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第一章33 重なりゆく

 今世で六歳の時、止湮としずが初めて墨然すみしかを家に招いて話し合ったあの日。

 あれ以来、二人はおよそ二週に一回、お互いの空いている週末に、家へ集まっては調査状況を共有する習慣ができている。


 もっとも、ここ数年の調査は足踏み状態が続き、共有すべき新たな進展などほとんどないのが実情。挨拶や雑談を交わしても、すぐに終わってしまうことがほとんどだ。

 実質的な機能といえば、墨然すみしかと彼ら二人が定期的に顔を合わせるための場みたいなもの。


 もともと際允あいゆるは、時間や労力の無駄を嫌いそうな墨然すみしかのことなら、すぐにでもこの習慣の廃止か頻度の減少を提案してくるだろうと思っていた。

 しかし予想に反し、墨然すみしかは嫌な顔一つせず、そのまま何年もずっと通い続けている。


 止湮としずが、際允あいゆるにとって「理解はできるが共感はできない」存在だとするなら、墨然すみしかは最初から最後まで「何を考えているのか全く分からない」人に当てはまる。

 ただ、自分でもその理由の一端は、墨然すみしかの考えを知ることにそれほど興味がないからだ、とも自覚している。




 この日も、墨然すみしかが家に訪ねてくる約束の日だ。

 週末の午後、既にお茶と菓子の準備を整えた止湮としずと共に、際允あいゆるはリビングで待っていた。

 ふと、なぜか止湮としずが彼の顔をじっと見つめて、眉をひそめていることに気づく。


「顔に何か付いてたのか?」

「いや、ただ……」


 止湮としずは明かすのに少し躊躇っていた。


「君は、前世の君に――際允あいゆる・ランニオンにますます似ててきたな、ってさ。君は自覚がないようだけど」


 確かに、全く自覚はなかった。際允あいゆる・ランニオンがどんな顔をしていたかさえ、もはやあまり記憶になかった。今世の自分が鏡を見たところで、気づけるはずもない。


「子供だからまだ気づかれにくいんだけど、あと数年も経てば、際允あいゆる・ランニオンをよく知っていて記憶力もいい人間なら、血縁関係があるんじゃないかと疑うだろうな。それに君はもともと、前世と同じ、黒髪に青い目だし」


 そんな人間は、世界中に止湮としず一人しかいないだろう。

 だから際允あいゆるは全く心配していない。


 ただ、真剣に考えれば、際允あいゆるの二度の人生で接点があり、かつ十分な記憶力を持つ人間の中に、墨然すみしかも含まれるかもしれない。


 だが際允あいゆるの前世において、墨然すみしかとは数回顔を合わせた程度だった。

 際允あいゆる・ランニオンが死んでからこれほど年月が経った今、外見だけで彼を前世の自分と結びつけるとは到底思えない。

 何よりここ数年、墨然すみしかからそのようなことを言われたことは一度もなかった。


「まだ十一歳だし、心配するの早すぎだろ」

「うん。それに心配しても仕方のないことだしね」


 口ではそう言ったものの、止湮としずの表情にはまだ少し不安げな色が残っている。


 その時、止湮としずがリビングテーブルに置いていたスマホの画面が、ふっと明るくなった。

 止湮としずは画面を一瞥しただけ。

 メッセージをタップして内容を確認したり返信したりすることもなく、その表情にも驚きの色は微塵もなかった。

 それだけで、その通知が何を意味しているのか、際允あいゆるにはすぐに分かった。


 初めて墨然すみしかを家に招いたあの日、際允あいゆるは彼の鳴らしたチャイムの音に、激しい心理的外傷反応を起こしてしまった。

 それ以来、墨然すみしかがこの家を訪れる際にチャイムを鳴らすことは二度となかった。いつも家に着くとメッセージで知らせ、止湮としずに扉を開けてもらう。

 今のように。




 五年前、初めてこれを実施した日。


墨然すみしかくんにそう頼んだの?」


 墨然すみしかが来る前に止湮としずからその変更を聞かされた際允あいゆる、当然驚いて尋ねた。


「いや。僕もそう頼もうとは思っていたんだが、切り出す前に墨然すみしかくんの方から言い出してたんだ。これからはこうしたい、と。だから、僕も承諾した」


 予想に反して、止湮としずは眉をひそめ、首を振った。


――墨然すみしかくんが?

――なぜそんな提案を? なぜ、そのタイミングで?

 まるで墨然は《すみしか》、最初の訪問時に際允あいゆるが怯えた様子から、その原因がチャイムの音にあると推測したかのようだった。


「もしかして、この前のあれが原因?」

「さあ、どうだろうな」


 止湮としずの言葉では、墨然すみしかは多くを語らず、止湮としずもそれを深追いしなかったようだった。


 あの日、際允あいゆるはパニックの理由を「見知らぬ人間が家に入ってきたことへの恐怖」だと説明して誤魔化した。


 六歳の子供であればさほど不自然ではない言い訳だと思っていたが、墨然すみしかは最初から懐疑的だったのだ。

 他人の家の子供が少し驚いただけのことだ。誰にも無関心で子供好きでもない墨然すみしかが、ただ疑うだけに留まらず、思考を巡らせた末に正解へと辿り着たのか?

 止湮としずの不信感を買うと分かっていてなお、それを実行に移したというのか?


「でも、たとえ墨然すみしかくんが何かに気づいたとしても、それを悟られることも分かった上でやっているってことだろう。なら、彼に悪意はないということなんじゃないかな」

 心配げな際允あいゆると対照的に、止湮としずは穏やかに笑う。


墨然すみしかくんが何を考えているのか、聞いてみるつもりはないのか?」

「もし墨然すみしかくんは本当は何にも気づいていなくて、ただの偶然だったとしたら、下手に詮索するのは逆効果だろ?」


 何かを知っているという前提がなくとも、これほどの推測や行動ができるのだろうか。

 際允あいゆるはどうしても自分を納得させられなかった。

 けれど、止湮の話は反論しようがない正論であった。際允あいゆる自身も直接問いただす気がないのであれば、この疑問は心の奥底に埋めておくしかない。


 それからの墨然すみしかも、一貫して淡々とした態度を崩さなかった。もし止湮としずが打ち明けてくれなければ、際允あいゆる墨然すみしかの口から真実を知る日は永遠に来なかっただろう。




墨然すみしかくんに入ってもらうよ?」


 今、止湮としずが確認するように際允あいゆるを見た。際允あいゆるが小さく頷くと、彼はリビングを後にし玄関へと向かう。

 墨然すみしかが会議のためにここを訪れる、いつもの光景が繰り返される。




 そんな日々が、知らず知らずのうちに、今世の際允あいゆるが十二歳になる年まで続いていた。

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