6 救助人形、がんばる
人助けとは、中々良い趣味ですね。
波を蹴立て、潜水艇もどきは走る。
生存者の反応を目指し、舷側からアリスが艇内に引き込み、エマとカーラが「霊廟」へと運んで簡単な回復の魔法を施す。
要救助者を収容する際に入り込む海水は、なにやらカーラが魔法を駆使して船内から追い出している。
あれは何の魔法なんだろうか。
カーラが抜けたことによる魔力供給の代替は、カーラが人形作りの傍らザガン式の魔力炉を参考に研究を重ねていた、試作の魔力炉を据えている。
試作とは言え魔力を蓄える能力だけは私たちに搭載されている魔力炉に匹敵する代物だ。
どういう理由か出力が私たちのモノには及ばず、その辺りがカーラの人形のレベルが私たちに及ばない原因となっているらしいが、一気に大量に使うならともかく、継続的に魔力を使うなら充分に実用レベルである。
例えば、障壁で適当に作った構造物の維持に魔力を使う、だとか。
考え事をしつつも私なりに懸命に操船するのだが、荒れる夜の海に放り出された人々は無事であるものは皆無で、大小の程度の差こそあれ、負傷を抱えていた。
引き揚げたものの回復が間に合わず息を引き取った者も居り、最終的に私たちの手が届いたのは16名であった。
この結果に、特に思う事はない。
2名の遺体に関しては目的の港についてから、その街の衛兵なりに相談する他有るまい。
エマ辺りが「お肉ゲット!」とか言い出しそうだが、他に救助した人々の目も有るので、どうにか自重して欲しいものだ。
アリスとカーラの働きに期待するしか無いのが、なんとも心許ない。
私は周囲に人間の反応が――少なくとも生きて居るものは――無い事を再度確認し、潜水艇もどきを潜航させ、構成する障壁の維持を試作魔力炉に任せて「霊廟」へと戻る。
……これで戻ったときに、障壁が解除されていたら大笑いである。
私が船の保守作業までを終えて「霊廟」へ戻ると、助けた人たちは皆怪我の回復は出来ていたが、何故か皆固まって震えていた。
3人ばかりの若い冒険者風の男女が他多数を護る様に前に出ているが、その顔色もハッキリと悪い。
非常に面倒で聞く気にもならないが、一応、何が有ったかの確認はせねばなるまい。
「……これは何事ですか? あまり『霊廟』内で騒いで欲しくは無いのですが?」
言いながら仲間の方に目を向けると、エマはともかく、残り二人が非常に疲れた顔をこちらに向けていた。
私を視認したのなら、まず声を掛けて、それから現状を説明するとか、色々有ると思うのだが。
「色々と行き違いがな?」
真っ先に口を開いたのは、アリスだった。
行き違い、とは何が有ったのか。
疲れた様子のアリスとカーラ、そして怯えつつ警戒を緩めていない人間たち……む、一部にエルフと、ドワーフも居るか。
ともあれ、この様子は、つまり。
せっかく助けた人間たちに、どういう訳か怯えられている、と言う事か。
「まあ、その、なんだ。エマちゃんがな?」
状況を整理しようと働かせ始めた私の頭に、まずはアリスの追加の台詞が染み込む。
同時に、嫌な予感と頭痛が呑気に襲い掛かってきた。
エマと人間と死体。
これだけ揃っている空間であの無邪気な人形が言いそうな事を、私はつい先程考えたばかりだったと言うのに。
それに関して、私は仲間に注意喚起する事も、当のエマに釘をダースで刺しておくことも忘れていたのだ。
本気で状況確認をしたくない私に気付いた様子もなく、どんよりとした顔のアリスはその口を止める事もない。
「ほれ、そこの死体を指差してな? 『このお肉、どうするのぉ?』って」
わざわざエマの口調を真似る必要が有ったのかはともかく、起こってしまった事象にはもはやどうしようもない。
私は右手で覆った顔を天井に向ける。
当然のようにエマの自重など無く、アリスとカーラはある意味で期待通りに役に立たなかった。
死体と彼らにどういった関係が有ったのかは不明だが、同朋の死体を指差して「お肉」と言われたらつまりは食料の事だとしか思えないし、次は自分たちがああなるのだと言われたと思っても不思議ではない。
エマの言葉を無かったことには出来ない以上、もはや何を言っても信じては貰えまいが、それでも私はこのピリついているのかいないのか良く判らない空間に介入しなければならない。
余計な手間を増やしてくれるものだ。
「エマ、その死体はきちんと運んで、御遺族の所へちゃんと戻れるようにしなければいけません。お肉ではありませんよ?」
溜息混じりに言葉を発しきってから、私は自分の間抜けさに気付かされる。
「えー? 勿体ないなぁ、新鮮なお肉なのにぃ」
私が声を掛けたらエマならなんと答えるか、これほど想像し易い事は無いだろうに。
そして案の定の台詞が即座に飛び出してくると、その信頼性の高さに私は溜め息を漏らす。
その信頼は裏切って貰っても良かったのだが。
しかし仮に私の期待を裏切り、良い方向の返事だったとして、「はぁい、わかったぁ! それじゃあ、このお肉は我慢するよぉ!」とか、そんな所だろう。
結局は食料扱いだし、そもそも私の台詞の方もそれを否定していない。
取り繕って静かに足を進めながら逃げ場のない客人達に目を向ければ、ほら、やっぱり顔が引き攣っている。
私はエマの失態と自身の浅はかさに疲労を感じながら、冒険者風の男女の前に立った。
別段彼らがこの一団の代表と言う訳では無いのだろうが、曲がりなりにも人々の前に立って守ろうとする気概を持った者たちだ。
少しくらいは話も出来るだろうし、私としても、取り敢えず話くらいは出来る存在なのだと知らせなければならない。
緊張に表情を引き締める彼ら彼女らに、私は小さな疑問を抱いた。
「……カーラ。エマの粗相はともかく、何故この方たちはこれほど怯えていらっしゃるのですか?」
眼の前まで来て非常に無礼であると承知の上で、私は彼らに軽く一礼してから、振り返って問いを投げる。
エマの一言は充分なインパクトが有るだろうとは思うが、初対面の人間が、それを冗談の類では無いと受け止めるだろうか?
