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第一章34 信頼するか否か

 正式に止湮としずと同居を始めた二日目の午後、この家の家事を自分に任せようと際允あいゆるは自ら提案した。


 最初、止湮としずは呆れたような顔をされてして即座に却下したが、際允あいゆるは諦めなかった。


 「居候の身で何もしないのは申し訳ないし、君は僕のために真相を追ってくれているんだから、少しは恩返しをさせてほしい」「時間はたっぷりあるから暇つぶしにもなる」「君の仕事は忙しいんだろう? 家事を任せてくれれば、その分調査の時間も増えるはずだ」と食い下がって説得を続けた。


 最終的な妥協案として、「料理」と「止湮としずの自室の整理・清掃」以外の家事を、際允あいゆるが担当することになった。結局、止湮としず際允あいゆるの頑固さに押し切られた形だった。


 それが今、寝る前のこの時間、際允あいゆるがキッチンで二人がさっきまで使ったマグカップを洗っている理由だった。


 際允あいゆるが家事をする時に、止湮としずも家にいると、なぜか彼はいつも傍で見守っている。口では同意したものの、内心ではやはり「際允あいゆるにやらせるとは」と納得しきれていないのかもしれない、と際允あいゆるは疑っていた。


 今日も例外ではなく、止湮としずはキッチンの入り口で静かに彼を見つめていた。すると、止湮としずが不意に話しかけてくる。


「そうだ。明日、墨然すみしかくんがうちに来るよ」


 自分の青いマグカップを洗っていた際允あいゆるは驚いて飛び上がりそうになった。


「えっ? どうして? 急だね」


 言いながら蛇口を締めて、際允あいゆるは洗い終わったマグカップを手慣れた様子で隣の水切りラックに立てかける。先に洗ってあったオレンジ色のマグカップの隣に、それが並んだ。


 それから振り返って、止湮としずを見る。


「前世の君の事件について、墨然すみしかくんと初歩的な情報交換をする必要があるんだ。前回の面会以来、なかなか時間が合わなくてね。明日、ようやく二人とも空きができたんだ」


「それはいいけど、どうしてうちなんだ? 教会が提供したマンションでそんな話をして大丈夫か?」


 これまで散々話をしてきたのだが。


「盗聴器が仕掛けられてないことは一応確認してたし、ここの防音も、普通の音量で話す分に外に漏れるほどひどくはないよ」


 そこで止湮としずは肩をすくめた。


「教会が守秘契約に頼り切っている現状を見る限り、そんな効率の悪い手段で情報管理をするとも思えないしね」


 他人に対して懐疑的になっている時の止湮としずは、本当に鉄壁の頼もしさだな、と際允あいゆるは密かに感心した。


「どうしてうちなのか、という点だけど。僕も最初は外のレストランかどこかでいいと思っていたんだが」


 止湮としずは少し困ったような笑みを浮かべる。


墨然すみしかくんからの提案なんだ」


「……あいつ、怪しすぎないか?」


「彼の言い分では、『今後定期的に情報を共有し、役割分担を整理するなら、決まった場所があったほうが効率がいい』ってね。あとここが教会の管理下にある場所だからこそ、逆に彼が頻繁に出入りしても怪しまれにくいという側面もあるってさ」


「一理はあるけど……」


 認めざるを得なかった。


「それに、君も同席した方がいいと思ってるんだ」


 際允あいゆるを見つめる止湮としずの瞳は、大真面目だった。


「外だと君を連れて行くのはやはり少し不便だし、なぜ同行させたのかも説明しにくい。でも家なら、君がそばで聞いているのも不自然じゃないだろう?」


「わかったよ」


 ため息をついた。


墨然すみしかとの協力体制が本格的に始まる前に、確認しておきたいんだけど、自分が際允あいゆるであることを、君は彼に教えるつもりはないんだね?」


 やはり、止湮としずは先に確認してくれる男だった。際允あいゆるはこの問いを予想していた。


「ないよ。必要がなければ、誰にも教えるつもりはない」


 そして、冷静に答えた。


「そっか、わかった」


 彼の意志を尊重してはくれたものの、止湮としずの表情はどこか残念そうに見えた。


「教えたほうがいいと思う?」


「いいかどうかは僕にもわからないんだが――、」


 止湮としずは首を少し傾げる。


「ただ、墨然すみしかくんは君――際允あいゆる・ランニオンのことを妙に気にしている気がしてね。四年前、誰もが君の死を忘れていた頃に、彼はまだ覚えていて、僕のところにまで聞きに来た。もし墨然すみしかくんは本当に君のことをを想っているのだとしたら、君が生きていると知ることは、彼にとっても救いになるんじゃないかと思ってさ」


「いい意味で気にしているとは限らないだろ」


 際允あいゆるは眉をひそめて、口調も僅か冷たかった。


「それに、前世で墨然すみしかくんと親しかったわけでもない。特別な関心を持たれているとは、到底思えないんだけど」


「君は相変わらず、他人を信用しないな」


 止湮としずは苦笑した。


「怪しすぎて信頼できないと思わせたことぐらいは、本人が反省すべきだろ」


 際允あいゆるに罪悪感は微塵もなかった。


「そんなに警戒心が強い際允あいゆるが、どうして僕のことだけは、それほど信頼してくれるんだ?」


 不思議そうに、止湮としずが尋ねた。


「どうして……?」


 言われてみれば、確かに不思議なことだった。前世の際允あいゆるはこれほどまでに止湮としずを信頼していたわけではない。なのに、六年を経て今世で再会してから、なぜこれほどの変化が生じたのか。


 前世の高校時代は三年間共に過ごした。今世で再会してからは一ヶ月も経っていない。よく思い出せば、この変化は再会して一日か二日のうちに既に現れていた。付き合った時間の長さは関係ないようだ。


 再会した初日、彼は止湮としずに真の死因を話して、止湮としずは自身が帯契者となった経緯を話した。二日目、彼は止湮としずと共に真相究明のリスクを改めて確認して、互いに「自分の命を大切にする」と約束をした。


 二人だけの極めてプライベートな秘密を共有したことで、他の誰でも立ち入らせない信頼関係が築かれたからなのだろうか。あるいは「家族」としての約束をしたことで、止湮としずを信じ抜く決意をしたからなのだろうか。


 しばらく考えたが、明確な正解は出なかった。結局、適当な言葉で誤魔化すしかない。




止湮としずが、()()()だと知っているからじゃないかな?」




 その答えを肯定も否定もせず、止湮としずはただ微笑む。


「とにかく、君が際允あいゆる・ランニオンであることを墨然すみしかに明かしたくないのなら、僕から彼に話すことはしない」


「うん。もし教えたくなったら、その時は自分で言うよ」




【一回目の会議まで、15:✖✖:✖✖】

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