第一章29 綻びが出た言葉
時間は夕食時である上、三人ともまだ食事をしていなかったため、止湮の提案で近くのレストランへ行くことになった。
際允も墨然も異論はなく、店選びも止湮に任せることにした。その止湮が二人を案内したのは、近くのファミリーレストランだった。
止湮いわく、そこを選んだのは単に平日の夕方は客が少なく、この時間帯でも確実に席が空いているからだったという。
道中、止湮はずっと際允の手を繋いで歩いていた。二人の邪魔にならないよう後ろを歩く墨然の視線など、全く気にしていない様子だった。背後から突き刺さる墨然の視線を感じ、際允は、顔が火照るほど恥ずかしく覚えた。
本当にただの子供を養子にしただけなら何とも思わなかったが、止湮は手を繋いでいた相手の中身は大人であり、前世の友人であることを自覚していたのだ。
――しかも墨然の前で。いくら親しくなかったとはいえ、高校時代の知人だぞ?
どういう思考回路をしていれば、止湮のようにこれほど羞恥心もなくこんな真似ができるのか、際允は問い詰めたい気分だった。
ファミレスに到着し、止湮が選んだ窓際の四人ボックス席に座ると、ようやく繋がれた手が解放される。
際允は窓側の奥の席に座り、止湮がその隣に。墨然は向かい側の席に座った。
そのほうが二人ともと話しやすいと思っていたからか、それともそうしたほうが心地よく覚えたからか、墨然はその二人かけソファーの真ん中であり、二人のどちらとも斜め向かいになるような位置に座ることにした。
注文を済ませ、料理が届き、食事を始めるまでの間、止湮は仕事の話や近況について、断続的に世間話を墨然としようとしていた。
際允は一言も発さず、静かに傍聴していた。止湮は相変わらずの調子で次々と話題を振り、一見聞き役に回りながらも、巧みに墨然のを引き出そうとしていた。
対する墨然は、止湮の意図に気づいていなかったのか、あるいは気づいたくせに無視していたのか、全ての問いに対して簡潔極まる答えを返し、相手が話を広げる余地を一切与えていなかった。
先ほど際允に何度も話しかけてきた時とは、まるで別人のような無愛想さだった。
挫折しそうなほど噛み合わない会話を続けていても、止湮の顔に落胆の色はなかった。墨然の性格を熟知していて最初から期待していなかったのか、それとも実は数年ぶりの後輩の近況にそれほど気していないのか、際允にはわからないが。
三人が食事を終え、食器が下げられて手元に飲み物だけが残ったところで、止湮がようやく本題を切り出す。
「墨然くん、今日来てもらった理由なんだけど、」
「はい」
無表情のままではあるが、墨然の僅かに諦めたような眼差しが「やっとか」と言っているよう、際允には見えた。墨然の接触につれ、まるで一種の読心術のようなものを身につけつつあるようだった。
「六年前の、際允の自殺の件について、話がしたいんだ」
「はい」
墨然の反応は一切揺るぎがなかった。読心術を持ち出すまでもなく、誰の目にも「やはりな」と思っていることが見て取れた。
先ほど質問をはぐらかすために墨然を「予想が外れるのかもしれない」と言ったが、自信満々だった墨然が外すはずがないと際允も密かに思っていた。今の反応もそれを証明した。
「ここで話して大丈夫ですか?」
墨然が問いかけた。ようやく「はい」以外の言葉が返ってきた。
「大丈夫だ。今日は深く話するつもりはないしね。それに、聞かれてまずいような情報はまだ何一つ持っていないんだ」
いつもの微笑を浮かべて止湮が言った。
「やっぱり墨然くんには読まれていたんだな」
「読んだというのとは、少し違うのですが」
言葉を選ぶためか、少し間を置いてから墨然が続ける。
「それ以外に、先輩がわざわざメッセージではなく直接会ってまで俺に相談することなんて、他に思いつかなかっただけです」
「なるほどね」
止湮は頷いく。
「四年前の、あのことがあったからか。確かにあれがあったから君に声をかけると決めたんだ」
――四年前?
その時期は際允にとって未知のものだった。四年前といえば、前世で死んでから二年が経ち、今世の自分がまだ二歳だった頃の話だ。
「つまり、先日急に際允先輩の事件について知りたくなって、それで俺をその相談相手に選んだ、ということですか」
墨然は、「止湮が際允の事件について自分に話したがっている」という事実を、「誰かと際允の事件を話したくなったこと」と「墨然をその相手に選んだこと」の二つに切り分けて考えているようだった。
「どうして急に際允の事件を追いたくなったのか……については、悪い。今はまだ教えられない」
その意図を止湮も鋭く察したようだが、少し気まずそうに笑ってそう答えた。
転生した際允と出会ったからだ、などとは口が裂けてもまだ言えなかった。何より、際允自身が墨然に正体を知られてもいいかどうかまだ確認していない以上、勝手に話すわけにはいかなかった。
「わかりました」
拒絶されることを予想していたようで、墨然は特に感情を動かす様子はなかった。
「単刀直入に入るよ」
笑みを消し、止湮は真剣な眼差しを墨然に向ける。
「墨然くんも覚えているだろう? 約四年前のある日、君がいきなり僕を呼び出して、『際允先輩はどうして亡くなったんですか』と聞いてきたことを。僕はあの時、『よくわからないんだ』と答えたけれど」
それが、止湮の言う「四年前の件」だ。止湮が当時のやり取りをこれほど細かく説明したのは、この場にいる唯一そのことを知らなかった際允に事情をわからせるためだろう。
「はい、覚えています」
「あの時、当時高校三年生だった墨然くんが、火の教学科への進学準備の中でたまたま際允の事件の記録に触れて、それで好奇心を抱いただけだと思っていた。だから四年間、特に疑いもしなかったんだ」
確かに、止湮の推測は合理的だった、と際允も思う。だが、今になってそれを蒸し返したということは、墨然の動機を疑う根拠が生まれたということだろう。
「どうしてあの時、あんなことを聞いたんだ?」
一時黙り込んだ墨然に、止湮が強い口調で畳みかける。
「周りはみんな、僕に『際允はなぜ自殺したのか』と聞いていた。でも、墨然くんだけは『どうして亡くなったのか』と聞いた。君だって第一高校の生徒だったんだから、際允の死が自殺として処理されたことは知っているはずだ。そのくせに、なぜそんな聞き方をした? ……君は、何か知っているのか?」
――なるほど。
止湮自身が「際允は殺された」という事実を知った今だからこそ、当時の墨然の言い回しに違和感を覚えたのだ。
その問い詰めに、墨然はため息をつく。




