あたしのかわいいリコちゃん人形
カラー禁止の校則を真面目に守っているのに、莉子の髪はほんのり明るいブラウン。
他に誰もいない放課後の教室で、あたしは絹糸のように滑らかなその髪を櫛で梳く。
この柔らかな手触りが、人形遊びに夢中になった子供の頃にリンクして、あたしの手のひらに微熱を持たせる。
「莉子は絶対オレンジが似合うわよ。高校出たら、あたしがカラーしてあげる」
「それじゃほんとにリコちゃん人形と同じになっちゃうじゃん」
あたしのおせっかいにも、莉子はいつも屈託なく笑って答える。
二人きりでフィルムの中に閉じ込められたみたいな時間。
長い髪が、夕陽の茜色に染められて輝きを増していた。
――…
高校に入学した日、隣の席のクラスメイトを見たあたしは息を呑んだ。
すとんと流れ落ちる髪と、眉の上で切り揃えられた前髪。お星さまが宿ったような黒目がちの瞳と濃いまつげ。ほっそりした手足。
女の子なら誰でも知っている着せ替え人形が、そのまま人間になったような子だったから。
初めて莉子を見たその日、あたしにはささやかな夢ができた。
そのちょこんとしたピンク色のくちびるで「桃」と名前を呼ばれるたび、胸がざわめいた。
◇
あたしが五歳の頃、ママは男と出て行った。こんな田舎は嫌だって。
それで残されたあたしが寂しくないようにと、パパはあたしの欲しがるものを何でも買ってくれた。服でも、おもちゃでも。
特に好きだったのが、着せ替え人形のリコちゃん。ドールだけでも何体も持っていたし、オシャレな洋服や小物もたくさんあった。エレベーター付きのおうちや、氷が出てくる冷蔵庫も。
中でもお気に入りだったのはドレッサーだ。お人形がもっと可愛くなるようにメイクペンでお化粧してあげたり、髪の色を変えてアレンジしたり、それに合うコーディネートを考えて胸をときめかせた。何時間でも遊んでいられた。
「名前が同じなので、よくリコちゃん人形って言われますけど、でもわたしの中身を知るとみんな『なんか違う』って言います。なんでかは知りません」
高校で友達になった莉子は、自己紹介でけろりとそう言って笑いを取るような子だった。
キラキラした夢の世界のお人形みたいなのに、口を開けばカラッとしていて、ちょっとガサツで庶民的で。
誰とでも気さくに話すので、みんなに好かれた。
◇
一年生の夏。
莉子がある男子に話しかけられているのを見かけた。サッカー部エースのイケメンだか何だか、いわゆる校内カーストのてっぺんにいるような先輩だ。
莉子はいつもの調子だけど、その男の莉子を見る目は明らかに妙な熱がこもっている。
それを裏付けるように、そいつが莉子を落とすと息巻いているという噂が流れた。
その時だ。あたしの中に、アスファルトを揺らす陽炎のような、むわっとした熱が芽生えたのは。
――リコちゃん人形には公式のボーイフレンドがいる。アオ君という名前の人形だ。
中性的な顔立ちで、都会的でスマートで。帰国子女のモデルという設定まである。
それに引き換えあの男、まあこの校内では無双なのかもしれないけど、しょせんド田舎の高校で粋がってる程度の器。
莉子の隣に立っていいのは、アオ君みたいに洗練された男の子だけなのよ。あんたごときがその場所に立とうだなんて、一億年早い。
あたしの理想の世界観をぶち壊してくれるんじゃないわ!
