第一章34 君の輪郭をなぞる
それは今世の際允が十二歳の頃、ある日のこと。
「じゃあ、学校に行ってくる。またね」
「気をつけてな」
朝、別れの挨拶を交わし、際允は一足先に家を出た。
あの時はまだ雲一つない快晴だったが、昼過ぎになると、盛夏を象徴するような激しい雷雨が降り出した。
幸いにも、際允が小学校を終える午後四時前には、空はすっかり元の晴天へと戻っていた。
放課後、際允はいつものように小学校近くの駅から地下鉄に乗り、住まいの最寄り駅で降りると、慣れ親しんだルートを辿って家へと向かう。
一階の管理員に軽く挨拶を交わす。「火の教会」の職員ではない彼は、鍵を使って正面玄関のドアを開けるしかなかった。
エレベーターで五階へ上がり、心に安らぎを抱かせるほど見慣れた扉の前まで来ると、見慣れた、それでいて心に安らぎを覚える大門の前へと歩む。
いまだにセンサーが修理されていない家のドアを、もう一本の鍵を使って開けた。
まだ四時半というこの時間、止湮が帰宅しているはずもなく、誰もいない室内は予想通り薄暗い。唯一の光源は、リビング奥にある掃き出し窓と、彼が開けた玄関から忍び込む僅かな日光だけだった。
家の中に入り、ドアを閉め靴を脱ぐ。角の空いたスペースに靴を揃えて置き、制服の一部である濃紺のニーソックスのまま、リビングへと足を踏み入れる。
電気をつけ、室内の明るさを確保する。それから自室に行き、ランドセルを無造作に置き再びリビングに戻った。
放課後のこの一連の動作は、既に身体が記憶しているほど習慣化していた。
だが、もうすぐ今世の自分は小学校を卒業して中学生になる。
そうなれば通学路も時間も変わって、このルーティンも変化するだろう。際允はどこか他人事のように、淡々とそんなことを考えている。
リビングのテレビをつけ、いくつかのニュース番組を切り替えながら、今日の火の国内のニュースをざっと確認した。それからスマホを取り出し、未読メッセージがないことを確かめると、傍らのリビングテーブルに置いて充電する。
暇を潰すため、テーブルの下に収納されている本の中から、一冊を適当に抜き出して手に取る。表紙と裏表紙に目をやると、読んだことのない小説であるとわかった。
際允はその本を開き、読み始めた。
際允には書店や図書館に通う趣味はなく、自ら本を買うこともほとんどなかった。
家にある本――止湮の話によれば、その大半は止湮が「帯契者」を相続してこの家に引っ越してくる前からあったもので、前の住人が残していった遺産のようなものだという。
一部は止湮が時折思いついて買ってきたもので、それらは彼の自室や、リビングテーブルの引き出しの中に収まっている。
止湮からは、家にあるものは何でも自由に使っていいと言われていた。当然、これら数十冊に及ぶ、多種多様なジャンルの本も含まれる。
それどころか止湮は、リビングテーブルにあるのは自分が特に気に入った本で、いつでも読み返せるようにここに置いているのだ、と。
今、際允が手に取っているのも、おそらくはその中の一冊であろう。
前世の高校時代から、止湮はずっとそうだった。時折、学校に小説を持ってきては休み時間にページを繰って、際允に薦めてはそ魅力を語っていた。
本人の言葉を借りれば、止湮は格別に読書家というわけではなく、ただ少しだけ小説を読む趣味があるという。
学業や部活をこなしながら、試験期間中でさえ例外なく、ほぼ一日一冊のペースで小説を読みふける止湮。
際允の目から見れば、まさに小説好きそのものだった。
最初は、際允もその薦めで、止湮から何冊か借りて読んでみたことがあった。
だが、どれを読んでも際允には興味が湧かず、止湮の期待に応えたいと思いつつもそれは叶わぬまま、大して価値のある感想を返せなかった。
止湮もそれに気づいたのか、三年間、最近読んだ本の話を際允に聞かせる習慣だけは変わらなかったが、いつの間にか、積極的に勧めてくることはなくなっていた。
止湮の趣味の一つである映画も同じだった。際允は止湮の薦めで様々なジャンルや題材の作品を鑑賞したが、結局、どのスクリーンの中の出来事にも心を動かされることはなかった。
だからだろうか、止湮は休日、映画の話が合う他の友人を誘って出かけるようにしていたが、際允を誘うことは一度もなかった。
自分には、娯楽を楽しむ神経が欠如しているのかもしれない。
そう考えてみれば、コーヒーも小説も映画も、すべて止湮の真似をしていた。
まるで止湮という人間をある種の学習対象、あるいは理想の手本としてなぞっているかのようだった。
その果てに辿り着く結論は、いつも決まって「無関心、興味なし」の一言に尽きた。
