21 仲間意識
お客様は保護されて、どうやら尋問も終わったようです。
「……つまり……貴女達は、興味本位で嵐の海を見る為に甲板に上がって……波に呑まれた、と?」
背筋を伸ばしたはずのテイラー氏は、私たちの状況説明を聞きながらだんだん背筋が丸まり、気がつくとテーブルに肘をついて両手の指を組むと、その上に顎を乗せていた。
先程までと似ている格好の筈なのだが、その様相はなんとも気の抜けた様な表情と相まって、まるで別物のようだ。
「はい」
短く簡潔に、しかし自信満々に答える私。
その返答を堺に、しばし、室内からは人の声が消えた。
少しばかり……静か過ぎはしないだろうか?
よくよく見ればテイラー氏は気が抜けたと言うよりも、何処か呆れ気味に見える。
ちらりと視線を私の隣に向ければ、カーラが何故か気まずそうに目を逸らした。
その向こうのアリスは、もう私と目を合わせようとしていない。
視界を反対に向けてみれば、エマがキョトンとして私を見上げ、目が合うと無遠慮に右腕の袖口を引いてきた。
「ねえねえ、マリアちゃん」
その表情は、いつものような笑顔では無いが、何も考えてい無さそうという点においていつもと変わりはない。
「なんですか?」
私は思わず少し姿勢を低くし、目線の高さを合わせるようにして、エマと向き合った。
「嵐で大きく揺れてる船の甲板に出るとかぁ、普通に考えてただのバカだと思うよぉ?」
物凄く不思議そうな顔で言い切ったエマの頭部を、何かを考えるより早く、挟み込むように私の両手がガッチリとホールドする。
「あ・な・た・が! 言い出した事でしょう! 私は止めましたよね!? 少なくとも私は止めました! 最終的には嫌がる私を強引に連れ出したのは貴女ですよ!? なんで私が言い出したみたいな風に言ってるんです!? 分解して海にバラ撒きますよ!?」
私の両手、というよりも全身で練られた魔力が両腕で電撃となり、全力でエマに襲い掛かる。
だが、悲しいかな。
レベル差の壁は、余りにも高く無情だった。
「あははっ、そう言えばそうだっけぇ。ごめんねぇ、ちょっと痛いからもう許してぇ」
おおよそ200程のレベル差では、エマに焦げ跡も付けられないか。
ちょっと痛い等と言ってはいるが、実際には効いている気が全くしない。
ケラケラと笑っている有様だし、間違いなく効果は無いだろう。
私はオーガたちのドン引きの視線に気付いたことも有り、魔力を収めて魔法を解除し、エマを解放する。
「マリアちゃんは時々冗談が通じないねぇ。もうちょっと気楽に無責任に生きても、良いと思うよぉ?」
襲いかかった電撃の余波で服があちこち破れているが、気にした様子もなく笑うエマ。
はっとして自身を顧みれば、私の服も両腕のみならず、上半身のあちこちが破れてしまっている。
「やめてくれ、エマ。マリアが今以上に無責任になってしまったら、もはや手の施しようがない。幾ら魔力障壁で出来ているからと言って、全力で陸地へ突っ込む以上の事をされてしまっては、本気で封印を考えなければいけなくなるぞ?」
「私はいっそ、マリアを封印してしまうのが、世界平和に必要な手続きな気がしてきたんだけど?」
溜息混じりのカーラと、呆れ口調のアリスがエマの言葉に異を唱える。
それは構わないのだが、それ以外の点で無視出来ない2体の態度に、私は冷ややかな視線をもって振り返る。
「普段の私についてはともかく、あの嵐の夜、エマに逆らえなかった者と特に文句も言わなかった者に、とやかく言われる筋合いが見当たりませんが? 特に元冒険者! ちょっと見に行くくらいなら平気、とか言ってましたね!?」
私の視線から逃れようと顔を背けた2体の後頭部に、私の怒声が刺さる。
それまで私に向いていた室内の白けた視線の大多数が、素早く方向を変えたのが感じられた。
「あー、いや、まさかエマちゃんがあんなにあっさり波に呑まれるとは思わなくってさ……」
語尾をぼかし適当に笑ってごまかすアリスは、私の顔を見ようとしない。
説明する私に向いていた周囲の呆れた視線は、今やアリスに向けられている。
端的に言ってザマ見よである。
止めたとは言え結局は折れて行動を共にした私にも責任の一端は有ろう。
そう思い、素直にその視線を受け止めていた私だったのだが、周囲の呆れが私にだけ向いていると思い込んだ約2名は白々しくそれに乗り、ちゃっかりと私を責める様な事を言って常識人振ろうとしていたのだ。
オーガ軍団の半分位ならともかく、目の前のテイラー氏がそんな杜撰な策に引っ掛かる筈が無かろうに。
それ以前に、私がそんな真似を許す筈も無かったのだが。
「あー、ええと、私の話の振り方が悪かったね、申し訳ない。仲間割れは時間を見合わせて、別の場所でして貰えるかな?」
仲裁を試みる声に顔を向ければ、顔色を悪くしたテイラー氏が、引き攣った笑顔で出迎えてくれた。
なんでそんなに青い顔を、と思ったのだが、気が付けば私はほぼ全開で魔力を放っており、ダダ漏れで圧力を伴った魔力は室内を圧迫している有様だった。
仮に話半分で私の説明を聞いていたとしても、少なくとも、私が正真正銘の化物であるのだと、図らずも証明する形になってしまった訳だ。
説明どころか証明の手間も省けたのだが、喜んで良いのだろうか?
