第一章3【死亡まで、11:✖✖:✖✖】
視野の隅に、何かが青い光の筋を放っている。際允ㄇ無意識にその光源に目を向けると、光るのは自身の左腕——その前腕部だと気づく。
まるで誰かに青いペンで書き殴られたかのように、左腕には手首の近くから肘にかけて三行の文字列が浮かび上がっている。それらが放たれる青い光ゆえに、一見すると三本のブレスレットを嵌めているようにも見える。
近づいてよく見ても、それらの文字はどうやら際允の知っている言語にも属さない文字で、内容を読み取ることは叶わなかった。
しばらくの間、呆然とその光景を見つめていた。やがて我に返って、際允は最初に思いつくのは、その文字の意味を調べなければということだ。手っ取り早い記録手段として、右手でスマホを手に取って、カメラを起動して自分の左腕に向ける。
が、レンズ越しに映る左腕は、どこまでも平坦な普通の皮膚だった。シャッターを押しても、そこに刻まれているはずの光り輝く三行の文字列が写真として記録されることはなかった。
それでも、肉眼で見れば、自分の左腕は依然として鮮やかな青い光を放ち続けている。
やがて、その光を放つ文字列が静かにフェードアウトして、肉眼でも観測できなくなった。彼の腕は元通り、何の変哲もないいつもの皮膚へと戻る。先ほど誕生日のカウントダウンに使ったデジタル時計に目をやると、時刻は午前零時一分を示している。
予期せぬ事に思考はしばらく停止したが、際允はすぐに冷静さを取り戻した。自身の記憶にあるあらゆる知識を総動員して、状況を整理しようとする。
まず、時計は今、百一八年二月十五日——際允の誕生日を示している。彼は一分前に十八歳を迎えて、成人した。
次に、彼の学んだ知識によれば、この世の人間はすべて、成人になるその日に「契約能力」を得る。十八歳となった彼もまた、先ほど契約能力を手に入れたのだ。
そして、本に記されていた「契約成立時」の反応とは、契約内容は古文によって綴られ、契約者の腕に現れて光を放つという。その記述も、彼の左腕に起こった現象と完全に合致していた。
つまり、彼は成人と同時に、契約能力を持つようになった。その瞬間に、何らかの契約が成立したということだ。先ほどの光る文字はその内容を示していたはずだ。しかも、三行。つまりは三つの契約も結ばれたことだ。
――契約が、三つ?
いくら記憶を浚ってみても、心当たりのある契約は一つしかなかった。蔚柳・ランニオンとの養子縁組契約だ。
昨日まで際允は契約能力を持たない未成年だったので、蔚柳・ランニオンとの養子縁組契約はいわば「半成立」の契約に過ぎなかった。簡単にいえば、成人である蔚柳・ランニオンには親としての義務と責任を負わなければならない一方、未成年の際允は何もしなくていいことだった。
しかし、際允が成人した今、その養子縁組契約は正式に「完全成立」へと移行した。つまり今日から際允もまた、養子としての責任と義務を負うことになっている。
今のは際允が初めて、契約成立の瞬間を目の当たりにしたので、すぐには反応できなかった。が、蔚柳・ランニオンとの養子縁組契約が今日成立することは予想通りのことだった。それがこの中の一つだとしても、さほど驚くものではない。
となると、問題は残りの契約だ。
――あの二つは、一体何の契約なんだろう?
普段と変わりない自分の左腕を見つめて、際允は手持ちの知識だけでは答えに辿り着くには不十分だと悟る。
どうやら、それの手がかりを掴むには、わざわざ時間を作って「契約管理協会」へ相談しに行くしかないようだと考える。
――明日は金曜日で学校がある。明後日の土曜日に行こうか。
幸い、土曜日には何の用事も入っていなかった。
契約に関する事は今すぐには対処できないから、際允はその問題を一時的に棚上げして、就寝の準備のために立ち上がる。
□□
翌朝。
「誕生日おめでとう!」
いつも通り登校して、際允が自分の席に着くや、既に前の席に座っている止湮が振り向いて、満面の笑顔で祝福の言葉を贈ってきた。過去二年の二月十五日にしてくれたのと同じように。
「ありがとう」
際允も微笑みで礼を返した。
「去年、カードやプレゼントなど贈らなくていいって言われたから、今年は何も用意してないんだけど」
止湮は眉をひそめて。
「本当に贈らなくていいんだ?」
「当然じゃん」
「実は今日、日付変わった時まで起きてて、メッセージを送ろうかとも思ったんだけど……」
この人、友人の誕生日をどこまで全力で祝うつもりなんだ。心の中でそう呟いた。
「どうせ今日学校で会うし。必要ないだろ」
「まあ、僕もそう思ったから、結局やめたんだけどね」
止湮は嬉しげに笑って、さらに身を乗り出して尋ねてくる。
「で、際允は今日成人したんだけど、何か昨日までとは違う感覚とかあったりする?」
その表情をして、今の止湮が普段より少しテンションが高いようだ、と際允が感じ取った。
どうやら、止湮が際允の誕生日をこれほど気にしていたのも、単なる友人への関心だけでなく、自分自身の成年への期待にも影響が与えられていただろう。
「別に、何も。止湮だってあと二ヶ月ぐらいで成人になるし、その時になればらわかるだろ」
「それをわかってても、やっぱり気になるってさ」
自分の純粋な期待が友人に見透かされたからか、止湮は少し照れくさそうな表情を浮かべる。
「そうなんだ」
「ところで、誕生日をカウントダウンした?」
「まあ、したと言えばしたんだけど」
その質問の意図がわからずとも、際允はとりあえず正直に答えておいた。
「どうした? 何かあったのか?」
「今日って、ちょうど『火の感謝の日』なんだからね。日付が変わった時に花火が上がったんだけど、見てた?」
「花火?」
日付が変わったその時、際允は腕に浮かび上がった契約成立のエフェクトに完全に気を取られて、花火の存在など露ほども気づかなかった。
「実は僕も、花火が上がり始めてから思い出したんだけど」
際允の反応から、彼が花火の存在すら知らなかったことを察して、止湮が悔しく覚えたのだろう。残念に感じたようでありながらも、止湮はいつもと同じように穏やかに笑う。
「もっと早く思い出せていれば、君に教えられたのにな。残念だ」
「ただの花火じゃん」
「たまたま今年は君の誕生日と同じ日に行われたんだし。祝いとして、カウントダウンして、花火を見るっていうのも悪くはないと思うけどな」
際允は思った。花火があろうとなかろうと、祝うという行為自体、自分には無縁のものだ。
「どうせ過ぎたことだし。花火に大して興味があるわけでもないし」
「はあ……君というやつは……」
これっぽちも面白みのない生活を送ってきた際允に、止湮は困り果てたような顔を見せたが、結局それ以上は何も言わず、苦笑いしながら肩をすくめるしかなかった。
【死亡まで、11:✖✖:✖✖】




