表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/56

第一章40 その言葉に怒る者

 この六年間、止湮としず墨然すみしかを家に招く時と同じように、一階の保全室から来客確認の連絡がインターホン越しに届く。

 際允あいゆるは迷わず、解錠の同意を告げた。


 その後、繋ぎっぱなしの電話越しに、墨然すみしかが一階のロビーのドアを開ける音が聞こえてきた。おそらく、これからエレベーターホールへと足を進めているだろう。


「すぐに来るとは言ってたけど、早すぎないか? まだ三分しか経ってないぞ」


 墨然すみしかが通話を切るなと命じたので、際允あいゆるは受話器に向かって疑問を投げかけた。

 親しいようでいて、その実、どこか遠い存在。そんな墨然が相手であっても、この張り詰めた夜に誰かと会話ができるだけで、神経はいくらか和らいでいく。


「さっきまで聖堂にいた。今はもう出ているが、まだこの近くにいるからな」


 墨然すみしかの声は、相変わらず淡々としている。


「え? まさか、歩いてきたのか? いや、走ってきたのか?」

「ああ。俺なら走った方が早いと思うので」


 墨然すみしかの口から出ると、それが自慢なのか単なる事実の報告なのか、判断に窮する。


 つまり、さっきまでの三分間の静寂は、墨然すみしかは彼らの家へと走って向かっていた時間だったということか。

 たとえスマホを手に持っていたから際允あいゆるが気づかなかったのだとしても、走り終えたばかりで自分と話している今、墨然すみしかの声からは明らかな息切れすら聞こえてこない。


――こいつ、一体どんな体力をしているんだ? 超人か?


 さすがは墨然すみしか、と言うべきか。

 根拠はないが、止湮としずにも同じことができそうな気がしてはいたけれど。


「聖堂に行って、何かわかったことある?」


 何も収穫がなかったからこそ、墨然すみしかが最初に言及しなかったのだろう。そう理解しつつも、際允あいゆるは確認せずにはいられなかった。


「何も。俺が聖堂に着いた時には、もう誰もいなかった」


――やはり、か……。


「そっちの安全を確保したら、また止湮としず先輩を捜しに行く」


 際允あいゆるの落胆を察したのか、墨然すみしかの声は彼なりに、極めて微かな優しさが混じっていた。


「ありがとう」


 際允あいゆるもそれに応じる。


「でも、なぜ今来なきゃいけないんだ? あの男がまた戻ってくるとは限らないんだし」

「おそらく、奴は管理事務室に鍵を借りに行ったんだろ。火の教会の人なら、教会の指示で来た可能性もある。その場合、管理員から鍵を借りるのは難しくないはずだ」


 もしその仮説が正しいのだとするなら、止湮としずの身体の自由は現在、火の教会に掌握されている、ということになる。

 その可能性に、墨然すみしかが気づいていないはずがない。そんなことくらい際允あいゆるははっきりとわかっている。

 それでも墨然すみしかがあえてその点には触れなかったのは、際允あいゆるを気遣っているからだろうか。


「事件を追っていることが、教会にバレてしまったのか?」


 もし本当に、際允あいゆる・ランニオンの死の真相を探っていることが露見して、止湮としずが拘束されているのだとしたら――。

 家に人を寄越したのは、証拠探しのためだけではない。

 止湮としずの唯一の家族である際允あいゆるをも束縛し、止湮としずを脅迫するための人質にする。そんな最悪のシナリオさえも考えられる。


 墨然すみしかもそれを察したからこそ、これほどまでに際允あいゆるの身を案じているのか。


「そうかもしれないな。だが、たとえそうだとしても、今はそこを気にすべきじゃない」


 まるで、日常の延長線上にあるかのように、淡々としたまま。

 まるで、止湮としずの安全なんかどうでもいい、とでも言っているように。


「君に危険が及ぶ可能性がある以上、そっちに行く必要がある」

「……」

「もちろん、俺の推測に過ぎない。実際は全く関係ない、別の事情があるのかもしれない。なにしろ、今のところ君が言ったような人物は見当たらない。もう立ち去ったのかもしれない」


 今の言葉が墨然すみしかの取り越し苦労などではなく、極めて合理的な推測であることを際允あいゆるは知っている。

 だが、際允あいゆるにとって何よりも重要なのは、止湮としずを見つけ出し、その無事を確認すること。


――自分の命よりも、ずっと。


 寒気が手足の先から、じわじわと全身へ侵食していく。際允あいゆるは抗えられず、再び力なく座り込んでしまった。


「だから、最初から止湮としず()()()()()をするのに、反対だった……」


――自分の命を大切にすると約束したのに、自ら危険に身を投じるなんて、そんなの、約束を破ったことに等しいんじゃないのか?


()()()()()のために……」


 止湮としずに二度と会えないかもしれない――。その絶望に蝕まれ、彼はついに心の内を零した。


 電話の向こうから、墨然すみしかのため息が聞こえた。


「その言葉、止湮としず先輩の前で言えるか?」


 墨然すみしかは、低く問いかけた。


「……」


 言えるはずがない。相手が止湮としずではないからこそ、口にできたのだ。


「なら、なぜ()()()()()()()()()と思ってるんだ?」


 墨然すみしか際允あいゆるの無言から、その考えを見透かしたようだ。

 際允あいゆるは一瞬、呆然とした。


――もしかして、墨然すみしかくん、怒っているのか?


 墨然すみしかが激昂する姿も、怒りを含んだ声も聞いたことがない際允あいゆる。正確な判断はつかないが、胸にはそんな疑念が浮かんでしまった。


 だが、墨然すみしかが怒る理由などどこにもないはずだ。

 墨然すみしかは前世の際允あいゆるとは大して親しくもなかった。その事件が、彼にとって一体何の重要性を持つというのだろうか。


 なぜ止湮としずの前では言えないのか?


――当然、止湮としず目暁まさとが僕の転生であることを()()()()()からだ。


 事件の当事者であり、死者であった自分のために、これほどの危険を冒して、力を尽くしてくれている人間を前にして、その想いを踏みにじるように残酷な言葉を吐けるはずがない。

 最初は止湮としずにやめさせるために、あえて「価値のない」と突き放したけれど。あれから、ずっと「しなくていい、気にしない」と強調してきたのもその理由で。


 なぜ墨然すみしかになら言っていいと思ったのか?


――当然、止湮としずとは違って、墨然すみしか()()()()のだから――。




……。

……え?

――ちょっと待って。




墨然すみしかくん、まさか君は――」




 コツ、コツ、コツ――




 足音が、彼の言葉を無慈悲に遮った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