5 選択と決断、多少の手遅れアリ
取り敢えずあらすじから始めるほど、彼女にとっては衝撃の連続のようです。
海に投げ出された仲間の救出……と言うか、呑気に海中遊泳を楽しむエマを苦労の末に回収して客船付近に戻った私たち。
どうやって客船に戻るかと思案する私だったが、その心配は無くなってしまった。
帰るべき船が、巨大な触手を持つ生物――魔獣だろうな、アレは恐らくクラーケンとかそういう奴だろう――によって海の藻屑となってしまったのだ。
海面には木片と、投げ出されたであろう人間がかろうじて浮いている。
端的に言って海上の地獄な訳だが、幸いというか、クラーケンは既に周囲には居ない。
巨大な船を襲い、海面に投げ出されてまだ息のあるらしい反応は20程度。
中々の大きさの客船だったし、相応に乗客も居た訳なのだが、今ここで反応が帰ってこないということは、船ごと引きずり込まれたか、海面に叩きつけられた衝撃で絶命したか、それとも溺れたか。
或いは。
新たに間近に現れた私たちに見向きもせずに海中へと姿を消したと言う事は、まあ、何らかの理由で満腹になったとか、そういう事なのだろう。
さて、私は現在、絶賛途方に暮れている。
呑気に船に戻る気であったし、戻ったら食事を楽しんで部屋に戻って、そこから「霊廟」に戻って、と、ここまで繰り返した船上生活をまた行うだけだと信じていただけに、急に戻るべき船を失ってしまった事実にはもう、乾いた笑いを浮かべる以外に打てる手が無い。
無いのだが、そうも言っていられないのは、探知に反応する生命体……人類種のそれだ。
見捨てるのは構わないが、仮にこのまま残りの旅路を強硬に辿るとして、港町に直進すれば間違いなく面倒事が起こる。
怪しげな人形が4体、微妙に光る半透明の船だかなんだか良く判らないモノに乗ってやってきて、客船が海の怪物に襲われて海の底に沈んだと素直に告げたとしよう。
誰が信じるんだ、そんなこと。
では証言者として彼ら彼女らを回収するとして、この船は大変に気密性が高い。
多少拡大して、一度酸素をたっぷりと含んだ空気を取り込んだとして、20数名も詰め込んでしまえば、いずれ酸欠で死者が出るだろう。
普通の船のように改造しようにも、大きすぎれば魔力をそれだけ多く消費するし、何より造るのが面倒臭い。
と言うか無理だ。
この潜水艇もどきは、結局はただのハリボテで周囲を覆っているだけの、シンプルな構造なのだ。
エマの回収は底面を開けて浸水しないようにしただけだし、動力はシンプルに私とカーラの魔力を推進剤として、船の後方からそのまま放出しているだけだ。
方向転換や船体の姿勢制御に各所から魔力放出出来るようにしているが、それだって小難しい構造ではなく、それっぽい形状を作った上で、そこを起点として魔力を放射しているだけだ。
推進装置なんて小難しいものを再現出来るなら、とっくにやっている。
そんな訳で、船に詳しくもない私が見様見真似でそれっぽいものを作ったとして、海中を強引に進むならともかく、海面を安定して走る船をちゃんと作れる道理はない。
いつぞやのおひとり様用の小舟とは訳が違うのだ。
ぼんやりと考え事などを楽しんでいる間に、2名ばかりの反応が消えた。
荒れた海に、怪物に破壊された船から投げ出されたのだから、全員何かしらの怪我を負っている可能性は高い。
夜の海でもあるし、体温の低下も警戒すべきだろう。
グズグズしていては、怪物に襲われた事実、ひいては私たちの無実を証明してくれる人々が消え去ってしまう。
しかし救出後の扱いについて妙案を思いつかない私には、もはや仲間の知恵を借りる以外に打てる手は、苦笑いするくらいしか無い。
「アリス、カーラ。周囲に投げ出されたと思われる方々の反応が有ります。救助したくとも、この船では収容しきれません。どうすべきだと思いますか?」