そんな思いを抱きながら、後日、あたしは件の先輩にそっと近付いた。
「せんぱぁい。桃と仲良くしませんかぁ?」
自分でいうのもなんだけど、あたしだって見た目はそこそこ可愛い。属性は小柄なゆるふわ系。ただ、リコちゃんとは系統が違うので自分の顔は嫌い。
でもその男は、あたしが瞳を潤ませ上目遣いで迫ると簡単に落ちた。
ほらね。そんなコロッと気が変わるような奴、莉子に近付けるわけに行かないじゃない。
◇
人気者の莉子には、次から次へと身の程知らずの害虫が寄ってきた。
そのたびにあたしは裏で奴らを誘惑し、莉子から引き離した。
どいつもこいつも鏡を見たことがないのかしら。
おかげで、あたしはめでたく男をとっかえひっかえする小悪魔の称号をゲットした。だけど、莉子の隣に低ランクの男が立つことを考えたら、そんなのはどうでもよかった。
「桃~、そのうちどこかから恨みを買って刺されちゃうかもよ」
「大丈夫よ~。ちゃーんと後腐れないようにやってるから」
莉子本人にすら呆れられてるけど、それでいい。
キラキラ可愛いリコちゃんが、そんな汚いことを知る必要はないのよ。
ある日、教室で授業を受けていると、ふと前の席の男子が黒板じゃない方へ視線を向けているのに気付いた。
図体がでかくて、鳥の巣みたいな頭のその男子は、草田才造――通称・クソダサいぞうと呼ばれる奴だ。
そのダサいぞうが、外を見るふりをして、窓際の席の莉子を見ていた。古くさい眼鏡の奥の眼差しに、ぽっと宿る温度。あたしにはそれが分かった。
――才造、お前もか。
無理もない。莉子はこんな奴まで「さいぞー」なんて気軽に呼んで親し気に接するんだから。
だけど、どうしよう。こいつも牽制しておく必要があるだろうか。
いや――こいつを今までの男たちと同じように手なづけるなんて、さすがに無理。ってか嫌。
才造とは小学校から一緒だったけど、あんまりしゃべったこともない。勉強はできるけど、他は何をやらせても鈍くさくて、ズレていて。
こんなボーっとした奥手にどうせ何もできやしないし、できたところで莉子が振り向くわけがない。
ま、こいつは放っておいても無害でしょ。
放置決定。
◇
「桃ちゃん! 俺と付き合ってください!」
一度だけ、向こうから告白してきた男と付き合ったことがある。それは才造の他にもう一人、あたしにとって積極的に落とす必要の生じない男――莉子のお兄ちゃんだった。
その時は莉子を狙う輩もいなかったし、本人――頼人のことも生理的に受け付けないほどじゃなかった。校内でも目立つ陽キャの権化だったし、そういうやつと付き合えばハクがつく、みたいなのってあるじゃない?
無理に繋ぎとめる必要もないので、頼人の前では猫なで声を出さず、ブラック桃ちゃんで押し通した。
「桃ちゃん、付き合ってみると、思ってた印象となんか違うなぁ」
「そう? どう思ってたか知らないけど、過度な期待をされても困るわ」
「俺の前では素を出せるってこと!? 嬉しいんだけど!」
待て、そうじゃない。なにこいつ。ポジティブすぎてダルい。足臭いし。
というわけで、また莉子に危機が迫ったタイミングで、他に好きな人ができたと告げてお別れした。
◇
三年生になり、卒業後のことを考える時期を迎えた。
進路相談の順番を待つ間、あたしと莉子はいつものように教室でファッション雑誌を広げ、ヘアアレンジやメイクのまねごとをして遊んでいた。
主にあたしがよく莉子の髪をいじった。美容師になりたいから練習させてという口実で。
「桃は札幌の専門学校受けるんでしょ? 美容系の」
「うん。莉子は?」
「わたしも同じ、札幌。ネイルに特化した学校があるから、そこ行きたいの」
それを聞いたあたしは、内心ガッツポーズをした。
これでまた莉子のそばにいられる。それともうひとつ――都会へ行けば、アオ君みたいな男の子がいる可能性が高い。莉子に相応しい、洗練されたボーイフレンドが見つかるかもしれない。
そして次の春、あたしのその願いは見事に叶った。
進学して移り住んだ街で、莉子は累君とかいう彼氏を作った。合コンで、名門私大に通うエリートと出会ったらしい。
「めっちゃ優しくてさぁ。わたしの冗談にもお腹抱えて笑ってくれるんだよね」
そう言って惚気ながら莉子が見せてきたスマホの画像には、女の子かと思うほど綺麗な顔立ちの男の子が写っていた。
その夜、アパートへ帰ったあたしは、クローゼットからリコちゃんとアオ君の人形が入った箱を取り出した。リコちゃん一式の大半は実家へ置いてきたけど、この二体だけは連れてきたのだ。
まずリコちゃんをそっと抱き上げると、自然と口元が緩んだ。
「良かったね、リコちゃん……ようやくアオ君と出会えたのね」
次に、アオ君の胴体部分をがしっと掴んだ。
そして、油性マジックでそのサラサラの金髪を黒く塗り染めた。さっき莉子に見せてもらった累君は、黒髪の貴公子だったから。
最近は、リコちゃんに着せる服も、莉子が好むテイストに近いものをよく選ぶようになった。
そうやって莉子とその彼氏に似せた人形を並べて座らせ、アオ君にリコちゃんの肩を抱くような姿勢を取らせる。二体の人形の目線を合わせ、見つめ合わせた後、小さなくちびる同士をゆっくりと重ね合わせた。
あまりの美しさに、心が蕩ける。
この可愛い虚構の世界が、とうとう現実でも叶えられた――その事実にあたしは深く満たされた。
――だから、わずか半年で莉子がふられた時、あたしは怒りに震えた。
世界がせっかく完璧に整ってたのに、その男、なにを勝手に終わらせてくれてるのよ……!
