#30 もう引けない
蒼馬が戦いを終える数分前の出来事である。
地面はまるで隕石でも降ったかのように、大きく、激しく抉れていた。
ドラゴンはというと……結論から言うと倒せていなかった。
が、目に見えて多くの傷が残っている。
翼を傷つけ、地面に立っている。
……一矢、報えなかったか。
オレと愛鈴は、息を呑んだ。
「おやおや、どうやらタワシの子が迷惑をかけちゃったみたいね。もうっ! 気づいたらどっかいっちゃうんだからっ!」
突然、ドラゴンの目の前に1人の男が現れた。
「久しぶりね。勇者ちゃん」
「お前は……!」
「……え誰? 知り合い?」
細目でシルクハットした、スーツ姿のこの長髪の男は……
「まさか……魔王軍幹部、イーステイム!」
「正 解」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!? というか魔王軍幹部って何!?」
「タワシのかわい子ちゃんが迷惑かけたわねぇ」
「この人喋り方からして絶対強いよぉぉ!!」
「何の用だ?」
「いや〜タワシの子が気づいたら行方不明になっててー、探してみたら……もう暴れちゃって」
「辺りを見てみろ! どんな惨状だ!」
「あら? ごめんなさいね〜」
「ごめんで済んだら軍警はいらねぇんだよ!」
「あら、そう? ならこの子どうしちゃおうかしらね〜。殺すのは惜しいし……あ、そうだ! どうせこの子大きいし、倒したければタワシ達の拠点を探して襲撃してよ! 最近刺激が足りなくって!」
彼はドラゴンにまたがる。
「それじゃ、ア〜ディオ〜ス!」
「あ! おい待て!」
ドラゴンは羽ばたいていき、あっという間に姿が見えなくなった。
「……蒼馬に相談だな」
電話をかけるが出てこない。
「……お取り込み中みたいだね」
「しばらく待ってから忍羽の方にかけるか」
「という事があった」
「ヤバいね」
家に戻って、冷凍食品を温めながらそんな話をした。
俺が戦ってる間にそんな事が……
「ま、今はひとまず……蒼馬、よく頑張ったな」
「……まぁ、やれる事はやったさ」
「勝ったのに、随分と元気ないな」
「いや……ちょっとな。返り血が一滴もなかったし、倒した瞬間に世界が元に戻ったから実感があまりわかないんだが、人を、初めて殺しちゃったんだな……って」
「蒼馬……もう退いたっていいんだぞ」
「そんな事したら、俺には罪しか残らねぇや。俺はもう引き返せない」
「……そうか」
柊命は冷蔵庫を開け、コーラをコップに注いだ。
「オレも昔はそんな事もあった。転生して、動物を殺めて、次に人を殺めて、向こう数日はその殺した瞬間を夢で見た。脳が激しく興奮して、虚しさと底なしの恐怖が気持ち悪かった」
「……」
「慣れるようなもんじゃねえ。未だに夢に出てくるんだ。でもな、あっちの世界で生きていく中で、そんな事は綺麗事なんだって気づいたんだ。無理矢理でもいい。気を楽にしろ」
「……俺は……もう少しの間は後悔を演じてたい」
「……?」
「この虚無感も、後悔だって本当のことではある。でも、もう少しこの気持ちを噛み締めてないと……俺はもう、戻れない気がするから」
今までは、柊命は自分とは全く違うような存在だと思っていた。
だが、今だけは未来を映す鏡のように感じていた。
もうすっかり夜遅い時間になってしまった。
すでに風呂に入り、パジャマに着替え、歯磨きを済ませた。
あとは寝るだけだ。
そして、肌身離さず持っていた白い箱を目覚ましの近くに置く。
これを手にしてから、俺の人生は大きく変わった。
まぁ、良くも、悪くも……
……箱を置いたとき、何故か違和感がした。
なんか……心なしか温かい?
……いや、気のせいか。
月が沈み、再び日が昇っていく。




