第一章25 家族という魔法をかけた君と、約束を
「止湮? どうした?」
「際允」
彼の名前を呼んだ止湮は、極めて真剣な表情だった。
「以前君がどう思っていたかは、もう過ぎたことだから仕方ないが、今日から、一つ、覚えといてほしいことがある」
「なんだ?」
「君は、死んでも構わないような存在じゃない。君が死んだら、悲しみ、苦しむ人間がいるんだ」
「え? でも僕はただの孤児で——」
「僕は悲しい」
止湮は彼の言葉を遮った。
「昨日から、僕らは家族になっている。家族を悲しませるようなことはしないでくれ。いいか?」
「……」
――家族?
その言葉は、際允にとってあまりに馴染みのないものだった。あまりに未知の単語に、頭が真っ白となり、止湮の意図をうまく理解できない。
昨日養子縁組の契約を結び、一つ屋根の下で暮らし始めた。それだけで、「家族」になるというのか?
「自分の子供のように扱うつもりはないって、止湮が言ってたじゃないか?」
ならば、養子縁組の契約が二人の関係に影響を及ぼすはずがない。際允はそう思っていた。
「家族と親子関係という言葉は、必ずしもイコールではないだろう」
そう言った止湮の微笑みには、どこか冷ややかな色が混じっていた。昨日両親について語った時のように。
「じゃあ、兄弟としてか?」
それ以外に家族と呼べる関係があるだろうか。
「いや、もちろん違うよ」
しかし、止湮はやはり首を振った。
「えっ、でも君、さっき家族だって言ってたじゃん——」
「際允」
混乱している彼の言葉を、止湮がまた優しく遮った。
「すべての関係に、そんなに明確な定義が必要なわけじゃない。家族という言葉だけで十分だと、僕は思うんだ」
親子でも、兄弟でもない。けれど「家族」。
際允は、自分の脳みそがぐちゃぐちゃに捏ねられた粘土のようになった気がする。二度の人生で初めて、思考能力が完全に制御不能になる感覚を味わう。
――家族って、一体なんなんだ……?
「もちろん、君は僕の友人でもある。それはいつでも変わらないことだ」
「何が違うんだ?」
「友人としてなら、君にもっと命を大切にしろと要求する立場にはないかもしれない。でも、家族としてなら、それを求める権利があるんじゃないかもな?」
首を傾げていた止湮自身も、その説明が正しいのか確信が持てないようだった。
「そういうものなのか?」
際允はやはり困惑したままだった。
「君だって、僕が自殺するのを心配してくれているだろう? 僕が死んでも構わない、なんて思ってはいないはずだ」
「でも、もし前世で止湮が自殺したいって言ったら、僕も心配するよ? つまり、友人としてでも同じことだろ?」
「君だって僕に要求していいんだよ。僕だけが君に求めるなんて、不公平だろう?」
そう言い、止湮は何かを思い出したように小さく吹き出す。
「実を言うと、さっきみたいに必死に僕を説得しなくても、『自殺しちゃダメだ』と直接命じればよかったんだよ」
そう言われてみれば、止湮に直接そんな要求をするなど、確かに考えたこともなかった。最初から、いかにして彼に諦めさせるか、諦めさせた後もいかにして自殺の思いを止まらせるか、という点ばかり考えていた。
なぜだろう。止湮を家族だと思っていないからだろうか。だから、自分が要求しても無駄だと思っていたのか。
「『自殺するな』って言ったら、聞くのか?」
声に出して初めて、際允は自分の声が微かに震えていることに気づいた。心の奥底で、臆病になっているようだった。
「聞くよ」
頷いた止湮の動きには、一片の迷いもなかった。
「君は、とても大切な家族だから」
「……」
家族だから。
つまり、前世の高校時代のような、ただの友人関係であれば、際允の要求は聞き入れられなかったかもしれない。だが今は、家族という身分が加わったから、違うというのか。
――なぜだ?
――家族って、一体なんなんだ……?
「じゃあ、こういうことにしよう」
止湮は左手を差し出し、小指を立てた。そのジェスチャーを自らしたことはなくとも、一般的な常識としてその意味を知っていた。
「……約束?」
「うん、約束。約束するよ、僕は自殺しない。そのかわり、君も自分の命を大切にしてくれ。もし破ったら……」
止湮は苦々しげに笑う。
「破った時はもう死んでいるわけだから、どうしようもないんだが」
「つまり、契約のような強制力もなければ、違反しても罰則のない、ただの口約束ってことか?」
「そうだね」
止湮も否定できなかった。
――そんなものに、何の意味があるんだ?
「でも、僕は守るよ」
その表情は柔らかな微笑みだったが、止湮の言葉には、強い意志が聞きとれた。
本当に、信じられるのか。人が、誰かのために何かをしないと誓うことを。
かつて、止湮が心から望んでいたことなのに。本気で実行しようと思えば誰にも止められず、後悔する必要さえないことなのに。それでもなお、彼は約束を守れるというのか。
あまりにも、鴻毛よりも軽い約束だった。
止湮の微笑みを見つめ返しながら、際允は思った。今ここで本心を言えば、彼はどんな顔をするのだろう。「信じていない」と言えば、悲しそうな顔をするのだろうか。それとも「なら、いっか」と諦めたように笑うのか。或いは、信頼を勝ち取るためにさらに多くの誓いを並べるのか。
だが、拒絶の言葉は出ない。
これは、信じられるかどうかの問題ではなく、自分が信じたいかどうかの問題なのだ。
もし家族というものが、止湮の言う通り奇妙で、まるで奇跡を起こす魔法のような概念なのだとしたら……。ならば止湮は本当に、この「家族」のために、約束を守り、自殺という考えを完全に捨て去ってくれるのかもしれない。
信じてみたい、と思った。
「……わかった。じゃあ、約束する」
「ああ、約束だ」
彼らは、約束した。




