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第一章23 不合理な直感

「昨日、止湮としずが言っていた……僕の前世の死因を調べるという件についてだけど」


 その言葉に、止湮としずがこちらを見た。際允あいゆるもその視線から逃げることなく、冷静な口調で告げる。


「本気なのはわかっている。でも正直に言って、やめといた方がいいと思う」


 それが今の際允あいゆるの、第一の目的だ。止湮としずにその考えを断念させなければならない。


 しかし、止湮としずは即座に言葉を返す。


 「リスクが高すぎるからか?」


 すべてを見抜いていたように、迷いのない声だった。


「わかっているなら、無茶するな」


 際允あいゆるは厳しく釘を刺した。


「わかっているよ。昨日の言葉を口にする前から、十分にな」


 止湮としずの表情に退く気配は微塵もなかった。彼はポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出して、ページをめくりながら話し始める。


「今のところの手がかりは、君が話した犯人の容姿と名前だけだ。だけど、学校の寮という人目のつく場所で堂々と凶行に及んだのなら、目撃されたり防犯カメラに証拠を残したりしない絶対的な自信があったと考えるのが妥当だろう。名乗った名前も偽名の可能性が高い。たとえ本名だったとしても、苗字がわからなければ調査は困難だ。何より、火の教会が事件を隠蔽しているのなら、教会の管理する戸籍にさえ名前は記録がないかもしれない」


「だから、僕たちだけで犯人の正体を突き止めるのは不可能だ」


 際允あいゆるは彼を説得するため、あえて強い否定の言葉を投げた。


「犯人が野放しで、次の犠牲者が出るかもしれない状況でも、火の教会が『他殺』を隠蔽したということは、犯人を捕まえる気がなかったか、あるいは捕まえられなかったか……。それか、犯人の身元を完全に把握した上で、外部に漏れない完全に管理している自信があるかのどちらかだ」


「そうだね」


「前者なら教会でさえ不可能なことを、僕たちができるはずがない。後者なら、疑り深い教会の上層部が隠し通せると踏んでいる以上、その身元を探る難易度は想像を絶するほどだろう。そもそも、既に教会によって消された可能性だってある」


「ああ」


「それに、前世の死が『自殺』として処理されている以上、教会の記録には凶器の情報も、現場の指紋の記録もないはずだ。現場もとっくに整理されてしまった。今さら調べたところで、何も出てこない」


 根拠のない推測を断定的な口調で並べたものの、止湮としずもまたその合理性を否定することはできなかった。


「当時の第一発見者である隣の部屋の生徒や、通報を受けて駆けつけた警察、担当した刑事に直接当たって、情報を引き出すのが最も有効な手段だろう」


「それも有効だとは思えない」


 際允あいゆるは冷静に否定を続ける。


「火の教会の守秘契約の乱用ぶりを考えれば、関係者は全員口封じされているはずだ。昨日、隣の生徒が心的外傷による記憶喪失だと言ってたけど、実際は教会と守秘契約を結んで嘘をついていただけかもしれない」


「確かにその可能性は高いけど……」


 止湮としずは困ったような苦笑いを見せる。


 際允あいゆるにはわかっていた。止湮としずもその可能性を考えていないわけではない。ただ、止湮としずは他人が嘘をついていると信じたくないだけなのだ。悪意ある推測をしたくないだけなのだ。


 対して際允あいゆるは、容赦なく他人を疑ってみせた。罪悪感がないわけではないが。ただ、理知によってそれを黙殺することができるだけだった。


 止湮としずの表情を見て、際允あいゆるは不覚にも少し態度を軟化させる。


「たとえその生徒が本当に記憶喪失だったとしても、思い出せないなら有用な情報は得られないしな。警察についても、守秘契約で口を封じられているのは百パーセント間違いないだろう」


「ああ。でも、今はまだ証明できない以上、確率が低くても、僕は彼らを探して接触してみるつもりだよ」


 やはり、止湮としずはまだ諦めるつもりがなかった。


「それから、犯人と前世の君との間の()()についてだ」


 止湮としずは言葉を継ぐ。


「その方面から調査を進めれば、犯人の身元に辿り着けるかもしれない。が、たとえ契約管理協会が全世界の契約データを保持していたとしても、君の言う通り、当事者以外には閲覧権限のない特殊な契約だとしたら、僕たちは手も足も出ないけれど……」


「それに、もし犯人が嘘をついていて、本当は閲覧可能な契約だったとしても、僕はその内容を知らずに死んだ。そんな状況で特定の契約を探し出すのは、雲を掴むような話だ」


「契約の面から調べるなら、『際允あいゆる・ランニオンが生前に結んだ契約』に絞るしかないね。協会の規定では、他人の契約を問い合わせできるのは一親等だけだから、僕たちには困難が伴うけれど、少なくとも不可能ではない。もちろん、それも犯人が嘘をついていたという前提での話だけど……。どう思う? 奴は嘘をついていたように見える?」


「それについては、彼の言葉は本当だったと思う」


 少し考えた後、際允あいゆるは補足する。


止湮としずを止めるための嘘なんかじゃないよ。明確な証拠はないけど、直感で、彼はあの時嘘をついていなかったと感じるんだ。名前も、契約の内容を説明しに来たという言葉も、本当だった気がする」


「君が他人のことを、そんなに善意をもって考えているなんてな」


 止湮としずが感心したように言ったが、際允あいゆるには皮肉にしか聞こえなかった。


「……ただの直感だ。信じなくても構わない。僕の直感は、あいつが最初から()()()()()()()()()()()()とさえ感じているしな」


 際允あいゆるは自嘲気味に笑った。


 冗談めかした口調ではあったが、本心だった。


 あの夜、輝絡てつなと接触した十数分間。あの謎めいた男から、嘘の気配も殺意も、微塵も感じ取れていなかったのだから。

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