25 人形視点
実は気が小さい、そんなマリアの目覚めです。
目が覚めたのに、気分が重い。
人形の睡眠は人間のそれとは違う。
だと言うのに。
私は他人がどうなろうが、どう思おうが気にも留めない、そう心掛けていた。
だと言うのに。
元人間だからこそ、思う。
人間というのは、救いようが無いのだろうか。
個々のその内には、悪性も善性も抱えているのに……集団となれば特に、信じ難い愚考に偏ることが往々にして有る。
例えば、どんな根拠による自信を得たものか、周辺国全てに宣戦布告してしまう、だとか。
私は初めて、マスター・ザガンに親近感を覚えながら身なりを整えるのだった。
気分が乗らない朝は、朝食がいつもよりも軽くなる。
パンを焼き、スクランブルエッグとサラダ、良く火を通したベーコンを用意した所で有りもしない胃に負荷を感じ、それ以上の何かを諦めた私は人数分の茶を用意する。
出された面々は、特に文句を言う事もない。
それぞれ思う所があるのだろう。
エマでさえ、今朝に限っては静かだ。
「……料理人を雇う事も、考えますかね」
特に考えもなく口から滑り出した意味もない言葉は、誰にも拾われずに転がる。
人形が人間達の戦争について考えると言うのは嫌味を越えて喜劇だと思うのだが、茶化す言葉が思い浮かばない。
傍観してその愚かさを指さして笑えば良いだけだと思うが、なにやら考え込む仲間たちを見ていると、私が間違っているのかと、らしくもない自問をしてしまう。
「取り敢えず、今日は冒険者ギルドにでも顔を出そうか。冒険者連中の話でも聞いて、東か西か、それとも北か……行き先を決めようか」
私の呟きを無視、と言うよりもまるで聞いていなかった様子で、アリスが口を開く。
「賛成です。出来れば北には行きたく有りませんが、ね」
カーラは未だ考え込んでいる様子で、機械的にサラダを口に押し込んでいる。
エマは考えていると言うよりもどこか上の空で、アリスの言葉どころか周囲の何も目に映っている様子はない。
必然、応えた私とアリスの目が合う。
恐らく似たような、うんざりした様な暗い目を向け合う私達はそれ以上会話のために口を開く気になれず、互いに肩を竦め合うのだった。
時間が過ぎれば、ある程度は取り繕うことが出来るというもので。
考えてみれば我々が無駄に考え込む切っ掛けになったのはエマだった筈なのだが、当の本人も何やら考え込んでいたのは意味が理解らない。
「ねぇねぇ、お昼は何を食べようかぁ?」
そんなエマは、宿を出て街に繰り出して早々に、またも意味不明なことを言い出した。
お前はさっき、朝食を摂ったばかりだろう。
「待て待て、その前にまずは今後の事を決めてからだ。料理は逃げ出しはしないぞ?」
「えぇ? はぁい」
苦笑いのカーラが窘め、エマがふくれっ面ながらも素直な返事を返す。
エマが何に納得したのかは不明だし、料理は逃げずとも料理人は逃げ出すかも知れないな、などと私はぼんやり考える。
料理人か。
私はとても短い旅の共であった、エリスとニナを思い起こす。
あの二人は素晴らしい料理人だった。
可能ならばこれからの旅にも共に着いてきて欲しい所なのだが、残念な事に両名とも大陸間を行き交う客船を運営する会社に所属している。
アテも無く先の見えない旅路に着いてくる理由などひとつもない。
仕方がない、レシピ本でも漁ってみるか。
アリスを先頭に冒険者ギルドを目指しながら、私は通りの数ヶ所に点在する書店及び古書店らしき店舗にアタリを付け、なんとなく記憶しながら歩くのだった。
冒険者ギルドはどこも賑やかなのだが……この街で訪れたギルドハウスは、少しだけ様子が違っていた。
どこの街でも私達を見ると声を掛けてくる手合いが居たものだが、此処にはそんな暇を持て余す輩は存在していない。
「この街の冒険者は、随分と真面目なんだな……? 見なよ。……漫画じゃ有るまいに、依頼用の掲示板の前で人だかりなんて、そうそう見たコトなかったよ」
アリスの呟きに視線を巡らせれば、冒険者向けのカウンターの向こうの壁の前に人だかりができている。
「……よく判りませんが、アレは珍しい光景なのですか? 冒険者と言うのは、依頼を受けてこなして初めて賃金を得られるのでしょう?」
