第4話 竜王様の宝物庫整理
理解に苦しむ。
目の前の光景は、分類不能な混沌だった。
眩い黄金の輝きと、泥だらけのガラクタが同居している。
「……陛下。説明を求めます。」
私は眼鏡を押し上げた。
冷たい視線を隣の巨躯に向ける。
「ん? 俺の宝だ。」
ジークフリートは胸を張った。
悪びれる様子はない。
ここはドラゴニア帝国の宝物庫。
国家の資産を保管する最重要区画のはずだ。
だが、その実態は「高価なゴミ捨て場」だった。
「この、ひび割れた壺もですか?」
「ああ。百年前に拾った。」
「では、こちらの干からびたトカゲの尻尾は?」
「それもだ。珍しい色だろう?」
彼は愛おしそうに、薄汚れた尻尾を拾い上げた。
私は深いため息をつく。
頭痛がした。
執務室の掃除より厄介かもしれない。
あちらは単なるゴミだったが、こちらは「所有者が価値を主張するゴミ」だからだ。
「分類を開始します。」
私は腕まくりをした。
手には軍手。
口元にはマスク。
完全防備だ。
「分類? 全部俺のものだぞ。」
「いいえ、違います。法的な資産区分を明確にします。」
私は持参したチョークで、床に三つのエリアを描いた。
線を引きながら、ビジネスライクに告げる。
「第一エリアは『国家資産』。建国の秘宝や外交儀礼用の武具など、公的な価値を持つものです。」
「ふむ。」
「第二エリアは『個人資産』。陛下が私的に収集されたもので、かつ客観的な価値が認められないものです。」
「……言い方が刺々しいな。」
「第三エリアは『廃棄対象』。衛生的に問題があるもの、破損して修復不可能なものです。」
ジークフリートが色めき立った。
金の瞳が鋭く光る。
「待て。捨てるだと? 俺のコレクションを?」
「管理コストの無駄です。倉庫の床面積には限りがあります。使わない物を置いておく余裕はありません。」
私は足元のガラクタを指差した。
錆びた鉄屑。
欠けた茶碗。
ただの丸い石。
これらが、純金の王冠や魔剣と一緒に転がっているのだ。
棚卸しをするだけで数ヶ月はかかるだろう。
「交渉しよう、レティーシア。」
「却下します。」
私は即答した。
情に流されてはいけない。
これは断捨離ではない。
国家財政の健全化だ。
不要な資産を抱え込むことは、リスク管理の観点からも推奨できない。
「ですが、譲歩案は用意しています。」
私は第二エリアを指した。
「陛下の『個人資産』については、専用のディスプレイ棚を設置します。そこに収まる分だけは、どんなガラクタ……失礼、コレクションでも保持を認めます。」
「……棚?」
「はい。ガラス張りの、照明付きの棚です。以前、執務室を片付けた際に見つけましたね? 綺麗な石を並べるのに良さそうだ、と。」
かつてゴミ山から発掘した際、彼が興味を示していたのを記憶している。
あの時は書類整理で手一杯だったが、今回はそれを利用する。
ジークフリートは少し考え込んだ。
自分のガラクタが、美しく飾られる様を想像しているのだろう。
単純な反応だ。
「……棚に収まる分だけ、か?」
「はい。それ以外は処分、もしくは国庫への正式登録とします。」
「わかった。やってみろ。」
許可が出た。
私は即座に行動を開始した。
まずは国家資産の救出だ。
ガラクタの山に埋もれた「本物」を掘り出す。
鑑定スキルは持っていないが、長年の王宮勤めで目は肥えている。
魔力を帯びた武具や、歴史的な意匠が施された装飾品を慎重により分ける。
「これは……初代皇帝の剣ですね。」
錆びた鉄屑の下から、青白く光る剣が出てきた。
刀身にドラゴニアの紋章が刻まれている。
国宝級の代物だ。
こんなところに放置するなど、管理責任を問われても文句は言えない。
「ああ、それか。切れ味が悪いから放っておいた。」
「研いでください。いえ、専門の職人に委託します。これは国家の象徴であり、私物化は認められません。」
私はそれを第一エリアへ移動させた。
帳簿に記入する。
『資産番号001:皇帝剣アスカロン』
所有者はドラゴニア帝国。
管理責任者は竜王。
使用権は竜王にあるが、売却や廃棄は議会の承認が必要だ。
作業は続く。
ジークフリートは手伝おうとせず、私が選別する様子をじっと見ていた。
時折、「それは俺の!」と口を挟むが、私が「棚に入りませんよ?」と言うと大人しくなる。
躾の行き届いた大型犬のようだ。
数時間が経過した。
宝物庫の床が見え始めた。
第一エリアには、燦然と輝く財宝の山。
第二エリアには、どんぐりや綺麗な石、変な形の木片など。
第三エリアには、本当のゴミ。
「……随分とスッキリしたな。」
ジークフリートが呟いた。
その声には、少しの寂しさと、それ以上の驚きが含まれていた。
「ええ。埋蔵資産の総額を試算しましたが、小国の国家予算十年分はあります。」
「そんなにか。」