◇
初恋が破れた莉子は、それでも気丈に振る舞っていた。
同じ高校から一緒に都会へ出てきた同級生のグループで集まって遊んだ時、そこでの失恋報告もだいぶ無理をしていたと思う。
「大丈夫! わたしにはみんながいるから!」
強がってるのが分かって、痛々しかった。
その時、あたしはふとカラオケルームの隅に座っている男の存在に気付いた。あの鳥の巣頭の才造だ。この仲間内では一番いい大学に入って、ちゃっかり莉子と近所のアパートを借りているらしい。
大して歌う気もないのに、格好だけデンモクをいじりながら、目線は違うところを向いている。
あいつ、まだ莉子のこと見てるのか。
高一の時からだから、もう三年? 四年?
それだけの間、ずっと片思いしてんの? 何も言わず、何もせず。
信じられない越えて、キモッ。
身の程知らず――ではないか。分をわきまえてるからこそ足を踏み出せなくて、想いを秘めたままでいるんだろう。
ばかみたい。とっとと忘れるか、砕けるかしちゃえばいいのに。そうして次に――って言っても、こいつが次に行ったところで結果は知れてる。
あーあ、ほら。他の男子に勝手に曲入れられて、歌うハメになってる。『君が好きだと叫びたい』って。叫べよ。莉子もタンバリン振ってイエーイとか言ってる場合じゃないのよ。
なんかだんだん腹が立ってきた。
クソダサいぞうなんて、キラキラリコちゃんの世界とかけ離れた存在じゃない。なのに、そんな奴に限ってこんなに一途だなんて。
認めない。許さない。
許せない――!
翌日、あたしは自分の通う専門学校の実習室に、才造を呼びつけた。
目的も分からず呼び出され、ヘアカット用の椅子に座るよう命じられた才造は、明らかにびびっていた。
「なん……何が始まんの」
「このあたしが! あんたを実験台……じゃない。練習台にしてやるって言ってんのよ」
「髪……いや、頸動脈でもカットする練習?」
「いいから座んなさい!」
まるで処刑台にでも上るような顔で腰を降ろした才造にクロスをかけ、あたしは櫛と鋏を動かし始めた。本人の希望なんて聞く気はない。
「……一体いつから切ってないのよ。もっさもさじゃない」
「確か……半年以上前? 忘れた」
「忘れんな」
こいつを見てるとフラストレーションが募って仕方ない。ぼそぼそしたしゃべり方といい、ただ広いだけで丸まった背中といい。
自分で身なりを整える努力もしないで。少しでも莉子に釣り合う男に近付けるようにって、願うことすら放棄して。見てるだけでいいって?
そんな人生の何が楽しいの? 生きてる意味あんの?
