第一章12 六年間の変化 前編
【家に帰るまで、02:✖✖:✖✖】
彼らは一緒に地下鉄に乗り込んだ。時刻は午後を回ったところ。ラッシュアワーにはまだ早く、普段は混雑する駅も車内も十分に余裕があった。二人は並んで空席に腰を下ろした。
止湮によれば、三駅先で降りるという。そこは首都の中心部にある主要駅の一つで、前世の際允が通っていた高校からもほど近い。彼にとっても馴染み深く、記憶に鮮明な場所だった。
列車の中、際允はガラガラの車内を見渡して、隣に座る止湮に視線を向ける。
「今日は金曜だっけ? 仕事は大丈夫?」
「大丈夫。有給を取っているから」
「まさか止湮は今日孤児院に来るために、わざわざ有給を取ったんじゃないよね?」
際允は小さく目を見開く。その口ぶりからして、偶然の休日に孤児院を訪れたわけではなさそうだった。
「そうだよ。予定を合わせておいたんだ」
「さっき『ある理由で一人の子供を養子にしなければならない』って言ってたけど、そんなに急ぐ必要があったことなのか?」
「できる限り先延ばしにしてたんだけどな。そろそろ限界らしい。これ以上後回しにはできないところまで来てしまったからな」
「らしいって、何の限界?」
「それも後で話すよ」
直ちに知らなければならないことでもない。それに、止湮に答える意志はあるようだが、今ここでするつもりはなさそうわけで、際允はそれ以上の追及を一旦止めることにした。
代わりにもう一つ、気になっていることを尋ねる。
「大学の専門は『火の教』だったよね? ってことは、今はやっぱり『火の教会』で働いてるのか?」
前世の記憶が正しければ、高校三年生のは既に火の国の「第一大学」への入学許可を得て、そして志望学科は「火の教学科」だった。
ならば、大学を卒業した止湮が火の国のエリートとして「火の教会」に入って働いていることは、極めて自然な流れに思える。
この男なら、人生が順風満帆に進んで、万人が羨む黄金の道を難なく歩んでいるに違いない。際允はそれを一ミリも疑っていないが、前世の死から今日まで、この空白の六年間に、止湮に何があったのかを全く知らない以上、確認せずにはいられなかった。
「ああ、そうだね」
止湮も確かに肯定の返事をした。
表情は相変わらず穏やかだったが、その極めて短い返答から、なぜか、止湮がこの六年間の自分のことについてあまり多くを語りたがらないように、際允は感じた。
「そうか」
その拒絶じみた静けさを察して、際允もそれ以上は聞かぬようにした。地下鉄が目的の駅に滑り込むのを、ただ黙って待っていた。
□□
駅から地上へ出て、十分ほど歩いた。止湮が際允を連れてきたのは一軒の独立したデパートだった。止湮によれば、ここが彼の自宅から最も近い百貨店で、普段から彼自身も食材や日用品をここで買い揃えているそうだ。
まずは際允の着替えや洗面用具などを揃えるべく、二人は子供服や生活雑貨が集まる三階フロアへと向かった。
片手でショッピングカートを押しながら、止湮の右手は頑なに際允の手を握ったまま、フロアの商品を見て回っている。
止湮が買い物をする際、使いそうなものはとりあえず買っておくというスタイルであることに、際允は気づいた。歯ブラシや下着といった必需品だけでなく、目覚まし時計やアイマスクのような人によって必要性も違うものまで、際允に尋ねることもなく次々とカートに放り込んでいく。
「これ、全部必要あるものなんか?」
できるだけ節約したい派である際允は、自分なら一生買わないであろうティッシュカバーを止湮がカートに入れたのを見て、ついにそう聞かずにはいられなかった。
「備えあれば憂いなしってことさ」
止湮はさも当然と言わんばかりの顔をしている。
「金の無駄遣いすぎないか?」
「そう? 子供を育てるのには金がかかるって覚悟はしてたからね。この程度なら許容範囲内だと思うけど」
「僕の記憶だと、止湮は昔、もうちょっと……なんというか、お金を惜しむタイプだった気がするんだが。ケチってほどでもなかったけど」
前世の高校時代の三年間、平日はほぼ毎日止湮と一緒に昼食と夕食をとっていたのだ。止湮の金銭感覚や、貰っていた小遣いの額も、際允ある程度把握していたつもりだった。
あの頃、止湮がくれた誕生日プレゼントは、心がこもっていても手頃な価格のものだった。普段止湮が使っていた文房具や小物なども安価なものばかりで、止湮の家が裕福のほうだという印象はなかったのだ。
「昔って、高校の時のことか」
精神時間が「前世の十八歳」で止まっている際允とは違って、止湮にとっての高校時代は、もはや遠い昔のことだった。記憶を手繰り寄せるように少しの間を置いた。
「まあ、今は経済的に少し、余裕があるようになったんだ」
社会に出て働き始めて、給料をもらうようになって懐に余裕ができて、少々金遣いも荒くなっている、ということなのか?
止湮のお金の管理がどうであれ、際允は生まれ持った性格上、余計な負担をかけたくはないのだ。これからの同居生活でも、前世と変わらず、できるだけ節約する生活を送るつもりでいる。
もっとも、ミニマルな暮らし以外、他の生き方の知らない人なのだけれども。




