第一章33 また君に会えて嬉しい
しかし安心した途端、ある疑問が浮かぶ。
「でも、今世の誕生日は来月だよ? 贈るなら来月だろ?」
前世の際允としての意識を引き継いでいるため、一瞬気づかなかった。
今日は今世の彼――目暁の誕生日ではなく、前世の彼――際允の誕生日なのだ。
だが際允・ランニオンはすでに死んでいる。そうなると、今日という日は祝うべき誕生日ではなくなったはずだ。
さらに言えば、前世の自分は十八歳の誕生日に死んだ。つまり今日は際允・ランニオンの命日でもある。誕生日を祝うより、供養などをするほうが合理的ではないだろうか。
止湮の記憶力なら、前世と今世の誕生日を間違えるはずがない。ならば、止湮は彼を際允として見ているからこそ、今の彼は形を変えて生きているだけであり、際允・ランニオンの命はまだ続いていると考えて、あえて前世の誕生日を祝おうとしたのか?
「わかってるさ。これは際允への誕生日プレゼントなんだ」
と止湮は言った。推測通り、止湮はあえて「際允への」誕生日プレゼントであることを強調した。
際允の心に、自分でも荒唐無稽だと思う推測が浮かぶ。
「まさか一年に二回、誕生日を祝うつもりじゃないよね?」
「そうだよ」
不思議そうな顔をする際允とは対照的に、止湮は当たり前と言わんばかり、まるでそれを低きに就く水の如きことと見なしたように答えた。むしろ際允の反応を意外に思っているようだった。
――この男、そんなにも誕生日を祝うのが好きなのか?同じ相手に対して年に二回も祝おうとするほどに?
「今はただの子供だよ? お返しなんてできないぞ」
頭が痛い。前世でさえ止湮への誕生日のお返しには頭を悩ませていたのに、今世で年に二回も返さなければならないとなると、どうすればいいのかわからないのだ。
「お返しなんていらないよ。お返しのために贈っているわけじゃないんだから」
「プレゼントをもらってそう言われて、本当にお返しをしない奴なんているわけないだろ!」
際允はツッコまずいられなかった。
「さっきも言ったように、これは僕の自己中心的な自己満足なんだ。僕は……」
一回言いかけてた言葉を切って、止湮はまた言い直す。
「僕はただ、君が生きていることが嬉しくて、それを祝いたいだけなんだ」
唇をあげたまま、止湮は眉を下げて複雑な表情を見せる。喜びと哀しみが混ざり合ったような顔だった。
「誕生日とは、そんな日じゃないか?」
「……」
止湮は際允の前世の死を想ったのか。それとも六年前の、彼自身の十八歳の誕生日を思い出したのか。あるいはその両方だったのか。
「この数年、たまに疑ったことがあった。あの日、僕が誕生日プレゼントを贈ったら、君は自殺しなかったんじゃないかって。滑稽だろう」
止湮は哀しげに微笑んだ。
「あの頃は、僕が何かをしていれば君は死なかったんじゃないか、僕が何かしなかったせいで君が自殺したんじゃないかって、そんなことばかり考えていた」
苦しく感じさせる言葉とは対照的に、その口調は相変わらず淡々としていた。
「自意識過剰な考えだったな。前世の君とは、そんなことを言えるほど親しい仲でもなかったのに」
際允は、「そんなことはない」といった慰めの言葉をかけようとしたが、止湮の言うことが完全に正しい事実であることを誰よりも知っているからこそ、結局一言も絞り出すことができず、ただ静かに見ているしかなかった。
「でも、君の死があったからこそ、僕は誕生日プレゼントを贈ることや、誕生日を祝うことの意味を改めて考え直したんだ」
止湮の表情はまた、いつもの温かく爽やかな微笑みに戻った。
「やっぱり、贈るのは意義がある行為だ。だからこれからも贈り続けるよ」
「贈り続けるどころか、年に二回もするのか……」
「うん」
大したことではないと思っているように、当然のように止湮は頷いた。
「一回祝うだけじゃ、僕の喜びを表しきれないんだ。君がまだ生きていることが、こんなにも嬉しいんだ」
――また「嬉しい」なんて……。
その止湮が繰り返していた、自分にはあまりに馴染みのない言葉に、際允は全身に鳥肌が立った。
「そんな、嬉しいとか、そういう言葉を連発しないでくれ」
たまらず口にしてしまった。
「どうして? 嬉しいから嬉しいって言って、何がいけないんだ?」
嬉しいという言葉による、際允のアレルギーと言えるほどの反応に、止湮はごく訝しげな顔を見せる。
「……」
二度の人生をかけても、止湮の思考回路を理解することはできないだろう、と際允は思った。
今までの言動だけではその気持ちを伝えきれないと懸念するように、止湮はもう一度強調する。
「君が生きていてくれて、本当によかった」
「大袈裟すぎる……」
処理しきれない不慣れな言葉の数々に、頭が過熱し始めるように感じる。
「また君に会えて嬉しい」
「うっ……」
「また君の誕生日を祝えて、よかった」
「……」
微笑みながら、止湮は告げる。
「仕事から帰ってきてドアを開けた時、明かりがついていて、『おかえり。お疲れ様』と言ってくれる人がいて、本当に嬉しいんだ」
「もういい……これ以上言うな……」
耐えきれず、際允は両手で自分の顔を覆った。顔全体が火がついたように熱く、アドレナリンの影響で鼓動も異常に速くなった。
鈴の鳴るような、止湮の笑い声が響く。
――こいつ、やっぱり僕の反応を面白がって、わざと揶揄ってるじゃねーか?友達を揶揄う高校生かよ!もうすぐ二十四歳になるというのに、幼稚すぎだろ!
「ところで、」
再び止湮の声がする。
「このプレゼント、気に入った? 嬉しかった?」
……。
――そう聞かれれば、照れくさくても適当にはぐらかせないことをわかっていて、わざと聞いてるんだろ!
逆ギレし始めたことを際允は自覚した。深呼吸をし、脳を少し落ち着かせ、顔の熱が少し引いたのを確認してから、顔を覆っていた手を下ろし、止湮に目を向ける。
意外なことに、止湮の顔には嘲笑いの色が微塵もなく、普段よりもさらに優しい眼差しで自分を見つめていた。
太陽のように温かいその褐色の瞳を直視できず、際允は視線を逸らした。
「……うっ、うん」
喉から声を絞り出すのに、かなりの力を込めなければならない。
「すごく気に入ったし、嬉しかったよ」
話しているうちに声がどんどん小さくなっていた。これらの言葉を声に出すだけで全身の力が抜けてしまいそうだった。それでも、隣に座っている止湮には、はっきりと聞こえたはずだ。
「それはよかった」
心から嬉しそうに、止湮が笑う。止湮がこれほど嬉々とした笑みを見たのは初めてではないか、と際允は気づいた。
「誕生日おめでとう」
その笑顔を見て、転生したことを、初めてよかったと感じた。




