表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/56

第一章46 約束を信じてくれた君へ

「自殺なんかじゃない。絶対に」


 際允あいゆるがこれほどまでに冷徹、かつ断固として言い放つとは思わなかったのか、濡葉ぬれはは一瞬、呆気に取られたように言葉を失った。

 だが、やがて彼女の瞳に小さな希望の光が宿る。濡葉ぬれはは縋るような笑みを浮かべ、際允あいゆるを見つめる。


「よかった。あなたなら、何か知っているはずだと思っていたよ」

「え……?」


 今度は際允あいゆるが呆然とする番だった。

 なぜ、自分が「何か知っている」と思われていたのか。


「私たちも、ミレカーくん……止湮としずくんの両親、ミレカー夫婦の反応が不自然だと感じているの。必ず裏があるはず。もし止湮としずくんが本当は殺されたのだとしたら、それを自殺に偽装する最大の容疑者は、あの二人なんだから」


 高校時代からの知人とはいえ、親しい間柄ではなかったせいか、濡葉ぬれはは未だに止湮としずを「ミレカーくん」と苗字で呼ぶ癖が抜けていないようだった。


「それに、もし推測通りあの二人が直接的、あるいは間接的に止湮としずくんを死に追いやったのだとしたら、近いうちに私たちは守秘契約への署名を強要されるはず。……だから今のうちに真実を伝えて、あなたの協力を仰ぎたいの。……本当に、ごめんなさい。具合も悪そうなのに、父親を失った直後、しかもこんなに幼いあなたに、こんな……」


「先輩、この子に()()を見せてやってください」


 沈黙を守り続けていた墨然すみしかが、ようやく重い口を開いた。

 濡葉ぬれはは躊躇う素振りを見せたが、すぐに意を決したように再び際允あいゆるへ向き直る。


止湮としずくんの遺体から、()()が見つかったの」


 遺書?


――『君が残したとされる遺書や遺言など、何一つ見つからなかった』


 脳裏に止湮としずの声が蘇る。

 際允あいゆる・ランニオンの()()の件では、現場に遺書など一通も遺されてはいなかった。

 同じミレカー夫婦による隠蔽工作だとしても、このような差が生じたというのか。それとも、手を下した犯人が異なっていたせいか。


 濡葉ぬれははポケットからスマホを取り出し、画面を操作しながら説明を続ける。


「筆跡鑑定の結果はまだだけど、私たちはミレカー夫婦による偽造ではないと考えているの。おそらく止湮としずくんが実家に帰る前に書き上げて、服の中に隠していた。だからミレカー夫婦に見つからず、処分されずに済んだのかもしれない。これを見つけた時の夫婦の驚きようは、私たちには、とても演技とは思えなかったから……」


 つまり、本当に止湮としず自身が遺したものである可能性が高い、ということだ。


 前世の自分の時は遺されず、今回の止湮としずの時には遺された。この違いがあったのは、止湮としずが事前に用意し、物陰に隠したからなのか。

 止湮としずは、最初から両親が自分を害そうとしていることを悟っていたのだろうか。実家へ向かう前に自らの死を予期し、真実を暴くための手がかりを、遺書という形で秘匿していたのか。


 でも、実の息子を殺す指示を出すような冷酷な人間が、これほど致命的な綻びを見逃すとは、際允あいゆるには想像しがたい。

 たとえ止湮としずが遺したものであっても、実はミレカー夫婦は警察を呼ぶ前に既に気づき、何らかの意図を持ってあえて放置した可能性はないのか?


 だとすれば、濡葉ぬれはの言葉はどういうことだろう。火の教会の警察機関において、優秀とされる人々の目さえも欺くほどの演技だったというのか。

 あの抜群の秀才たちに、微塵の疑念も抱かせないほどの?それはそれで、到底信じられる話ではない。


「問題は、その内容が誰にも()()()()()()ことなのよ。ここ数年、あなたを除いて、誰よりも彼と接していた墨然すみしかくんにも。ミレカー夫婦も、知らないと」


 内容が、理解できない?

 鋭敏な頭脳を持つ墨然すみしかにさえ解けず。十数年も共に暮らした両親にさえも知らず。


 なぜ止湮としずは、そのような遺書を遺したのだろうか。誰かに伝えたいことがミレカー夫婦に露見すれば、遺書ごと消されると踏んだからか。

 しかし、それでは一体、誰がそれを解読できるというのだ。


「もしこれが止湮としずくんの最期のメッセージなのだとしたら――、その意味を解き明かすことこそが、真相究明と真犯人逮捕の鍵になるはず。だから、あなたを頼るしかないの」


 専門家である警察も、家族であった両親も理解できない内容を、際允あいゆるなら解けるかもしれない、というのか。

 止湮としずは、際允あいゆるにしかわからないメッセージを遺したというのか。


 際允あいゆるが約束の相手だから。()()()()()止湮としずが絶対に自殺などしないと確信できる人間だから。


 濡葉ぬれはが手を伸ばし、際允あいゆるの前にスマホを差し出した。


「お願い。もし何か心当たりがあれば、教えて。どんなに地味で、細かいことでも構わない。何でもいいの」


 際允あいゆるは震える手を上げ、それを受け取った。


 画面に映っているのは、一枚の写真。

 白い紙が鮮明に写し出された。そこには、際允あいゆるが見間違えるはずもない筆跡で、黒いインクの一行が記されていた。

 二回の人生、合わせて九年の歳月を共にした際允あいゆるには、一目でわかる。間違いなく、止湮としずの字だ。




『ごめん、約束を守れなかった』




……。

……。

――嘘つき。




 結局、止湮としずはあの両親のために自殺を選んだのか。

 止湮としずの心の中では、やはりあの両親の方が重要だったのか。

 彼らこそが、血の繋がった「本当の家族」だったからなのか。

 だから、際允あいゆるとの約束を違えてまで、あの両親のために死ぬことを選んだというのか。




――『君は、死んでも構わないような存在じゃない。君が死んだら、悲しみ、苦しむ人間がいるんだ』

――『僕は悲しい』

――『昨日から、僕らは家族になっている。家族を悲しませるようなことはしないでくれ。いいか?』

――『約束するよ、僕は自殺しない。そのかわり、君も自分の命を大切にしてくれ。』




――嘘つき。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