ッ!!!!!!!!!!!」
アルが、全身の魂を乗せて、金銀の極光を放つ黒鉄の包丁を、爆発寸前の神聖爆縮核のド真ん中へ向かって、真っ向から振り下ろした!!
六、 完全なる解体と、海竜の魂の救済
シュパァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
海竜の体内で、究極の下ごしらえの閃光が炸裂した。
アルの包丁の刃先が、爆縮核の「爆発を起こすための教国のプログラム回路」だけを、ミクロの精度で完璧に切り離したのだ。
ピタッ……。
『――――エラー……起爆因果……ロスト……――――』
無機質なカウントダウンが、残り〇・一秒のところで完全に沈黙した。
爆発の引き金を失った神聖爆縮核は、もはやただの「超高密度に圧縮されたマナの塊」でしかなかった。
「今だッ! 【再・創・生】ッ!!」
アルが、切り裂いた爆縮核の中心で、包丁をくるりと一回転させた。
カァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!
起爆因果を失った黄金と漆黒の爆縮核が、アルの包丁の熱によって瞬時に中和(浄化)され、海竜本来の、美しく透き通った【純粋な青銀の生命マナ】へと一気に還元・爆散したのだ!
「ギョオォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!」
海竜の心臓が、歓喜の産声を上げた。
還元された莫大な生命マナが、海竜の枯渇していた全身の魔力回廊へと血流のように行き渡り、教国に破壊されていた細胞や心を、瞬く間に完全に修復・再創生していく。
(……あたたかい。……これが、君のスープの味なんだね。……とっても、美味しいよ)
海竜の精神体が、アルへ向けて最高の笑顔(安らぎ)を見せ、光の粒子となって海竜の肉体へと溶け込んでいった。
「……よかった。ごちそうさまでしたッ!」
アルが、満面の笑顔で黒鉄の包丁を鞘へ納める。
ズゴォォォォォォォォォンッ!!
海竜の肉体が、完全復活のエネルギーを得て、深度五〇〇〇メートルの超深淵から、海面へ向かってロケットのような凄まじい速度で急浮上を開始した。
「やったな、アルッ!! 完璧な料理だったぜッ!」
カルムが、アルをガシッと抱きしめ、喜びの雄叫びを上げる。
ザバァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
海洋都市アクアリアの沖合。
澄み切った青空の下、鏡のように穏やかな海面を突き破り、五十メートルの海竜の巨体が、水しぶきと七色の虹を纏って、空高く、どこまでも美しく跳躍した。
その背中には、黒鉄の包丁を腰に提げたエプロン姿の少年と、彼を護り抜いた赤髪の相棒が、太陽の光を全身に浴びて誇らしげに立ち並んでいた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「海神様が……! 海竜が、本当の姿に戻ったぞぉぉぉぉッ!!」
アクアリアの街と、埠頭で待つシーホーク号から、街が揺れるほどの割れんばかりの大歓声と、歓喜の涙が海風に乗って響き渡る。
破壊の兵器に変えられ、自らの命を絶とうとした孤独な大自然の守護者。
彼を死の淵から救い出したのは、決して諦めることを知らない少年料理人の無限の慈愛と、己の弱さを乗り越え「真の炎」を手に入れた相棒の熱き絆であった。
教国ルミナの冷酷な悪意を完全に粉砕し、海竜の命を真の意味で解き放った。
チーム『最高の厨房』による、海洋都市アクアリアを舞台とした激動の死闘は、ここに、これ以上ないほど温かく、そして眩いばかりの【完全なるハッピーエンド(救済)】を迎えたのであった。