私の視線を受け止めたカーラは何故かすぐに目を逸し、そして答えた。
「あー、その、何だ。……結論を言えば、自己紹介したのだ」
カーラの視線を追って床に目を向ければ、4つの死体が転がっている。
……回収した死体は、2つだった筈なのだが。
しかもよく見れば、増えたと思しき死体の方は、2つとも首が斬り落とされているのだが。
視線を上げるが、カーラは私と目を合わせようとしない。
「えっとな? 前提として、説明がちょっと長くなるぞ?」
助け舟アリスの声に目を向けると、こちらも何処か嫌そうな、そんな様子で両腕を広げ、肩を竦めている。
説明をしようという人間のする仕草では無いと思うのだが。
「手短に願います」
私の言葉に更に肩を竦めると、アリスは口を開き、聞いた私は客人の前だと言うのにもう一度天井を見上げ、すぐには言葉が出てこなかった。
アリスの話を要約すると、救助しカーラが回復魔法を施した人間の中から、ならず者風の2人がエマの言葉に反応したのだという。
怒ったのでもなく、怯えたのでもない。
健気なメイド少女が、女主人を護るために恐ろしげなことを言ってみせた、その程度の受け止めであったようだ。
最初こそ穏やかに収めようと努力したアリスとカーラだったのだが、恐らく腕力で生きてきたのであろうならず者たちはしつこく煽ってきたのだという。
どうやら単に馬鹿にしていると言うよりも、アリス、カーラ、そしてエマを何と言うか、まあ、手籠めにでもしようと思っていたのだろう、との事だった。
無謀という言葉の例として、その蛮勇を記して良いかも知れない。
流石に意図に気付けない訳もなく、素直な気持ち悪さに気分を害したカーラは、既に戦闘準備を終えているエマに……つい言ってしまったのだという。
「エマ。斬るのは首だけに」
次の瞬間には2つの首が舞ったと言うのだから、エマもそれなりに気に触っていたのだろう。
それにしてもやりすぎである。
挙げ句、その新たな死体を前に、馬鹿丁寧に全員が人形であることを告白したというのだから頭が痛い。
それでは、気まぐれな人形がこれから貴方たちを皆殺しにします、と宣告したに等しいではないか。
私がただの人間だったなら、そんな状況、泣くだけで済む自信が無い。
「いやその、私もつい、カッとなってな?」
しどろもどろのカーラが取り繕うが、カッとなってで済むか馬鹿。
止めろ馬鹿。
「気持ちは理解出来なくも有りませんが、殺してしまっては救助した意味が無いでしょう」
私の口から、堂々たる正論が吐き出される。
カーラは視線を合わせず、アリスは情けない顔で口を噤み、エマはキョトンと私を見ている。
なんとも頼もしい仲間たちの様子にもはや溜め息も出ない私だったが、しかし、ある意味でこれは状況を好転させるチャンスなのではないかと閃く。
そうだ、此処で正論を振り翳せば、食材にされるとかいう誤解は解けるかも知れない。
むしろ積極的に解かねばならない。
言い方次第では、私は話が通じる存在なのだと知らしめる事にもなるだろう。
意を決した私の舌は、滑らかに回り始める。
「せめて腕なり脚なりを斬り落として、回復させてまた切り落とす、を繰り返せば、反省して頂くことも出来たでしょうに。貴女たちはもう少し、穏便に事を進める努力をするべきです」
自信満々に自身の常識家っぷりを披露する私が振り返って客人たちを見渡せば、いつの間にか距離が空いており、冒険者たちを含めて全員が固まって真っ青になって震えている。
エマの暴虐の片鱗を見たのだから、仕方のない事だろうか。
客人たちの心の壁が取り払われるまでは、まだ時間が掛かりそうだ。
「……マリア。お前それ、結構な拷問なんだけど……大丈夫か? 穏便の意味、知ってるか?」
相手の心を開かせるには、時間が掛かるものだ。
自分の打った手は間違いないものだと思い込もうとした私は、アリスに浴びせられた冷水に身体を硬直させる。
もしかしたらとんでもない事を言ったかも知れない、そんな杞憂を抱えて恐る恐る目を向けると、脅威から目を離す訳には行かない冒険者が涙目で私を見ている以外には、誰一人として、私と目が合う者は居なかった。
馬脚を露すという言葉の意味も、知っておけば人生を楽しく過ごせそうですね?