表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/38

第一章28 初めて見た微笑み

 墨然すみしかが次の質問を投げかける前に、際允あいゆるが先手を打つ。


止湮としずが来ればわかることなんだし、僕に聞く必要はないんじゃないのか?」


「確かに、そっちから答えを聞き出さねばならないわけじゃない。ただ、目暁まさとくんが事情を知っているかどうかを確認したいだけだ」


「それに何の意味があるの?」


 六歳の子供が知っているか否かなど、本来はさほど重要ではないはずだが。


「子供に聞かせるべき内容ではないと思っていたからだ。先輩が目暁まさとくんをここで待たせているのは、単に何も考えていないのか、それとも同席させるつもりなのか。もし前者なら、目暁まさとくんを別の場所で待たせるよう先輩に忠告するつもりだった」


 墨然すみしかはそう答えた。


「だが、目暁まさとくん自身も事情を知っているというのなら、後者なんだろう。俺の杞憂だったというわけだ」


 墨然すみしかのほうも、止湮としずが自分を呼んだ目的に心当たりがあるようだった。止湮としずが送ったメッセージの些細なニュアンスから、鋭敏な彼は何かを察したのかもしれない。


「ふーん、そうなんだ」


 適当に相槌を打った。


「……だが」


「え?」


 この話はこれで終わりだと思っていた際允あいゆるは、墨然すみしかがさらに言葉を継いだことに、思わず驚きの表情を浮かべた。


「なぜ止湮としず先輩は、目暁まさとくんに話したんだ?」


 しつこいな。際允あいゆるは心の中で毒づいた。


 止湮としずと口裏を合わせていない以上、今ここで適当な嘘を吐いたら、たとえしばらく誤魔化せるとしても、後で止湮としずと話している時に細かな矛盾によって墨然すみしかに見破られるのが目に見える。


 だから、際允あいゆるは無造作に答える。


「知りたいなら、後で止湮としずに聞いてみれば?」


 面倒なことは、この面倒な人物を呼び出した張本人に丸投げすることにした。


「そっちから答えることはできないか?」


「できない」


 きっぱりと断った。


「さっき墨然すみしかくんも言っただろ、何の目的で呼ばれたかまだ知らないって。墨然すみしかくんが考えているのもただの予想だ。僕だって同じ。止湮としずがはっきりとは教えてくれていない。だから、僕が勘違いしたのかもしれないし、君の予想が外れるのかもしれない。そんな状況で、余計なことを言わないほうがいいだろ?」


 言ってしまって、普通の六歳児を装うにしては饒舌すぎたと後悔したが、後の祭りだった。心の中で舌打ちをするしかない。


「そのどこが『頭が鈍い』というんだ?」


 その口角が、ごく僅かに上がるのを際允あいゆるは見逃さなかった。どうやら、彼は微笑んでいるようだった。


 墨然すみしかが笑うところを、初めて見た。


 ポーカーフェイスでも笑うんだなと感心しながらも、観測するには虫眼鏡が必要なレベルで、肉眼では気づきにくい微笑みだなと、心の中でツッコミを入れてしまう。


 墨然すみしかはすぐにその笑みを消した。それにすら気づける自分がすごいとさえ際允あいゆるは思えてきた。


「まあいい。先輩が呼んだ目的については、今はやめておこう」


 墨然すみしかは、いつもの無表情に戻った。


「関係ない質問を一つしていいか?」


「質問多くないか?」


 スマホをチラリと見て、止湮としずの退勤時間まであと五分ほどであることを、際允あいゆるは確認した。


「そっちも暇だろう? さっきスマホで時間を潰そうとしていたしな。俺も暇だ」


 高校時代の記憶にある墨然すみしかは、無口に近かった。もし今日会う前に「墨然すみしかくんの声はどんな感じだったっけ?」と聞かれていたら、流石の際允あいゆるにも即座には思い出せなかったほどだ。


 そんな彼が、暇潰しのために初対面の子供に話しかけてくるなど、際允あいゆるにとっては信じがたいことだった。


「断りたいけど」


 普通の子供を演じながらこの男と会話を続けるのは、あまりにも疲れる。


「質問を聞きもせずに断るのか?」


「だめなの?」


「だめじゃないが、目暁まさとくんが怪しいと思っちゃうだろうな。俺と話すこと自体に拒んでいるようには見えないのに、質問すら聞こうとしない。ってことは、何かやましいことでもした? あるいは、俺に知られたくないことがあって、喋りすぎるとボロが出るとでも思っているのか?」


 墨然すみしかはまるで尋問のように言葉を畳みかけた。


「初対面の六歳児を容疑者扱いして問い詰めるのはやめてくれないかな、お巡りさん?」


 不機嫌そうに皮肉った。墨然すみしかが警察機関の制服を意識して、威圧的な口調で子供を怖がらせようと試しているように、際允あいゆるが感じたからだ。


 しかし墨然すみしかは、皮肉られても怒る様子はなく、また際允あいゆるの言葉が子供離れしたことを疑う様子もなく。ただ、再び口角を上げる。


 今度は先ほどよりはっきりとした笑みだった。際允あいゆるの観察力がなくても、肉眼で視認できるほどの。言葉を交わすうちに、彼の強張っていた表情筋が少しずつ解れつつあるのが感じる。


 まさか、際允あいゆるとの会話が楽しいとでも覚えたから、話しかけてきていたのか?


 際允あいゆる自身は、一ミリも楽しいとは思えなかったが。墨然すみしかが引く気がないことを悟って、諦めて溜息をつく。


「はあ、わかったから。何を聞きたい?」


目暁まさとくんは——」




 ゴーン――ゴーン――ゴーン――




 その時、聖堂の外から正時を告げる鐘の音が響き渡って、墨然すみしかの言葉を掻き消した。際允あいゆるは再びスマホで時間を確認する。ようやく午後六時となったのだ。


 視線を戻すと、墨然すみしかは口を閉じて、ソファに置いていたスマホを手に取った。立ち上がって、ベージュのコートを羽織ってバックパックを背負う。


 しようとした質問が単なる暇潰しで重要ではなかったのか、あるいは今からやってくる止湮としずに聞かれたくない内容だったのか。彼は質問を飲み込んだようだった。


 際允あいゆるもスマホをポケットにしまって、ソファに置いていたランドセルを背負って立ち上がる。


 すぐに、廊下から急ぎ足の足音が聞こえてくる。誰かがこちらへ向かって走ってきている。


 やがて、応接室の扉が静かに開かれて、見慣れた姿が現れた。


「ごめん、待たせた」


 止湮としずは申し訳なさそうな微笑みを見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