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第一章6【転生開始、??:??:??】

【選択肢、其の一】


【転生開始、??:??:??】




 再び、目を開ける。


 想定していたのは病院で、あるいは少なくとも、慣れ親しんだ自分の部屋で意識を取り戻すのだろう、という状況とは異なって。意識を回復した時に際允あいゆるの目に映るのは、全く見知らぬ天井だった。


 後頭部と背中に伝わる、柔らかく頼りない感触。今の自分がベッドか何かに横たわっていることだけは理解できた。手足を動かそうと試してみるも、体がひどく鈍くて重く、思うように上体を起こして座ることすら、今の自分にはできない。


 五感だけが正常に機能しているようだ。なんとも奇妙な感覚。


 そう考えながら、際允あいゆるは現状を問うべく口を開いて、「誰かいないか」と助けを求めようとしたが――、




「うっあ……うわぁ――」




 鼓膜を震わせたのは、赤ん坊が放つ意味をなさない産声だった。


 ……は?


 際允あいゆるが固まった。


 ――今のは、まさか僕が発した声ではないよな?


「わあ! 目暁まさとが起きたのね! お腹が空いたんでしょう? 待っててね、ミルクを用意してくる!」


 一人の女性が弾んだ声でそう言った。際允の記憶には一切ない、見知らぬ声。


 ……まさか……。


 彼は、自身の常人離れした理解の速さを、この時ほど心底から憎んだことはなかった。



 □□



 頭脳明晰な際允あいゆるの推測通り、彼は今、目暁まさとと名付けられた赤ん坊になっている。


 この現状と、意識を回復する前の自分は、十八歳となった日の夜に輝絡てつなという男に腹を刺されて意識を失った、という記憶を繋ぎ合わせれば、一つの結論は容易に導き出される。


 それは、際允あいゆる・ランニオンが殺害された後、その魂が目暁まさとという名の赤ん坊に()()した、ということなのだ。


 際允あいゆるの知る限り、ほとんど火の国の国民が信仰する「火の教」のみならず、他の国・宗教においても、輪廻転生はこの世界における比較的普遍的な概念だ。これほど広く人々に信じられている以上、もし本当に存在したとしても、さほど驚くには値しない。少なくとも際允あいゆるはそう考えている。


 自分のように前世の記憶を保持したまま転生した事例など聞いたことがないが、何しろ際允あいゆるが生まれ育った火の国は、市民全員が火を操る超能力を有する国だ。自分もまた、何らかの超能力によってこんな異常な状態になったのではないか。彼はどこか他人事のように、そんな風に考えている。


 これほど迅速、かつ冷静に転生という現実を受け入れられたのは、自身の受容力が高いからなのか。それとも、抗いようのない運命を受け入れる以外に、選択肢がないと悟ったからなのか。それは際允あいゆる自身にもわからないが。


 たとえ中身が「際允あいゆる」という十八歳の青年の記憶・意識・自己認識を保っていようと、今の体は紛れもなく未熟な赤ん坊で、頻繁に抗えぬ眠気に襲われて、一日の大半を眠って過ごす日々を余儀なくされてしまう。


 短い起きていた時間に、たまたまに聞いた断片的な会話の内容を一つ一つ繋ぎ合わせることで、ようやく際允あいゆるは転生後の自分に関することを把握し始めた。


 今世の自分は孤児であり、際允あいゆるが死んだ同じ年に生まれたこと。そして今いる場所が、が火の国のとある孤児院であること。数日が経過して、際允あいゆるはついにそれらの事実に辿り着いた。


 睡眠に支配された赤ん坊にとって、体感時間は恐ろしいほどに速かった。目暁まさとは瞬く間に話せるようになって、歩けるようになって、そしてようやく限定的な自由を手に入れた。


 前世の際允あいゆるも、同い年の人たちよりも遥かに優れた賢さのおかげで、早くから大人たちの注目を集めて、早々に養子に迎え入れられた子供だった。


 今の彼がいかに年齢に相応しい普通の子供を演じようと努力しても、中身が際允あいゆる・ラン二オンである目暁まさとは、些細な不注意から、孤児院の大人たちに、体の年齢に見合わない学習能力を簡単に気づかれてしまった。


 本当は、今世の自分は前世の記憶があることを他人に知られること自体、際允あいゆるはそれほど気にしていない。しかし、もしそれが発覚すれば、説明するのが面倒だけでなく、精神的に障害を持つ者として扱われたり、特殊なケースとして科学実験に連れて行かれたりする可能性が考えられる。


 もともと人目を引くことを好まない。生まれつきの性格に基づいて、この事実を隠し通すのが最善の選択肢だと、際允あいゆるは考えている。


 とはいえ、前世と同様に、孤児であるため、大人たちが彼の賢さに気づいたものの、「これなら気にかけなくてもいいじゃないか」「すぐに引き取ってくれる人が現れるだろう」といった考えしか持たず、誰一人としても心底から彼のことを気にしてはいなかった。


 そのためか、前世の記憶を保持しているという事実は、誰にも暴かれずに済んでいた。


 際允あいゆるは、これを()()だと考えるべきかどうかわからない。前世の彼は、自分が孤児であることを()()だと思い込んでいたはずなのだが。



 □□



 孤児院での生活は単調で退屈だが、際允あいゆるの主観においては極めて足速に過ぎていく。


 気づけば、今世の自分は間もなく六歳になろうとしていた。際允あいゆるが死んだ年に生まれた目暁まさとが六歳になるということは、際允あいゆる・ランニオンの死から既に六年近近い歳月が流れたことを意味していた。


 今日まで、孤児院を訪れた大人の中には、今世の自分と養子縁組を希望したのは十数人いた。彼の賢さと精神的早熟さに感銘を受けて、彼を引き取りたいと申し出た。


 しかし、養子に迎えられて、誰かの子供となって、新しい家族と暮らすようになると、今のように大人たちからの関心が薄くある程度の自由がある生活よりも、前世の記憶を持っている秘密が露見するリスクも格段に跳ね上がるだろう、と際允あいゆるは思っている。


 そうなれば、今よりもさらに神経をすり減らして子供を演じ続けなければならない、そんなあまりに疲弊する生活を過ごすようになるに違いない。そう考えてた際允あいゆるはすべての打診を、愛想のなく断り続けた。


 どの子供も早く養子に迎えられ、幸せな人生を送ることを孤児院の大人たちは望んでいるが、それでも彼らの意思を尊重してくれる。その好意のおかげで、彼はこの六年間孤児院に留まり続けることができたのだ。


 際允あいゆるの観察によれば、自分の演技をもってしても、体の年齢を遥かに超える言動で引かずに済むようになるには、少なくとも目暁まさとが中学生になる頃、つまり十二歳前後まで待つ必要があるだろう。


 それまは、どんな養子縁組の提案もすべて断る。際允あいゆるはそう固く決意していたのだ。


 しかしその不退転の決意も、今世の彼が六歳を迎える直前、脆くも崩れ去ることになる。




【転生開始、05年10月21日】

 ややこしくなる承知の上、目暁まさとの言行を決めているのは際允あいゆるの意識だ、ということをより明確にしたいため、これからも地の文に際允あいゆるの名前で主人公の視点の話を書きたいと思います。

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