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29 新たな旅路へ

可及的、速やかに、慌てず、急いで。さっさと街を出なさい。

 自分の行動、と言うか考えなしの言動について、随分と久しぶりに深い深い反省を行いながらの就寝は、寝覚めが最悪であった。

 まさか、この私があの変態(ヒューゴ)とキャッキャウフフしている――そんな夢を見る羽目に陥るとは。


 消すべきは記憶か、それとも原因か。


 人形が夢を見るのかは不明だし特に興味も無いが、私は中身が人間だ。

 だから夢を見るのだ。多分。


 談話室に顔を出して見れば、仲間というか悪友と言うか、すでに3体がめいめい好き勝手にお茶を飲みながら談笑などしていた。

 アリスは私の顔色か表情から何かを察したらしい。

 ひとしきり(からか)われて大変に不快な思いをしたのだが、笑い飛ばされたお陰か気分は少しばかり軽くなった。

 気持ちをなんとか前向きに持ち直せたところで揃って『霊廟』を後にし、仮初で借りていた客室を出て食堂で朝食を頂き、ついでにフロアの片隅で販売されていた新聞を買ってみる。

 聞き覚えのある客船会社、その幹部とやらのスキャンダルが1面を飾っているのが目に付いたからだ。

 ……あの変態、随分と仕事が早いな。


 表向きは新聞記者なのだから何かしら記事になりする心算(つもり)なのだろうとは思っていたが、昨日の今日で1面を飾る記事に仕立て上げるとは思わなかった。

 しかも、私達が乗っていたあの客船が沈んだのも、ドサクサでその幹部の責任であるかのように実に都合よく脚色されている。


 古くなりつつ有る客船を1隻、乗員乗客ごと生贄にした上で「被害者」として莫大な保険金をせしめ、それをもって横領した会社の資産の補填を目論んだ――か。


 目指すところはともかく、いくらなんでもクラーケンをけしかけるような真似は出来ないと思うのだが……それ以外にも船体構造の欠陥だとかこの時期には本来選ぶはずのない航路だとか、どこから持ってきた話なのやら、よくもまあ並べ立てたものだ。


 どう取り繕って良く言ってもゴシップそのものだが、だからこそ大衆の受けは良いのだろう。

 槍玉に挙がっている幹部の醜聞もあれこれと散りばめられ、さり気なく会社もかの幹部の被害者と読み取れる書き方をしている辺り、相当に性格が悪い。


 ヒューゴがそこまでやると言うことは、この幹部とやらがエリスとニナを追い出した張本人、と言うことなのだろう。

 当事者を前にしては言えないが、たかが料理人とその見習いの為に、有ること無いこと書き立てられた挙げ句に大海難事故の責任まで被せられるとは、とんだ災難である。


 そこまで読んで尚、私の感想としてはやはり「ザマ見よ」でしか無いのだが。


「ほおん。職務怠慢に職場の私物化……人事から資産まで、ねえ。ホントかどうかは置いといても、そんなんでクラーケンなんて呼び込んだ挙げ句、自分トコの船を沈めたってんなら大したモンだと思うけどね」