ほんといらいらする。鬱蒼とした後頭部に、鋏をぶっ刺してやりたいくらいに。
「あんた、莉子のこと好きなんでしょ」
低い声でそう尋ねると、鏡越しの才造はわかりやすく顔を赤らめた。
「なっ……なん……別に」
「そんなんじゃないって誤魔化して、諦めてるだけでしょ」
自然と口調がきつくなってしまう。
「あんたって昔からそうよね。小学生の頃も、いつもみんなのやりたくないことばっか押し付けられてさ。掃除も最後までやってたのはあんただけだったし、学年で飼ってた蚕の世話も、ほとんど一人でやってた。嫌だ、ズルいって主張しないから。いつも諦めることを受け入れてさ。どうせ自分なんかとか思ってるんだろうけど、あたしに言わせれば、ただの怠慢よ。自分に価値をもたせる努力を怠ってるだけ。そういうの見てると、むかむかするのよ」
言い過ぎだってのは分かってる。でも、止められなかった。
はじめはオロオロしていた才造も、思うところがあったのか、しだいに考え込むような顔つきになった。
「……桃の言うとおりだと思う」
カットした髪がぱさりぱさりと落ち、足元の床を黒く覆っていく。
それと反比例して才造の頭は軽くなり、やや角ばった輪郭やうなじがはっきり見えるようになった。耳まで赤くなっているのも分かった。
ついでに、自生し放題の眉毛もちょんちょんと整えてやった。
「できたわよ」
思いのほかうまく行った。クセを活かした無造作風ヘアに仕上がっている。
「どう? けっこういいと思うけど……ってか、あんた」
ちゃんとすれば、それなりにちゃんとするじゃない。
今までじっくり見たことがなかったから気付かなかったけど、顔のパーツひとつひとつは案外形がいいし、配置も悪くない。気だるい系だけど、普通にかっこよ――いや、錯覚?
あれ? あたし、ひょっとしてすごい原石を発掘してしまったんじゃ……
「眼鏡がないから見えない。どこ置いたっけ」
目の前の台の上にあるがな。ポンコツな中身までは変えられない。
「コンタクトにしなさい。あと服も! 今着てんの、よれよれだしダッサいから! ウニクロか、欲を言えばバルコにでも行って、頭からつま先までマネキンと同じの買って来なさい! それと背筋伸ばすこと! 分かったら、もう帰っていいわ」
「はい……」
そう言って帰り支度をし、才造は部屋を出ようとした。だけどそこでピタッと立ち止まり、あたしの方を見ずボソリと呟いた。
「でも……俺みたいなのに好かれたって、莉子が迷惑するんじゃ」
この期に及んでそんなセリフが出たことに、あたしの苛立ちは最高潮に達した。
決して才造のためを思ってとか、そういうことじゃない。ただ、言葉がまるで響いていないのに腹が立ったのだ。
気が付くと、あたしは才造の尻を思い切り蹴飛ばしていた。
「痛ってぇ!」
才造らしくない、大きな声が漏れた。
「何すん……だ……」
振り返った才造がぎょっとしたことで、あたしは自分がぼろぼろ涙をこぼしていることに気付いた。
「……もういい。ひょっとしたら二代目アオ君になってくれるかも……なんて一瞬でも思ったあたしがばかだったわ。一生そうやって殻に閉じこもって、そのままクソダサジジイになってろ! もう帰れ!」
二代目アオ君て何――と言いかけた才造を部屋から叩き出し、バンッと勢いよくドアを閉めた。
――違う。
あれは才造に言ったんじゃない。
あたし自身に言った言葉。
あいつを見てるといらいらするのは、自分と同じだからだ。
それからまた年月が流れた。
紆余曲折あったものの、才造と莉子は数年の交際を経て婚約したらしい。
お礼と報告をしに来た二人に、あたしは思いっきりドヤ顔で言い放った。
「ふふん。あの時、あたしが才造の尻を蹴っ飛ばしたおかげよね。せいぜい感謝なさい」
「うそ、そんなことあったの? 初耳なんだけど!」
ゲラゲラ笑う莉子と、その横で苦笑いの才造。
表向き、これでもかと恩を着せてやったけど、本当は感謝なんてされたくなかった。
あたしをリコちゃんの世界の登場人物にしないでよ。あのキラキラの世界に、こんな腹黒い小悪魔なんて存在しちゃいけないのよ。莉子を護る必要がなくなった後も、男遊びの癖が抜けなくて、ゲーム感覚で楽しんでるこんな女が。
