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第一章7【再会まで、00:00:00】

 正確には、三月生まれの今世の自分が間もなく六歳になる頃、真冬の一月、ある午後のことだ。


 昼食を終えた際允あいゆるは、図書室で適当に選んだ絵本を抱えて、いつものように陽の当たる窓際の隅を見つけて、腰を下ろした。


 実際、彼は絵本をただの小道具として脇に置いて、通りがかりの大人たちに「精神年齢が身体年齢に合っている」という等身大の印象を強めるために使っているだけで、読むつもりなど毛頭ない。


 しかし、他にすべきことも、できることもない。際允あいゆるはただ窓の外に広がる冬枯れの荒涼とした裏庭をぼんやりと眺めている。


「本当に退屈だ」


 漏れ出たのは、意味のない溜息だった。


 火の国のあらゆる教育機関が冬休み中のため、午後何もせずにここで過ごしている。けれど、新学期が始まったところで、この退屈が解消されるわけでもないと思うと、「なぜわざわざ転生しなければならなかったのか」という問いが、幾度となく脳裏をよぎる。


 ――六年前死んで、そのまま魂が散って、転生なんかしなかったら良かったんじゃないか?

 

 だが、その問いに応えてくれる者は一人もいない。際允あいゆるは無力感に苛まれながら、ただ無言で冬の空を睨みつけた。


 その時だ。


 遠くない廊下から慌ただしい足音が近づいてくる。続いて、図書室の入り口からある聞き慣れた女性の声が響く。


 「目暁まさとくん、ここにいたのね!」


 それは孤児院の先生の一人だ。


 際允あいゆるは顔を上げ、即座に「物分かりの良い子供」の微笑みを貼り付けた。

 

「先生、こんにちは。どうしたんですか?」


「あのね、子どもを引き取りたいと仰った方が一人いらっしゃってね。ここの子全員に会いたいと頼まれたの。目暁まさとくんもその方に会に行こう?」


「……」


 思わず断ろうとした。


 が、顔合わせという極めて一般的な要求を拒めば、かえって不自然な印象を与えてしまう、と際允あいゆるは考えた。今は素直に従っておくのが上策だと判断する。


「わかりました」


 絵本を片付けて、立ち上がって図書室の入り口に向かう。女性は彼の手を引いて、その人が待つ応接室へと連れて行く。




【再会まで、00:10:✖✖】



 □□



目暁まさとくん、みんなと一緒にここで待っていてね。今からその方を連れてくるから」


 女性はそう言い残して応接室を後にした。


 際允あいゆるは部屋を見回した。自分と同じくらいの年齢の子供たちが数名、部屋の中に集まった。多くはそれぞれ親しい友たちと話したり遊んだりしているが、一人でぼんやりしたり、持ってきた本を読んだりしている内向的な子もいる。


 それならば、自分も隅っこでぼんやりしていても、目立ちはしないだろう。際允あいゆるはそう考えて、入り口から最も遠い対角線上の隅へと歩いて、座った。


 あまり自分から話をかけない性格であることを知っていたからか、誰も話しかけてきていなかった。際允あいゆるは安心してただ閉ざされたドアを静かに眺めていた。


 間もなく、廊下から二人分の足音が聞こえてくる。部屋のドアノブが外側から回される。


 先ほど彼を連れてきた女性がドアを開けて、一足先に中へ入る。そして、後ろに続く誰かを招き入れるように、恭しく手振りを添える。際允あいゆるはついに現れた「来客」の顔を、その視界に捉える。


 そして、固まる。


 入ってきたのは、二十代と思しき青年だった。


 茶色の短髪、その髪色によく似た温かみのある茶色の瞳。そして、左目の下に泣きぼくろが一つある。


 身長は百八十センチメートルほどだろうか。引き締まった体つきに、黒のスーツを完璧に着こなしている。その整った顔立ちはどこまでも優美で、唇には親しみやすさと朗らかさを湛えた笑みを浮かべる。


「こちら、さっきみんなに話しした方——止湮としずさんです」


「げほっ、ごほっごほっ……!」


 自分の唾液でむせてしまった。




 止湮としず・ミレカーだ。

 二十四歳の止湮としず・ミレカーだ。




 際允あいゆるの記憶にある十八歳の止湮としず——厳密にいえば四月生まれの彼がまだ十八歳になっていなかった頃と比べても、その造形にほとんど変化はない。


 容貌が優れたことは相変わらずだが、少年の幼さは完全に削ぎ落とされて、成熟した大人の男の風格が漂っている。少し背が高くなったことで、体つきも一層引き締まったように見える。


 ――なぜ止湮としずがここにいる?


 子供を引き取りたい、だと?止湮としずはまだ二十四歳の誕生日も迎えていないこの若さで、わざわざ孤児院を訪れて子供を養子に迎おうとするほど子供好きな人間なのか?際允あいゆるにはそういった覚えは全くなかった。


「皆さん、こんにちは」


 止湮としずは柔和に笑いながら挨拶して、部屋の中をゆっくりと見回す。一人一人と視線を合わせていく。


 そして、際允あいゆると目が合った瞬間、止湮としずの視線がぴたりと止まった。六歳の子供――目暁まさとの外見をしている際允あいゆるを、止湮としずはじっと見つめている。


 なんだかよくない予感がする。


 平静を装って止湮としずの視線を受け止めながら、先ほど止湮としずの名前を聞いた時にうっかり唾液でむせてしまったのが、どうやら目立ちすぎた、と際允あいゆるはその失態を反省している。背中に冷や汗が少し出たと感じる。


 数秒後、止湮としずの視線は静かに他の子供たちへと移っていった。


 もう大丈夫なのだろうか?安心してもいいだろうか?


 相変わらず穏やかな表情を崩さない止湮としず。自分の中に「際允」の影を見出したのかどうか、今の際允あいゆるにも流石に判断がつかなかった。


「わざわざ集まってもらって申し訳ない。好きにすればいいよ。僕のことを気にしないでもらいたい」


 観察を終えた止湮としずは、子供たち全員に向かってそう告げた。


 そして彼は隣に立つ女性の先生に顔を向けて話しをする。ドアから離れた位置にいる際允あいゆるの耳には届かないほど微かな声で。


 これから止湮としずが何をするのかは分からない。だが、胡散臭いと思われないよう、際允あいゆるは近くの子供から絵本を一冊借りて、本を開いて顔を隠すように立てて、ついでに本に集中しているふりをした。


 数分後。突如として、ドアの付近から足音が響く。


 際允はすぐに、それが硬い革靴の音であることを聞き分ける。


 止湮としずが、歩き出した。


 そしてその足音がどんどん大きくなって、こちらへと近づいてきていると際允あいゆるが感じる。やがて際允あいゆるが掲げた絵本の下の隙間から、目の前に止まった黒い革靴が見える。


 ……終わった。


「やあ、君と少し話をしたいんだけど、ちょっといいかな?」


 この上なく穏やかで、しかし逃げ場を許さない意志を孕んだ声で、止湮は彼に問いかけた。




 【再会まで、00:00:00】

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