 私が読み終わった新聞を受け取り、興味も無さそうな視線を紙面に走らせたアリスの感想は、概ね私のそれと重なった。

「言ってもまあ、この記事はインチキだー、とか擁護してやる気にならないのがねぇ。スキャンダルの方は私らには、嘘もホントも判んない訳だし」

 嘘か本当か不明だと言うのに、該当の幹部サマを擁護する気にならないのも同感である。


 なんなら、横領くらいの事はやっていそうだとも思ってしまう。


「下品なゴシップの類ですが、確かに擁護する気は少しも湧きませんね」

 食後のお茶を一口してから、私は興味も無い風を装って首肯する。

「まあ、やり方はともかく……あの男、思いの外仕事が早い。これはつまり、エリスとニナの仇が社会的に死んだと言うことだろう? 言ってはなんだが、痛快ではあるな」

 朝から野菜サラダを大量に摂取しご機嫌なカーラが、フルーツの盛り合わせを突付きながら白い歯を見せる。


 私やアリスと違って生粋の人形であるハズなのだが、随分と人間臭い有様である。


「積極的な肯定も否定もしませんが、貴女(あなた)も私も下品で趣味が悪いと自覚すべきですね。他人様(ひとさま)にはとてもお見せ出来ません」

 余裕ぶってティーカップを傾ける私だが、実のところ、内心は見た目ほど穏やかではない。

 それは別に、件の幹部サマの身を案じて、などという訳もない。


 あの変態が素早く良い仕事をすればするほど、私はしたくもないデートを遂行せねばならなくなる。


 可及的速やかにエリスとニナの返答を得て、この街を脱出せねばならないだろう。

 この際東でも西でも良い、ヒューゴと顔を合わせる前に。


 私は早急にこの街を出る為、ニヤニヤと不謹慎な笑みを浮かべる仲間――プラス、純粋に楽しそうな悪魔――を引き連れ、 旅に必要な物資の調達を急ぐのだった。




「あの……、私は、故郷に帰ろうと思います」

「私、私は一緒に行きたいです!」

 エリスとニナは同時に口を開き、互いに顔を見合わせてから、気不味そうに互いに視線を逸らす。


 足早にあちこちの店やらを巡った翌日、待ち合わせ場所であるニナの下宿の前で再会した私達。

 エリスとニナの旅路は、早々に別れることになった様子だ。


「私も……本当は、私もご一緒したいです。けど……故郷に、両親も居ますし。両親の店を、継ごうかなあ、って」


 バツが悪そうに少しうつむくエリスだが、何も悪いことは言っていない。

 出来ること、やりたいことが有るのなら、無理に私達と旅をする必要は無いのだ。

 本心で言えば是非とも同行して欲しかったのだが、単なる私の我儘に巻き込む訳にも行くまい。


「ええ、良い決断だと思いますよ。そういう事であれば、その故郷まで貴女(あなた)の護衛がてら一緒に行きましょう。……事情が有りまして、私達も早めにこの街を出たいのですし」


 そんな彼女の決断を汲みながら、さり気なく私の思惑も言葉に乗せる。

 急かしているように見えるのかもしれないが、なにせ――エリスもニナも、すでに旅支度を整えているのだ。

 そうであるなら、急いだところで悪いことも有るまい。


「ええ!? いえあの、とても有り難いんですけど……下宿も引き払っちゃいましたし、確かにすぐにでも向かいたいですけど……良いんですか?」


 驚き顔から困惑顔へ、そして申し訳無さそうな上目遣いを向けてくるエリスと、その隣でやはり何やら驚いている様子のニナ。

 ……私は同行しないと決めた相手を即座に見捨てるような、そんな薄情な存在だと見抜かれ……思われていたのだろうか。


「構いませんとも。もとより……貴女(あなた)たちも知っての通り、私達は揃って一処(ひとつところ)には留まれないのですから。旅こそが、私たちの本分なのです」


 誤魔化す心算(つもり)は無いが、我ながら胡散臭い言い回しである。

 だと言うのに、エマは楽しそうに、カーラは誇らしげに、そしてアリスは神妙な面持ちで、それぞれ頷いている。


 この3体、騙すのは案外簡単かもしれない。


「それに、危険と言われている北――この大陸の中央方面に足を向けなければ、面倒事に出会うこともそうそう無いでしょう」


 不満顔のエマ以外がやはり揃って頷くが、そんな私達を前に、エリスとニナはまたしても、バツが悪そうに顔を見合わせている。

 ……今度は何だと言うのだろうか。

 私のみならず、愉快な仲間たちの顔にも不安げな色が咲く。


「あ、あのぉ……私の故郷は、この街の北……と言うか、割と北の端っこにあるんです……」


 訝しむ私に顔を向け直したエリスは実に申し訳無さそうに口を開き、それを聞いたアリスとカーラは顔を見合わせ、エマは輝かんばかりの笑みを浮かべ。


 私はそっと、青空へと視線を向けるのだった。

危険だろうがキナ臭かろうが、この街に留まるよりは、心情的に遥かに安全な筈です。

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