表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/36

第一章10 新たな苗字

 その疑問を一旦棚上げして、際允あいゆるは頭上のモニターで呼び出し番号を確認した。五百三番だ。自分たちが呼ばれるまで、まだ少し時間がある。


 残された時間で、彼はさらに問いを重ねることにする。


「じゃあ、もう一つ質問してもいいか?」


「うん」


「どうして際允あいゆるだとわかったんだ?」


 予期せぬ出来事によって多くのボロを出してしまった自覚はある。だが、自分の演技がこれほど速く正体を見破られるほど拙いものだったとは、際允あいゆるには思えなかった。


 何より、たとえ止湮としずだとしても、普通は「死んだ友人が子供に転生した」という突拍子もない結論に、これほど迅速に辿り着けるはずがないだろう。


「最初は、君の反応が大きすぎて気を引いたんだ。それから、言葉を交わすうちに疑いが深めていった。その理解力・対応力・思考力の鋭さ……どれをとっても普通の子供としては違和感しかなかった。そして、君の表情や話し方に馴染み深さを感じて、際允あいゆるのことを思い出した。実は、最初は『もしや?』という淡い期待のようなものでしかなかったんだけど」


 そこまでは、際允あいゆるにも理解できる範囲内だった。本当の問題は、止湮としずがどうして確信を得たのか、ということだ。


「ここまではただの直感に過ぎなかったが、確信に変わったのは君が……」


 なぜか止湮としずが言葉を濁した。何か、口にするのを躊躇っているかのように。


「僕が?」


 その躊躇に戸惑って、際允あいゆるは続きを促した。


 止湮としずが、際允あいゆるを静かに一瞥する。その刹那の眼差しから際允あいゆるが読み取ったのは、悲しみ、憤り、それらに隠されるほど微かな悦びが混じり合った、形容しがたい複雑な感情だった。


 あの全方位優等生の止湮としず・ミレカーも、これほどまでに昏い感情を抱くことがあるのか。


 脳裏にそのような思いが閃いたが、際允あいゆるが深く考える前、止湮としずはついにその理由を話す。


「君が、僕をミレカーと呼んだ時だ」


「……あ?」


「僕は確信したんだ。君は際允あいゆるだってことを」


「待っ、え? どういう意味だ? なんで?」


 言葉を重ねようとした瞬間、無機質な呼び出し音が二人の会話を断ち切った。


 上にあるモニターに目を向けると、現在示している呼び出し中の番号が五百五番になったのが見える。


 止湮としずは彼の疑問には答えず、いつもの穏やかな微笑みに戻った顔で、際允あいゆるに手を差し伸べる。


「僕たちの番だ。行こう」


 釈然としないまま、際允あいゆるはその手を取って立ち上がった。止湮としずに引かれたまま、カウンターへと向かう。


 窓口で待っていたのは、三十代ほどの男性職員だ。二人がカウンターの前の席に着くのを確認してから、事務的な口調で切り出す。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「養子縁組契約です。お願いします」


 止湮は再び正直に答えた。


「かしこまりました。それでは——」


 男は一枚の書類を取り出して、彼らに向けてカウンターの上に広げた。キャップを嵌めたままのペンで書類の要点を指し示しながら、養子縁組契約の内容と注意事項を二人に説明していく。


 前世で一度経験している際允あいゆるにとっては既に知っていることだった。彼は気をそらし、先ほどの止湮としずとの会話を反芻する。


 ――僕が止湮としずをミレカーと呼んだ時、止湮としずは、目暁まさとという六歳の子供は際允あいゆるの転生だということを確信した、ってこと?


 そう呼んだ瞬間に止湮としずの態度が急変した、と際允あいゆるが感じた通りだった。ということは、止湮としずのこの話は事実であろう。


 ――だが、一体なぜ?


 止湮としずの苗字が「ミレカー」であることは、際允あいゆるだけが知っている秘密ではない。際允あいゆるの知る限り、高校時代、止湮としずは一度もその苗字を隠してはいなかった。少なくとも高校の同級生なら誰だって知っているはずだ。


 まさか、その中で死んだのが際允あいゆるだけだからなのか?加えて、さっき彼の振る舞いが止湮としず際允あいゆるのことを連想させた。それだけで、止湮あいゆるは「際允あいゆる目暁まさとという六歳の子供に転生した」という事実に、そんなにも簡単に辿り着けたのだろうか?


 しかし、そのようなことも、「止湮あいゆる際允あいゆるの死後この六年間、ずっと自分の苗字を隠して生活していた」という前提が成立しなければ、「ミレカーと呼んだだけに際允あいゆるだと確信した」という説は合理性に欠ける。


 そんな馬鹿げた前提が成立する可能性……指名手配犯でもなければそんな手間をかける必要は全くないだろう。当然のようにそんな荒唐無稽な仮定はすぐに否定された。もしそうだったら、止湮としずは変装もせずに孤児院や契約管理協会のような公共の場に、堂々と姿を現すわけがなかったからだ。


 やはりこの謎は、止湮としずが養子を迎えなければならない「理由」とともに、後で改めて問うしかない。そう結論づけた時、職員の説明が終わりを告げた。


「——それでは、問題がなければ、こちらの保護者記入欄に署名をお願いします」


「はい」


 気をそらした際允あいゆると違って集中して聞いていた止湮としずは頷いた。男の手からペンを受け取り、キャップを外し、男が先ほど指さした箇所にペン先を向ける。


 そして際允あいゆるは、止湮としずが契約書に記した「名前」を、初めてその目に捉える。




 ——止湮としず()()()()()




 ……。


 ……は?


「続いて、こちらにお子様のお名前を。ご自分で名前を書くのが難しければ、保護者の方が代わりに署名していただいて構いません」


「僕が代わりに署名しましょう」


 職員の言葉に、止湮は澱みのない動作でペンを隣の欄へと進める。


 そこに刻まれたのは、際允あいゆるにとってまだ馴染みの薄い「名」、そして見慣れた「苗字」――。


 まるで、呪いのよう。




 ——目暁まさと()()()()()




 その刹那、際允あいゆるはついに理解した。なぜ止湮としずが、ただ彼に「ミレカー」という苗字で呼ばれただけで、彼が際允あいゆるだと確信できたのかを。


 そして、もう一つの事実を悟る——。


 この日から、自分の名前は「目暁まさと・ランニオン」となったのだ。




【家族になるまで、00:00:00】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