「……本当に、貴女達が船を沈めた訳では無いのですよね?」
むしろ、何やら別の疑念を発生させてしまったようである。
「まさかまさか。私は非力で可憐な、ただの華奢な人形ですよ?」
笑って誤魔化す私だが、凍りついたような空気の中、誰も同調などしてくれないのだった。
一通りの説明も終わり、人命を救助した者で有りながら、同時に危険な物体であると正確な評価を下された私たち。
一応、と言う事でテイラー氏の指示により、内勤らしい局員数名が魔力計測の魔導具を持ち込み、私たちを測ろうとして魔導具を破損させていた。
普通の人類、というか普通の生物用の計器では、当然の結果である。
それだけなら外回り局員全員集めてなんとか制圧を試みようと思えたのだろうが、先の私の魔力全開威圧(事故)と併せて、私ひとりが暴れるだけでも危険だと判断したらしい。
結局「無闇に暴れないでね?」的なお言葉と共に放免された私たちだが、この街の治安維持の観点で見た場合、その判断は正しかったのだろうか。
案外別の思惑が有るのかも知れないが、まあ、正直知った事ではない。
「ま、あれだな。結果良ければ全て良し、ってね」
庁舎を出た私たちの中で、アリスは大きく伸びをする。
朗らかで快活な笑顔だが、しれっと私だけを原因に仕立て上げようとした事は絶対に忘れない。
それはそうと、気が付けば私たちは、当面の幾つかの目的が達成されてしまっていた。
海を渡ること、保護した人々と遺体を届けること、異国の空気を肌で感じること。
異国の空気に関しては、そもそもこの世界に呼び寄せられた時から感じているものと変わらないのが本音だが、それを口に出すのは無粋が過ぎるだろう。
「あの結果が果たして良かったモンか、俺には判断がつかんがね。まあ、実際んトコ、この国でなんかやらかした訳でも無えしな」
見送りに来て下さったオーガ軍団は、いつの間にか普段の調子を取り戻したようでとても軽い。
テイラー氏だけでなく、外回り局員の一部を束ねる男が潜在的な超危険物を見逃そうとか、この国の治安維持に関する意識はどうなっているのだろうか。
「そうですね。私たちとしても、平和な旅を望んでいるわけですし」
内心を吐露しても仕方がないので、私の口から飛び出るのは当たり障りのない言葉だ。
だが、それは本心でも有る。
私の仲間たちにしてもそれに関しては同様で――約1名、平和の意味がねじ曲がっている者が居るが――、室内で詰められていた状況から解放されて次は何をしようか、呑気な笑顔で思案している様子だ。
エマだけは、思ったままに行動させてはいけないのはお約束である。
「とりあえず、もう昼も過ぎているのだ。紳士諸君には、お勧めの食事処へ案内して貰えるものだと期待して良いのかな?」
青空の下、カーラの笑顔を真っ直ぐに受け止めたオーガのひとりが頻りに頷いている。
カーラの方には特になんの感情も無く、文字通りの単なる食事のお誘いなのだろうが、相手は果たしてどう受け止めたのやら。
見た目から騙して掛かるのが私たち人形なのだが、さて、自分の外見を武器として利用する事が出来る者が、私を含めて誰も居ないのはどういう事なのだろうか。
「たまにはカーラも良いことを言いますね。この街ならではの、美味しいものを頂きたいものです」
どうでも良い考えや適当な言動とは別に、往来を行き交う人々の活気に当てられ、知らず笑みが浮かぶ。
私はすぐにどうでも良い考えから離れ、カーラに追従するように、この街で出会うであろう「食」たちに思いを馳せるのだった。
食事を楽しみにする人形、というのもどうかと思いますが……。




