4 嵐の海中散歩
エマを追って、3体も海の冒険へ。胸が熱くなりますね。
仲間で身内(姉)が、客船の甲板から荒れる海に投げ出された。
……そもそもそんな状況の船の甲板に素人がノコノコ上がる段階で「死にたいのかな?」と言う話なのだが、我が姉は戦闘狂なので仕方が無い。
まさか大自然にまで挑むとは思わなかったが。
しかしそんな姉がそう簡単におくたばりになるとは思えない私が探知を周囲に走らせた所、案の定、船近くの海中に仲間を示す青反応が有った。
生きているどころか呑気に船についてくる様子に心配する理由が見つからず、冗談などを飛ばした所、他の仲間にえらい勢いで怒られてしまった。
かくして、私たちは自業自得で海に投げ出された姉を救う為、荒れ狂う海へと身を躍らせるのだった。
以上、ここまでの経緯である。
客観的に私たちの行動だけを見れば、ただの集団自殺だ。
障壁を張って飛び込んだ私たちは、しばし荒波に揉まれ、ともすれば上下の感覚も失いそうになる。
障壁によって空間が確保されているおかげでどうにか平衡感覚を取り戻した私は、一息吐く間もなく新たに障壁を展開し、海中に空間を確保する。
私が割りと懸命に魔法を操作している間に、我が敬愛する姉ことエマは、呑気にお魚気分を満喫しているらしい様子が、探知の反応でよく分かる。
思った以上に飽きっぽい姉は、もうそろそろ船についてくる事にも飽き始めているのだろう。
あちこち動くと逸れるから、大人しく船についてきなさい。
「これが……魔法障壁の船……」
先程まで割りと本気めで怒っていたカーラが、拡大された障壁領域内で呆けたように呟き、周囲を見回している。
「船って言うか……これ、潜水艇だよな」
アリスは感心したような呆れたような、そんな面持ちでやはり空間内を見回している。
小さな事に拘るものだ。
「海を往くためのモノですから、船のうちでしょう」
私が自信満々に言うとアリスは考え込み、最終的には腕組みして小首を傾げてしまった。
まあ、悩みも人生には必要なスパイスだ、放っておくとしよう。
「では、私は探知しつつ操舵を行います。カーラは動力……私に魔力供給をお願いします」
予め決めてあった通り、私がソナー役をしつつ船の運行を、カーラが動力役として魔力供給を行う。
「う、うむ、離れていては落ち着いて供給出来る自信がないから、悪いが触れるぞ」
船首に近い位置に立つ私の真後ろに立ち、カーラは私の返事を待たず、私の両肩に両手を置く。
そして間もなく、カーラからの魔力が送られてくる。
「……何だこれは、際限なく吸われるぞ……? お前の魔力炉はどうなっているんだ?」
小さな驚きの声が、私の耳をくすぐる。
「どうも何も、マスター・ザガン謹製の魔力炉ですよ。全員同じ筈ですが?」
探知魔法に返ってくるエマの反応に溜息を零しながら、私はカーラの質問に適当に返事をする。
「いや……いや、良い。その話は後にしよう」
そんな私に対するカーラの回答にやや引っ掛かりを覚えるが、ここで議論を重ねても仕方がないのは同意である。
私は注意を前方、艦首方向に向け直し、呑気に泳ぐ姉へと船を走らせる。
カーラの魔力は練られ過ぎていて些か重いが、扱いは悪くない。
興味本位で全力でエマに体当たりを敢行したい衝動に駆られるが、反撃で破壊されてもつまらない。
欲求を抑え、アリスには手短に救出口の位置を伝え、改めて操作に注力するのだった。
海中遊泳を呑気に楽しむエマは、私たちが乗り込む潜水艇に興味を持ったように近付いてきた。
が、中にいるのが私たちだと知ると、面白がって逃げ始めた。
やめろ、面倒なことをするんじゃない。
もう数分海中に居るのに息が続いているように見えるのは、単純に私たちには見掛け以外で呼吸の必要がないためだ。
あまりない状況だが、人間相手に呼吸していると錯覚させるために行うことが主で、どちらかと言えば必要なのは酸素ではなく魔素である。
その魔素は海中にも存在している所為で、エマが無駄に元気にはしゃぎまわっているという訳だ。
迷惑な話である。
海上は荒れていても海中は穏やか、そのような話を聞いたことが有るが、実際には波の影響は皆無では無いし、そもそも前提として海流というものが有る。
エマはその海流に逆らうようにその小さな体を進ませているが、それを追う私たちは、影響を受けにくい船体形状を考えたというのに中々追いつけずに居る。
何処まで行く気なのか、もう既に客船からは随分遠退いてしまった。
まっすぐ追う分にはまだどうにかなるが、流れに逆らう中で急な方向転換どころか、少しの進路変更も抵抗を受けて負荷が掛かる。
そんな風に悪戦苦闘する私たちを面白がって、エマは更に逃げる。
完全な悪循環だ。
周囲に何やら巨大な海洋生物らしき反応も出て来たし、何よりもそろそろ船に戻ってゆっくり休みたい。
船の操舵も前進も、私とカーラの2体分の魔力を使っているのだが、どちらも無尽蔵ではない。
エマに効く折檻を考えつつ、舌打ちを落とし、じれた私は伝声管もどきを作って海中へと繋げ、そして怒鳴った。
「エマ! 好い加減に戻りなさい! 船から離れ過ぎて居ます!」
水中は音声の伝達が早くなると言うが、海流に逆らっている私たちの声が前方を行くエマに、果たして上手く伝わるだろうか。
心配する私を他所に、先行していたエマが突如動きを止め、見た目で判る渋々さで私たちの元へと戻って来る。
「はぁい、わかったよぅ。もっと遊びたいけど、マリアちゃん怒らせたら怖いモンねぇ」
何やらエマの愚痴が伝声管から逆流してきたが、誰がどの口で何をほざいているのか。
私は現状、エマ以上に恐ろしい存在は4名しか知らない。
少し気になる海洋生物――探知に返ってくるその形状から、恐らくサーペントの類だろう――は、こちらを警戒しているのかそれとも満腹なのか、寄ってくる様子は今のところ無い。
それならば下手な接触はせず、速やかにこの場を離れるべきだろう。
正直見てみたい思いは有るが、それ以上に気疲れしている。
さっさと戻って休みたい所だが、さて、どうやって船に戻るべきか。
魔力に物を言わせて強引に回頭し、進路を船に向けた私は、船の位置を確認するために走らせた探知の反応に違和感というか、妙なモノを覚えた。
背後でわちゃわちゃと会話する3体は周囲の警戒などそっちのけの様子で、私の感知した何かに気付いた様子もない。
嵐の中の船が、なにか歪な、大きくなったような気がするのだが……。
この時探知だけで済まさず、探査を走らせなかった事を、私は少しだけ後悔することになる。
何故なら、船近くまで戻った私たちが荒れ狂う海面に出て目にしたのは、客船に絡みつく巨大な触手。
そして、あっという間にバラバラにされ、荒波に呑まれるように沈んでゆくその最後の姿だったのだ。
帰るべき所が、無くなってしまったようです。