「はい。これらを適切に運用すれば、国境警備隊の装備を一新し、さらに城壁の修繕費も捻出できます。」
私は帳簿を閉じた。
これが「整理」の力だ。
死蔵されていた資産を流動化し、国力へと変換する。
私にとっては、パズルを解くような快感だった。
「さて、お約束の棚です。」
私は部屋の隅に設置した棚を示した。
ガラス扉のついた、重厚な木製のキャビネットだ。
備品倉庫から徴発し、磨き上げておいた。
中には、ジークフリートが選んだ「個人資産」がきれいに並べられている。
川原で拾った丸い石が、ベルベットの布の上で照明を浴びていた。
欠けた茶碗も、こうして飾れば現代アートに見えなくもない。
ジークフリートは棚の前に歩み寄り、ガラス越しに中を覗き込んだ。
「……ほう。」
感嘆の声。
彼は扉を開け、石の位置をミリ単位で修正した。
嬉しそうだ。
床に転がっていた時よりも、遥かに大切にされているように見える。
「悪くない。いや、良い。」
「お気に召して何よりです。」
「レティーシア。お前は……魔法使いか何かか?」
彼は振り返り、真顔で尋ねてきた。
「ただの秘書です。整理整頓は魔法ではありません。論理と物理の積み重ねです。」
「論理、か。俺には一番縁遠いものだな。」
彼は苦笑した。
その表情は、出会った頃の無気力なものではない。
少しだけ、王としての理性が宿り始めている。
自分の持ち物を把握し、価値を認めること。
それは、自国を統治する第一歩だ。
「ですが、これで終わりではありません。今後、新しい物を拾ってきた場合は、この棚から何か一つ捨てていただきます。」
「なっ……。」
「定数管理です。際限なく増やせば、また元のゴミ屋敷に戻りますから。」
私は釘を刺した。
甘やかしてはいけない。
ルールを守らせることこそが、真の教育だ。
契約に基づき、私は彼の生活を管理する権利と義務を持っている。
「……鬼だな。」
「優秀と言ってください。」
私は軍手を外した。
手についた埃を払う。
仕事は完了だ。
これでまた一つ、この城の機能不全が解消された。
ジークフリートは棚の石を愛でながら、不意に言った。
「カミルが言っていた。『彼女は城の空気を変えた』と。」
「換気を徹底しましたから。」
「そうじゃない。……まあ、いい。助かった。」
小さな声だった。
礼を言われるとは思っていなかったので、私は少し驚いた。
契約上の業務を遂行しただけだ。
だが、悪い気はしない。
かつての職場では、どれだけ成果を上げても「当然」と切り捨てられた。
ここでは、私の仕事が正当に評価され、感謝される。
その事実が、胸の奥をじんわりと温めた。
「どういたしまして、ボス。残業代の請求書に追加しておきます。」
「金かよ。」
彼は呆れたように笑った。
私もつられて、少しだけ口角を上げる。
その時だった。
懐に入れていた通信用の魔導具が震えた。
私物だ。
アズライト王国から出国する際、懇意にしていた商会の支店長に渡しておいたものだ。
『何かあれば連絡を』と。
私は眉をひそめ、通話ボタンを押した。
ジークフリートも気配を察し、私を見る。
『……レティーシア様ですか?』
「ええ。どうしました?」
ノイズ混じりの声。
焦っている。
『緊急の報告です。アズライト王国の行政機能が……停止し始めています。』
「想定通りですね。」
『いえ、想定以上です。予算執行が滞り、衛兵への給与支払いが遅延。一部でストライキが発生しています。さらに……』
支店長は言葉を濁した。
嫌な予感がする。
『王太子殿下が、貴女の捜索命令を出しました。「国家反逆罪」の容疑で。』
空気が凍った。
国家反逆罪。
身に覚えのない冤罪だ。
私はただ、辞表を出して(正確には解雇されて)転職しただけだ。
それを、自分たちの無能を棚に上げて犯罪者扱いとは。
「……そうですか。」
声が低くなるのが自分でもわかった。
怒りではない。
失望だ。
どこまでも、あの男は成長しない。
「レティーシア?」
ジークフリートが近づいてきた。
私の表情の変化を感じ取ったのだろう。
金の瞳が、心配そうに覗き込んでくる。
その純粋な光が、今は救いだった。
「問題ありません。少し、古巣が騒がしいようです。」
私は通信を切った。
過去は捨てたはずだった。
だが、向こうが捨ててくれないらしい。
ならば、徹底的に対処するまでだ。
私には今、守るべき契約と、手のかかるボスがいるのだから。
「戻りましょう、陛下。おやつの時間です。」
「……ああ。今日は焼き菓子がいい。」
彼は何も聞かなかった。
ただ、私の背中を軽く押した。
その不器用な優しさに、私は前を向く力を得た。
宝物庫の扉を閉める。
重い金属音が響き、混沌は秩序の中に封じ込められた。
だが、遠く西の空には、新たな嵐の予兆が黒い雲となって渦巻いていた。