思わず疑問が口から溢れた私が視線を戻せば、どこか可哀想なモノを見る目のアリスが私を生暖かく眺めていた。
よく理解らないが、どうにも不愉快な事を思われている気がして仕方がない。
これは単なる被害妄想だろうか。
「まあ、冒険者やってないと理解ん無いだろうけど……ある程度自分の実力が判ってる奴なら、背伸びなんかもしないし、要領良く仕事つまんで適当にやっていくのが多いんだよ。私もそうだったし。掲示板に張り付いてあーでもないこーでもないって仕事を選ぶのは、大抵は駆け出しか、借金とかで尻に火が付いた奴ってのが相場なんだけど……。見た感じ、そこそこの奴が大真面目に仕事探してる感じなのがどうもねぇ」
アリスの視点が冒険者の大多数の意見を映しているかどうかは知らないが、それなりに冒険者稼業をしていた者の意見では有る。
私のイメージする冒険者像が青臭いモノだったのかも知れないが、そうなると冒険者というのは、つまり。
「……アリスの言う通りなら、冒険者というのは選択的なその日暮らしの日銭稼ぎ、と言うことになりかねませんが……?」
思ったことを思ったままに出来なかった私は、そのまま口に出してしまう。
だが、それを受け止めたアリスはと言えば、平然としたものだ。
「そうだよ? 余程名のある商人とか商家に気に入られてる奴とか、まあ安定して仕事を持ってる奴らはともかく……私もそうだけど、基本的には金が無くなったら仕事する感じだったね。私はまあ、目立つと不味いからってのも有るけど、基本的にはまあ、うん……そんな感じさ」
素直に信じてしまえば、冒険者を見る目が歪んでしまいそうだ。
アリスの個人的な感想なのだと改めて自戒のように有りもしない脳髄に刻み込んで、私はやや温くなった視線を再び冒険者たちの群れに向ける。
「ちょっと気になるし、依頼の傾向で危ない地域も判るだろうから、ちょっと私も眺めてくるよ。なんか面白い話も聞けるかも知れないし」
そんな私の様子など気にする事もなく、アリスはひらひらと手を振ってみせると、人だかりの方へと歩いていく。
なるほどアリスはアリスなりに、これからの旅路についての情報を収集しようとしているのだろう。
しかし、残された私達は冒険者ギルドに馴染みが深い訳ではなく、アリスのように振る舞うにも無理が有る。
全員であの壁際に行っても場所を取って他の冒険者の方々の邪魔になるだけだし、さりとてアリスを放り出して街へ繰り出すのも無責任だろう。
少し前の私だったら、間違いなく置いて行ったのだろうが。
「アリス。私達は適当にお茶でも頂いていますが、特にエマの辛抱がそれほど保つとは思えません。なるべく手早く終わらせて下さい」
溜息をひとつ落とし、私はいつもの小声をアリスの背中に投げる。
対してアリスは、もう一度背中越しに右手を振ってみせた。
「……マリアちゃん、私ってすっごく辛抱強いと思うよぉ? だってお姉さんだしぃ?」
隣のエマが私を見上げ、頬を膨らませながら意味不明なことを言っているが、私は少し顔を向けて黙ってその頭を撫でただけだ。
正直、なんと答えたものか判らない。
「取り敢えず、何かお茶でも……エマは軽食でも頂きますか? アリスが戻るまではのんびりしましょうか」
エマに関しては暴れさせるか何か食べさせておけば大人しくしていることだろう。
「そうだな。どこであっても、茶菓子は良いものだ。頂こうではないか」
カーラも自分に出来る事は無いと、興味の対象を移してしまったようだ。
ある意味でとても制御の容易い2体――機嫌を損なわない限り――を引き連れて、私は冒険者ギルド内に併設の酒場へと足を向ける。
正直食欲は無いのだが、黙って突っ立っていても仕方が無いし、それに冒険者たちの噂話のひとつふたつは拾えるかも知れない。
少しばかり気を取り直した私は、カーラに手を引かれて歩くエマの笑顔に、微笑みで隠した複雑な視線を注ぐ。
お姉ちゃんが子供のように手を引かれて喜んでいるのを見るのは、妹としてはなんとも言えないモノがある。
だが、考えてみればカーラは私達の中では最も年式が古い……言い方を変えれば、最も年上と言う事になる。
にこやかな微笑みを維持した私は、それ以上何かを考えることを止めるのだった。
何か情報は掴めるのか、それとも飲食するだけで終わってしまうのでしょうか。