結局、あたしもママと同じ人種だったってだけ。
莉子と出会ったあの日以来、抱いていた夢ももういい。
ここしばらくクローゼットの奥にしまい込んだままだったリコちゃん人形セットを、あたしは捨てることにした。
◇
週末、田舎に帰省してその作業をした。
アパートに持って行っていた分と、実家に置いてあったものと全部、リコちゃん一式をまとめてゴミ袋に詰め込み、庭へ運んだ。ドールも、洋服も、おうちも何もかも。
「おっ。桃ちゃん、帰ってきてたの?」
そこへ声をかけてきたのは、目の前の道路を軽トラックで通りかかった男だった。
「……頼人?」
ほんの少し付き合っていた、莉子のお兄ちゃんだ。高校を出たあと地元に残り、農家を継いだとは聞いていた。金髪の根元が伸びたところだけ黒くて、顔も日焼けで真っ黒で。いかにも田舎のヤンキーって感じ。だけど、ニカッと人懐っこく笑うところだけ昔のままだ。
「断捨離でもしてんの? 手伝おっか」
「……いい」
「遠慮すんなって~。今、時間あるからさ」
「いいってば!」
って言ってんのに、軽トラをうちの前に停めて、ズカズカ入り込んできた。そんな頼人が持ち上げようとしたゴミ袋を奪い返そうとしたはずみで、ビニールが破れて中身が出てしまった。
何も着ていない状態のリコちゃん――それと、髪が不自然に黒く塗られたアオ君。そのそばに、作りかけの人形サイズのウェディングドレス。
いつか莉子がお嫁さんになる時、これをリコちゃんに着せてプレゼントするのがあたしの夢だった。もちろん、タキシードを着せたアオ君と一緒に。
だけど、いざとなると、アオ君を才造と重ねるなんて死んでもしたくなかった。だから、この世界ごとお別れすることにした。
だって、こんなの以前の才造と一緒だから。自分が傍観者でしかないただの虚構にしがみついて、登場人物になることを諦めているのはあたしの方だった。
それを見た頼人は何か察したのかもしれないし、何も考えていないのかもしれない。
「懐かしいな~。うちも莉子含めて妹が三人いるからさ、こういうのいっぱいあったぞ。あっ、これと同じ子、うちにもいたわ」
そう言って頼人が拾い上げたのは、リコちゃんのお友達のクルミちゃん人形。髪の毛がふんわりウェーブで、柔らかい雰囲気の女の子だ。
「これ、桃ちゃんと似てない?」
「やめてよ!」
あたしはつい声を荒らげた。
「リコちゃんの世界に、あたしみたいな汚い女がいちゃダメなのよ! 冗談でもそんなこと言わないで!」
頼人はあたしが突然叫んだことに驚いたようだけど、大きく動じはしなかった。
「別にいーんじゃね?」
けろりとしている。そういうところが莉子とよく似てる。
「空想の世界だって、現実だって、そりゃ色んな面があるさ。パッと見キレイでも、裏はドロドロ、なんてよくあるじゃん」
――だから、そういうことじゃないのよ。
現実がドロドロしてるから、せめて自分の空想の世界では……って話をしてるのに。言葉の通じない奴。
と思いつつ、変なことに囚われている自分がばかなんだろうかって一瞬思った。
「これ、捨てないで取っておこうよ。俺と桃ちゃんの子供が女の子だったら使えるじゃん」
「なんであんたと子供作ることになってんのよ」
「いやぁ。今、絶賛嫁さん募集中でさ~」
「だからって、色々すっ飛ばしすぎでしょ!?」
そんなことがあってたまるか!
あるわけない……けど。
でも、その世界線なら、あたしも登場人物に――それどころか、主役になれるだろうか。
もう何十年も女の子たちに愛されてきたリコちゃん人形のボーイフレンドは、現在のアオ君で六代目になるらしい。
その時代ごとに世相を反映した理想の男の子像がモデルになっているというので、もしかしたら次は、ちょっとかっこ悪いボーイフレンドが登場することもあるかもしれない。
だって今は、色んな人がいてもいいって風潮だから。
そう思うと、不意に涙が込み上げた。
「えっ? そんなに俺のプロポーズ嬉しかった!?」
「そんなわけないでしょ!」
そう、そんなわけない。
きっと表情が変わらないアオ君とは違って、頼人がヘラヘラ笑うせいだ。
【完】




