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22 新天地にて

私は食に拘ったことは無かったのですが……。

 事情聴取、というか尋問、もとい雑談から解放され、都市治安部隊たるオーガ軍団と街に繰り出して昼食を謳歌する私たち。


 私たちはともかく、オーガ軍団は仕事をした方が良いのではないだろうか?

 誘ったのは我々だし、生きている以上食事は不可欠なのだし、その点を責める心算(つもり)など無い。


 だが、彼らが昼間っから、あまつさえ業務時間内に酒を煽っていたりしているのは私たちの所為ではない。

 絶対に、私たちは飲酒を勧めたりはしていな――。


「あっはっはっ! 良い呑みっぷりじゃないか! さすがはオーガだねえ!」

「アンタもだろうが! 元とは言え冒険者は(ちげ)えな、やっぱ!」


 困った隊長格とウチの元冒険者(バカ)の頭の痛い会話が聞こえてくる。

 もしかしたら、真面目に働くオーガの皆さんを堕落させたのは私の仲間なのかも知れない。


 久々に、心底仲間と言いたくない。


 なんでアリスは、酒が絡むとポンコツになるのだろうか。

 我々の中でも意外と冷静沈着、割と面倒見が良く私以外にはよく懐かれている彼女だが、どの街でも酒が絡むと駄目な大人の見本のような有様になる。

「霊廟」内では酒は私室で楽しむ程度に留めてくれているのはせめてもの幸いか。


 私は駄目な大人と、後で絶対怒られる職務中の方々から目を背け、相変わらず上品な食事作法のカーラと、無邪気に食を楽しむエマへと顔と意識を向け直す。

 ……なんでカーラは、串焼き肉を食べてるだけなのに上品に見えるのだろうか。


「うーむ、肉は旨いと思うが、野菜が恋しいな。……コレと同じ要領で、野菜を串に刺して並べてくれないものだろうか」


 咀嚼した肉を呑み込むと、カーラは溜息混じりに物憂げな表情を見せる。

 肉串と料理人のおっちゃん両方に失礼な事を言うのもどうかと思うが、それ以上に見た目や行動と、手に持つ串と言葉のバランスの悪さと言ったら。


 離れたところに居る料理人さんには、肉の串焼きに不満が有るようにしか見えないだろう。


 あと、言葉だけを聞けば野菜の串焼きを想定しているように聞こえるが、カーラは多分、生の野菜が串に刺さっている光景を思い浮かべていると思う。

 メニューには普通に野菜の串焼きも有ったのに、それを選ばなかったのだから。

 野菜は生以外食べないとかそんな事は無い筈なのだが、どういう事なのだろうか。


 やはり、変わり者人形の考えることは理解(わか)らない。


 そんなカーラの隣に座って、エマは楽しそうに串焼きを次々と消費してゆく。

 確か、誰よりも多く、もはや大皿での提供だった筈なのだが……エマの前に置かれた皿は、もうじき空、というかただの串が乗っているだけの有様になりそうだ。


 異国情緒溢れる港町で、私たちが何故肉の串焼きなぞを食しているかと言えば、オーガの皆さんのお勧めだったからである。

 曰く、「こっちはいつも魚ばっかりなんだ、たまに騒ぐ時には、肉を食いたいってモンよ」だそうで。


 職務中に食べて騒いで、挙げ句飲酒とか、始末書で済むのだろうか。

 やや遅い昼休みと言うには少しばかり羽目を外しすぎている気がするのだが、まあ、所詮は他人事(ひとごと)である。


「おーい! こっちエール追加で! 面倒だから2杯持ってきて!」

「マリアちゃん、私もおかわり良いかなぁ?」


 溜息を我慢する私の気も知らず、すっかり酒に呑まれたアリスがウェイターに向かって空のジョッキを掲げながら叫……注文し、それを見ていたエマが私に空の皿を突き付けてきた。

 別にそんな心算(つもり)も無いのだろうが、エマがアリス――の駄目な部分――に毒されて居るようで、なんだか居た堪れない。

「ええ、構いませんよ。先程のように、ちゃんと注文出来ますね?」

 とは言え、エマの機嫌を損ねるのも面倒だし、少なくとも食べている間は大人しいのだから、止める事はしない。

 アリスの方に関しては、まあ、人形だし深酒で前後不覚、とはなるまい。


 ……いや、酔いを楽しむためにわざわざ毒耐性をカットして呑むような愚か者だ。

 あまり楽観しないほうが良いか。


「海を渡って初めて、この国ではあまり強いお酒が流通していないと聞いた時には随分つまらなそうな顔をしていたと思ったのですが。なかなかに順応が早いようですね、流石は元冒険者」