試みを重ねるたび、自分と止湮は性格から趣味嗜好まで完全に異なる人なのだという事実を、残酷なまでに再認識させられる。
たとえ前世の自分が生きていたとしても、卒業後に二人が疎遠になっていくのは、もはや自然現象にも等しい不可抗力だっただろう。それほどまでに二人の隔たりは、救いようがないほど深かった。
ふと、どこか他人事のように思った。高校時代の自分が、あれほど必死に止湮の好みに合わせようとしていたのは、その巨大な溝を埋めるための「何か」を見つけたかったから、かもしれない。
理性がその困難さを痛いほど理解していても、前向きな成果が一度も得られなくても、愚直なまでに何度も試行を繰り返した。
実は当時の心の奥底では、自分が自覚していたよりもずっと、この友情を大切に思い、止湮という友人を失うことを恐れていたのだろうか。
もし、ただ高校という環境を離れた後も、友情を維持したかっただけなら、もっと単純で効果的な方法は他にもあったはずだが。
例えば、最初から止湮と同じ学科を選んで進学すること。
どのみち際允は将来の進路にこだわりなどなかった。たとえ「火の教学系」に進んで火の教会の体系内で働くことになったとしても、自分なら適応にさほど問題はなかっただろう。
あるいは、大学に入った後、止湮を誘って外でルームシェアを始めるのも、決して悪くない考えだったはず。
止湮さえ首を縦に振れば、それは大学卒業後もずっと続けていける方法だった。
かつてそんな思いがよぎったことはあったが、際允は結局、何一つとして実行に移さなかった。
なぜなら、「どうして僕でなければならないのか?」と自問した時、自分自身でもその答えを見出せなかったからだ。
もし本当に止湮と同じ学科を選んだとして、それがどうしたというのか。
大学に入った後も、止湮が高校時代のように、食事に誘うのもグループ活動をするのも際允を第一優先にする必要など、一体どこにあるというのだ。
学問や専門知識を語り合いたいなら、際允以外にも相手はいくらでもいる。際允よりも止湮の性格や趣味に合って気の合う相手なら、星の数ほどいるはずだ。
もし本当にルームシェアを提案したとして、止湮が承諾する理由などあるのだろうか。
高校時代、互いに個室の寮に住んでいたのに、わざわざ一人暮らしを捨てて他人と同居する必要などどこにあるというのだ。
たとえ止湮に、大学時代や社会人生活において誰かと同居する意志があったとしても、互いの生活習慣も知らない際允を選ぶ必然性など、どこにもないではないのか。
止湮に「どうしてもそうしなければならない」と思わせる理由を。
「際允でなければならない」と思われる根拠も。
最後まで思いつくことができなかった。
そういった行動に意味があるのだと、自分を納得させることができなかった。
あるいは、実は逆だったのかもしれない。
自分にとって、その理由を持つことこそが、本当は何よりも重要なことだったのだ。
明確な理由もなく止湮と物理的な距離の近さを維持するよりも、その理由さえあれば、たとえかけ離れた人生を歩むことになっても構わないのだ。
もし性格や趣味において止湮と重なる部分を見つけることができれば、「際允でなければならない」理由も見つけるのではないか――。
当時の心の底にはそんな思いが潜んでいたからこそ、あの中身のない試行錯誤を繰り返していたのだろう。
高校時代の自分にとっては、それらはただなんとなく、無意識の行動に過ぎなかった。
しかし今、こうして当時の心境を客観的に分析してみれば、かつての自分がいかに滑稽なほどに甘く、幼かったかを思い知らされる。
そして今世、一つの養子縁組契約によって、彼らは「家族」になった。
まるで高校時代の、毎日顔を合わせて長い時間を共に過ごす日々が延長されたかのように。
卒業によって物理的な距離を置く必要もなく、それどころか契約を解除するか死ぬまで、永劫に延長し続けられる。いわばアップグレードされた関係だ。
友情は「彼でなければならない」理由の欠如によって脆くも崩れるが、「家族」であればそんな心配も、リスクを負う必要もないようだ。
際允が追い求めていた「理由」は、「家族」という、彼からすれば魔法のように万能な概念に、取って代わられたのだ。
それなのに、今、彼はまた止湮の好きな小説を読もうとしている。
代わりの理由を手に入れた今、契約という永続的な関係の保証がある今になってもなお、彼はまだ満足していないのか。
やはり、あの日求めた「唯一の理由」を手に入れたいと願っているのだろうか。
――自分でも、わからない。




