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第一章31 生きていた実感

――そう言えば、他人から見れば、前世の僕が死んだ後、な(・)ぜ(・)か(・)ランニオンという苗字に変わった止湮《としず》との関係は、ひどく複雑なものに映ったんだろうな。


 当時の同級生たちも、止湮《としず》がなぜ一晩にして、死んでいる際允《あいゆる》と同じ苗字に変わったのか、さぞかし奇妙に思って好奇の目を向けたに違いない。

 止湮《としず》の両親の身勝手な行為は、止湮《としず》の心に傷を負わせただけでなく、現実の生活にも多くの面倒を招いたはずなのだ。


 とはいえ、ただのクラスメイトや友人の関係であれば、止湮《としず》が「私事だから説明できない」と言い張りさえしたら、深く追求されることもなかっただろう。

 少なくとも友人の一人である際允《あいゆる》ならそう。


 大学に入った後に人間関係も変化して、苗字が変わったこと自体を知る者もいなくなる。止湮《としず》・ランニオンと名乗っても、誰も不思議には思わなかったはずだ。


「今、持ってこようか?」


 そこで、止湮《としず》の一言が彼の思考を遮った。


――ん……んん?

――ちょっ、待って!何を持ってくるんだって?


「え?……はい。お願いします」


 墨然《すみしか》も一瞬反応できず、僅かな間に呆然としてから、ようやく止湮《としず》に答えた。

 そして止湮《としず》は立ち上がってリビングを後にして、物置として使っている隣の部屋へと向かう。


――前世の遺品……。


 何を残したのか必死に記憶を掘り起こす。

 携帯電話、教科書、文房具、服……それくらいしかなかったはずだ。

 自分がこれほどまでにつまらない人間であったことが、初めて幸いだと感じる。


 すぐに止湮《としず》が段ボール箱を一つの抱えてリビングに戻ってきた。それを墨然《すみしか》の前に、テーブルの上に置く。


「ただ、際允《あいゆる》は大してものを残していないんで、あまり役には立たないと思うんだが」


 予防線を張っているように、止湮《としず》があらかじめにそう話した。


 唖然として箱をじっと見つめたまま、墨然《すみしか》は何の動きも見せなかった。

 遺品について言い出したのは墨然《すみしか》自身なのに、いざ目の前にされると、中を見ていいものか迷っているようだ。


 彼が反応がないのを見て、止湮《としず》は同意を求めるよう、際允《あいゆる》に目を向けた。

 仕方なく、頷いた。


 承諾を得た止湮《としず》は立ち上がり、箱を開けて中身をテーブルの上に並べ始めた。

 一つ目は際允《あいゆる》が前世の高校時代に使っていた携帯電話、それから勉強用のノートが数冊、さらに財布、筆箱、ペン立て。


「大体これだけだ。重要でないものは養父の元へ送られる前に処分されたみたいで。教科書や服、カバンなだは別の箱にあるから、必要ならまた取ってきてもいいけど?」


 止湮《としず》はソファに戻りながら説明した。


「それらは何ですか?」


――まだあるの⁈


 際允《あいゆる》は今の身長では段ボールの中身が見えず、墨然《すみしか》のその言葉で初めて、箱の中にまだ止湮《としず》が取り出していない物があることを知った。


「それは……高校の時、僕が際允《あいゆる》に贈ったものだよ」


 止湮《としず》の微笑みには、微かな気まずさが混じっていた。


 役に立たないと確信しているから出さなかったのだろうか。

 だが、止湮《としず》が今取り出した物も明らかに役には立たないだろう。どうせならすべて出したほうが自然ではないか。


――それに、何がそんなに気まずいんだ?


 まさか際允《あいゆる》に贈ったものを「他人」に見せるのが恥ずかしいとでも感じるのか。

 止湮《としず》の羞恥心の基準はどうにも理解しがたい、と際允《あいゆる》は思った。


 それから墨然《すみしか》はしばらく無言のままに、テーブルの上に並べられた物を長く見つめていた。


「こうして見ると、際允《あいゆる》先輩が本当に生(・)き(・)て(・)い(・)た(・)んだという実感が湧いてきました」


 やがて、感嘆したようにそう口にした。


――でないと? 幽霊とでも思っていたのか?


 当事者である際允《あいゆる》には、墨然《すみしか》の反応をひどく訳わからないと思った。


「携帯電話はチェックしましたか?」


 すぐに墨然《すみしか》の口調がいつもの淡々としたものに戻った。


「警察はチェックしたはずだが、僕はしていない。今はもう電池が切れているだろう。調べたいなら充電しないとな」

「ロック解除のパスコードを知っているんですか?」


 墨然《すみしか》は珍しく少し驚いた表情を見せた。


「知らないけど」


 その質問に対し、止湮《としず》は正直に答えた。


「でも際允《あいゆる》のことだから、おそらく誕生日をパスコードにしていたんだろう。彼はこういうことのためにわざわざ数字を考えるのを面倒くさがるタイプだったからな」


――ご名答。


 墨然《すみしか》は無表情のまま、少し考えていた。


「やめときます。警察がチェックした上で返却されたのなら、たとえ何か手がかりがあったとしても、今はもう残ってないでしょう」


 実際、役に立てるものは何一つもないのだが。際允《あいゆる》は心の中でそっとツッコミを入れた。


「うん、僕もそう思う」

「先輩は他に何か考えはありますか?」

「実は、際允《あいゆる》が生前に結んでいた契約を調べたいと考えているんだが」

「契約……」


 墨然《すみしか》はその言葉をしばらく噛み締めていた。


「警察の方ではその調査が行われなかったんですか?」

「分からない。だが、おそらくしていなかっただろう。何しろ、あの週末の間だけで自殺として処理されたんだからな」


 言いながら、止湮《としず》は両手の拳を強く握りしめた。


「けど、僕にしても先輩にしても、際允《あいゆる》先輩の生前の契約を閲覧する権限はないはずですが」

「ああ。数日前に申請してみたが、案の定却下されたんだ」


 止湮《としず》は力なく苦笑いを見せる。

 これは詰んだな、と際允《あいゆる》は傍らで思った。


 □□


 際允《あいゆる》の予想通り、止湮《としず》と墨然《すみしか》の調査は遅々として進まなかった。


 一つは、前に分析した通り、新しい手がかりがほとんど見つからず、他の調査の方向性も思い浮かばなかったからだ。

 結局、関係のありそうな人物や物事を一から再確認するような、地道で効率の低いしらみつぶしの調査に立ち戻すしかなかった。


 もう一つは、二人とも仕事が忙しかったからだ。週末や休日など、限られた時間でしか動けず、効率はさらに低下していった。


 もともと反対の立場である際允《あいゆる》にとっては、それが悪いことだと思ったことは一度もない。

 しかし、今世の十歳の頃、ある平日の夜に、




「際允《あいゆる》、ご(・)め(・)ん(・)」




 と、止湮《としず》が突然、際允《あいゆる》にそう謝った。

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