私の声に、怪物の姿と、それが巨大な客船をへし折って海の底に引き込んだインパクトに呑まれていた2体が、私の方へと顔を向けてきた。
ちなみに、説明が必要とも思わないが、エマに意見を求めなかったのは、まあ、うん。
エマが生存者に興味を持つかと言えば、まあ、そう言う事だ。
「あ、ああ、そうか、生き残りがいるんだな、うん」
陸では割りと動じないであろうアリスが、流石に勝手の違う海上で出会った脅威に呑まれてしまったらしい。
その回答は、いかにも間の抜けたものである。
「かっ、回収したほうが良いだろうな、流石に見殺しには出来まい」
同じ様に呑まれつつも、やや上擦った声では有るものの、カーラは比較的真っ当な意見を返してきた。
私の印象とは正反対の反応を返してきた2体だが、いずれにせよ、どちらも健全な反応では有ると思う。
「ええ、回収したいのは山々ですが、このままではこの船は小さすぎますし、大きくした所で、この船の構造では遠からず窒息死してしまうでしょう。普通の船を作る、と言うのは論外です、私は詳しい船の構造など知りません」
カーラの意見に同調しつつ、先回りで「この船にあの人数は無理だよ」と告げる。
露骨に理由まで添えて伝えたため、2体は今気が付いたかのように周囲を見回している。
私もそうなのだが、目の前で信じ難いことが起こると、小さなパニック状態に陥ってしまう。
2体は私が考えたのと同じような思考を辿ったのだろう、やがて目を合わせた挙げ句、揃って困り顔を私に向けてきた。
「霊廟」に招き入れる、という案を思い付いたのだろうが、それを実行するには私の許可が必要だし、私がそれに頷くとは思えない――とでも、考えているのだろう。
私も考えないでは無かったのだが、仮に許可を出した所で、興味本位で探索を始めた人間があの広大な空間で迷子になる等、面倒事が起こる予感が濃い。
それ以前に、私は「霊廟」の守り人であって所有者ではない。
所有者と言うならカーラなのだが、いつまで経っても自覚が芽生える様子は無い。
3体で間抜けな顔を見せあっている間に、また1名の反応が途絶えた。
「……已むを得ません、『霊廟』に招きましょう。私の正体を明かした上で軽く脅しておけば、それほど無体な事をしようとする人間は出てこないでしょう」
私は溜息を零し、諦めたように告げる。
溜息の理由は、「霊廟」に人間を招くという事と、自分で言った言葉を自分で信じることが出来ないからだ。
どれだけ注意しても警告しても、馬鹿な真似をしでかすのが人間というものなのだから。
通常であれば間違いなく見捨てる所だが、今回は我々の行動の正当性――港に怪しい風体で現れる理由付け――の為にも仕方が無いところだ。
そんな打算に裏打ちされた私の行動だが、アリスとカーラには思いがけない発言だったのだろう。
驚いた顔で私を見るが、無理もない事だろうと思う。
と言うか、黙っていたらどちらかが痺れを切らして私を説得に掛かったのだろうに。
口にした私にしても、正直に言えば「霊廟」をあまり多人数に開陳したくなど無い。
したくはないが、今回に限っては見捨てる選択肢は無く、この船に詰め込むのも無理となればそれこそ已むを得ない事だ。
私は驚き顔のまま固まっている2体を放置して船を操作し、海上を走らせつつ船体の構造を一部変化させる。
両舷に開口部を造り、そこから引き入れることが出来るようにしたのだ。
救出時に入って来てしまう海水に関しては、なんとか排出するように頑張るしか無いが、さてどうするか。
取り敢えずは待機する仲間たちに、救出時に海水が入ってくるから注意するように伝えておく。
私の横顔を、最初の段階で放置されているエマが、何故かとても楽しそうな笑顔で眺めているのを感じる。
その理由を考えたらとても怖いことに気が付いてしまいそうで、私は敢えてそれを無視するのだった。
随分と偽悪的ですが、基本的にお人好しだと思うんです。言いませんし、言っても伝わりませんが。