第一章13 六年間の変化 後編
このフロアを一通り回って、止湮は予定していたものも、そうでないものもあらかた買い終えた。際允の手を引いたまま、二人はエレベーターへと向かった。
「他に何か必要なものはあるか?」
ボタンを押して、エレベーターを待つ間に、止湮は際允に最終確認をした。
「もうないよ」
即答した。
「本当にそう思っているのはわかってる上で、これから一緒に生活することを考えて、あえて言っておくよ。金銭面で僕に気を遣う必要は、一切ないからな」
際允を見つめる止湮の瞳は、冗談の欠片もないほど真剣だった。
「気を遣うなって言われて、本当に全く気を遣わなくなる人間なんているわけないだろ?」
それでも、際允は素直に従うつもりなど毛頭なく、昔のように冷静な口調で突き放した。
「今すぐにそうならなくてもいい。そのうち慣れればいいさ」
「慣れることはないと思うけど」
はっきりと言い切った際允に、止湮はため息をついて、困ったような、それでいてどこか愛おしそうな苦笑を浮かべる。
「そういえば、君は高校の頃から、すごく慎ましい暮らしをしていたね」
止湮が懐かしむように微笑む。
「まあな。これからも昔と同じように暮らすつもりってことだ」
「当時は、君の家があまり裕福ではないのかと思ってた」
「え?」
際允は少し驚いて、ほんのしばらく言葉を失った。
その言い草は、まるで「今は真実を知っている」と告げているようだった。つまり、際允が死んだ後、止湮は彼が孤児出身だということを知ったのか。葬式の場か、あるいは他に何かの場で知ったのだろうか。
そう推測して、際允はふと思った。そもそも、際允の葬式を行ってくれた人がいたのだろうか。死後の手続きなどをしてくれた人がいたのかさえ怪しいものだ。
前世で自分を引き取った蔚柳・ランニオンがそこまで親身に動いてくれたのだろうか?あの人以外に、そんなことをしそうな人間など一人も思い浮かばなかった。
ピンポーン。
エレベーターの到着音が際允の思考を強引に遮断した。ドアが開いて、会話もそこで途絶えた。
地下一階の食品売り場へとやってきた。
食材には賞味期限があるからか、止湮は先ほどまでと同じように深く考えずに買うことでなく、一つ一つの食材を一分間かけて吟味してから、棚に戻すかカートに入れるかを決めている。
手慣れた様子で食材を選ぶ止湮を見て、際允ふと気になったことを口にする。
「自炊してるのか?」
高校三年間、一緒にした昼食と夕食は全て外食だった。止湮に料理の習慣があるかどうか、際允は全く知らなかった。
あの頃何をしてもほとんど止湮と一緒だった際允は、家庭科の授業で止湮が料理する姿は何度か目にしたが、特に料理が得意で興味があるという印象は残っていなかった。
「そうだね。趣味の一つとして」
手に取ったトウモロコシを細かく観察しながら、止湮が答えた。
「昔、そんな趣味あったっけ?」
「大学に入ってから始めたんだ」
やはりこれも、前世の自分が死んでからの六年間で変わったことの一つか。際允は胸の奥に、言葉にできない感慨を覚えた。
「へー。止湮の料理ってどんな感じなんだろう?」
「自分で食べる分には、まあ悪くはないと思ってるけど……」
止湮の答えはひどく謙虚なものだった。
だが、こういった事柄での謙虚さは、際允をかえって不安にさせるだけだった。
「他の人の評価はどうだった?」
「人に振る舞ったことがないからな」
「えっ、そうなのか?」
思わず聞き返してしまった。止湮のように明るくて人当たりの良い人間が、料理を趣味にしていながら、この六年間に一度も他人に食べさせたことがない。それはにわかには信じ難い話だった。
だが、止湮がこんなどうでもいいことで嘘をつく必要もないだろう。
もし止湮の話が真実であれば、止湮はこの六年を、際允が想像していたよりもずっと、徹底した孤独の中で過ごしていたのかもしれない。
「でも記憶にある限り、僕らは味の好みが結構似ていた気がする。際允も多分受け入れられると思う」
そう言いながら、止湮はトウモロコシをカートに一つ入れようとしたが、ふと動きを止めて、何かを思い出したように際允を振り返る。
「そうだ。何かアレルギーとかあるか?」
「ないよ。前世でもなかったし」
「体が変わった以上、アレルギー体質も違うだろうし」
安心したように止湮は手元のトウモロコシを置いて、カートを押しながら他の食材を見に向かう。
「僕の記憶だと、以前の際允は好き嫌いがなくて、何でも食べられたはずだけど、今世も変わってないんだろうか?」
歩きながら、止湮は際允への確認を続けた。
「ああ、相変わらずなんだ」
「じゃあ、食事に関しては僕の好みで支度させてもらうよ?」
「わかった」
前世の高校時代の三年間と同じように。
「あ、もうすぐ六時だ。家に帰ってから作り始めるんじゃ遅すぎる。今日はどこかで晩ご飯を買っていってもいいか?」
左手首の腕時計に目をやって、止湮は再び柔らかな笑みを彼に向ける。
際允は思わず感心した。全て止湮に任せても構わないと言ったのに、止湮は昔と変わらず、常にこうして丁寧にこちらの意向を確認してくる。本当に性格の良い人だ。
「もちろん。何でもいいよ」
気さくに返事を返した。二人の間ではずっとそうしてきたように。
食に関することには、際允はずっと文字通り何のこだわりもなく、すべてを止湮に委ねて、文句を言ったことなど一度もなかった。
「ここの地下一階にいくつかレストランや惣菜屋があるから、後で寄っていこうか」
「ああ、そうしよう」
際允は頷いて、自分の手を繋いだ止湮について歩き出した。
【家に帰るまで、01:✖✖:✖✖】