 平素は口調を整える関係で、思ったことをそのまま口にすることはなるべく避けるよう努力している私だが、今回ばかりはほぼそのまま出てしまった。

 それなりに口調は制御出来ているとは思うのだが、吟味無しの言葉は面白みに欠けてしまう。

「うるさいねえ、それはそれ、これはこれだよ。こんな旨いアテが有るのに、呑まないなんて却って失礼だろうに」

 そんな私に返ってきたのは、肝臓がそのまま返事を返してきたような言葉だった。


 おかしいな、人形には肝臓に相当するような臓器も無い筈なのだが。


 カーツくんを含め、周囲のオーガたちは既に、アリスを人形だと忘れている様子で、やんやと盛り上がってる。

『さて……私たちはこの後、どうしますかね……何も知らない国ですし、そもそも地図も無いですし』

 眼の前の陽気な現実を無視し、私は小さく唇を動かす。

 今は良いが、先の事は何も決まっていないのだ。

『まずは冒険者ギルドにでも顔出して、この国の地図でも買うか』

 いつもの小声で、アリスが返答を寄越す。

 オーガ連中と馬鹿騒ぎしながら、合間に返ってくる沈着な声には失笑を禁じ得ない。

 それはそれとして、アリスの提案には頷かされる。


 冒険者ギルドで発行・販売している地図。


 冒険者のみならず、ただの旅人も買い求めることの出来るそれは、大枠として大陸の輪郭とその中の各国の境目は思った以上に正確に描かれているが、それ以外には基本的に大きな街と街道が大まかに書かれているだけだ。


 細かな地形情報は軍事に転用出来てしまうので、基本的に書き込まれていない。

 これは、市井に出回る地図は大体同じである。

 代わりというか当然というべきか余白は豊富にあるので、冒険者であれば自分で歩き、その目で見たものを書き込むことで自分だけの地図に変えていく。

 それもまた、冒険者それぞれの貴重な財産と言う訳だ。


 私はそれを画像として脳内に取り込み、それにデータを書き加えていく事になる訳だが。


『まあ、それが順当であろうな。雑貨屋で地図を漁るよりは確実で正確だ。それに、アリスであれば冒険者連中から話を聞き出すのも容易であろう。まさに今のような要領で』

 カーラが同意を示しつつ、さり気なくアリスの表面上の有様をディスる。


 ……あれは表面上のものだと信じたいのだが、若干の不安を覚えてしまうのは仕方が無い。


『アンタもうるさいね、でもまあその通りかもねえ』

 小声で噛みつくという器用かつシュールな芸当を披露したアリスだが、その割にはあっさりとカーラの意見に同意を示した。

 アリスが単純なのか、冒険者というものが一般的に見て単純なのか、判断の難しい所だ。

 私の意見では有るが、おおらかさとはちょっと違うと思う。

『私は遊べたらなんでも良いよぉ。今まで全然遊べてなかったしぃ』

 もっと単純かつ、最も危険な人形が不満を笑顔で呑み込みながら、私たちの会話へと強襲を掛けてくる。

 なるべく誤魔化しつつ此処まで旅を続けてきたが、どうやら気付いてしまったらしい。

 今まで言う程大暴れしなかった、いや、止められていた事に。


 私とアリス、カーラは無言で顔を見合わせる。


 無法者の街とか、横暴の限りを尽くす権力者とか、そういった判り易い敵でも出てきてくれないものか。

 そうでなければ、下手をすると私たち――というかエマ――がこの大陸最悪の存在になるのは、遠い未来の事では無くなってしまう。


 取り敢えずこの場に居るオーガたち、そして街に居る彼らの同僚や冒険者、旅人たちが平和に明日の朝日を拝めるよう、私たちはエマの機嫌を取るしか無い。

 頂点を過ぎてやや傾いていた太陽は更に小首を傾げ、私たちの些細な喜劇を呆れたように見下ろしているのだった。

……世界各国の地図でしたら、時代的に古いものかも知れませんが、談話室の書架に有るのですが……。

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